Petit


2017/3/27 Mon 08:50
無双マチャオ 7



「きゃっ」
「っと、大丈夫か?朱蘭?」

「あ、ありがとうございます。 で、ですが…ち、近うございます。若様」
「っ、す、すまん…」

ははははは。
いやはや、誠にお似合いで。

すこし強めの風にあおられ、運動神経が鈍かったのであろう朱蘭がフラリとバランスを崩す。
とっさに馬超は腕と腰をつかみ今にも転げそうであった彼女を支えた。

そしてハッとしたように二人同時に顔を赤らめる。

そんな様子を見てにやにやとする練兵たち。微笑ましい空気があたりを包み込む。




「………………。」

いちゃいちゃする二人のはるか頭上、白けた眼で張り出し陣から見つめている小さな影が一つ。

顔を隠す面と、ぶかぶかの兜を被り両腕を組みながら太々しい態度でふんぞり返る小さな子供。



(……だめだ…砂…吐きそう…)

真実の愛ならばそれも良いだろう。自分だって素直に祝福する。……楊氏がやって来たあの日のように。

だが…、



『昏霞さま、お約束を。私めはもう…。ですからどうか…私めの代りに…』

(…一体何を学んだんだ…鈍感……)

唐突にあの時の楊氏の姿が思い浮かんだ。

そして同時にあの鈍い男に腹腸が煮えくりかえってくる…。
あの女の腹の底が見えないのかと言いたい。だが、……それは決して口が裂けても言えない。




「娘娘、準備はいい?」
「弟弟…やはりアンタが選べ。 どっちがいいと思う?」 

「んーー。どっちも捨てがたいんだよねぇ、オレも」
「時間がない。…直感でいい」

「じゃぁ、ぷらんえー(Plan A)ってやつで」
「うぃー(oui)」

お、いつもの調子。乗ってきたねぇ!
久々のチームワーク作業がやはり楽しいのか、馬岱は嬉々とした声をあげる。

二人してあの男を揶揄う時は、どうしてこうもお互いテンションが上がってしまうのか…。



「…よし。こっちは準備万端だ。いつでも来い」
「ほーい。んじゃいっくよお?」


とん。


背中を押され、落下する。


ががががが。

途中からは城壁に短剣を突き刺し、速度を落とす。

張り出し陣から地上へはかなりの高さであり、引掻いている短剣の圧力も負担も相当なものなのだが…自分の身体能力なら問題ない。



(っ、 兜と仮面が外れそうだ…!)

風圧を受けぶかぶかの兜がゆらゆらと揺れる。サプライズとしては…これはまずいと思い空いた手で仮面と兜を交互に押さえつける。






がしゃぁぁぁぁん


…………派手に、そりゃあもう派手に着地した。







「きゃぁ」
「!、朱蘭…俺の後ろに隠れていろ」

「わわわわわ」
「な、なんだ?馬岱様がうっかり何か落としたのか!?」
「馬鹿!だったらこんな大きな砂煙が巻き上がるなんておかしいだろ」


突然の事態にざわざわとどよめく練兵たちと怯える女、そして警戒の色を強める城主が一人。
やがて、もくもくと巻き上がる砂煙のなかにゆらりと黒い影が見えた。



「い…痛……つつつ…。 こんの…!誰だ!こんなとこにいっぱい木箱やら樽やら置きやがって…っく、痛…てて…」


がん! バキ! ドゴっ!

うわぁぁあ
何だ!?間者か!?
いや、でもこれは…子供の声だぞ!?

八つ当たりなのか何なのか…辛うじてまだ粉砕されていなかった空樽や木箱が派手な音を立て、猛烈な勢いで吹き飛んでくる。
もはや当たれば即死、凶器となり得た物々を慌てふためきながらも辛うじて躱していく練兵たち…。

そうこうしている間に砂煙が晴れ、この騒ぎの元凶である者の姿が…すぅと見えてきた。




「う゛ーー。 はぁ…はぁ…。くっ!今日はこのくらいで許しておいてやる」

げしっ!


「子、子供だ…」

肩を上下に揺らし、息を荒げながら最後に残った樽を蹴り飛ばす子供が一人。


「誰だ…あんな怪力なヤツ聞いたことがないぞ?」
「おいおいおい…今のをあんな小さなガキがやったてのかよ…」
「というかあの声…女の子じゃないのか?」
「本当かよ…俺はあの子の将来が恐ろしくなってきたぞ…」

口さがないのは城の者であれば男でも同じなのだろうか…。
仮面と兜を身に着け、頭部だけは完全に姿を隠した少女を見遣りそれぞれが思い思いの事を口にする。


ふと、コチラと目が合った。




「……………。」
「…………。」


きゅるん


「孟起さまぁ〜〜!お会いしとうございましたぁん!」


がしっ!

「こなたは…こなたは…うえ〜〜〜ん!」
「…お、おい…」

どさっ…!


妙な音が聞こえたような気がした…と認識するよりも早く、少女は目にも止まらぬ速さで首元へと抱き着いてきた。
その拍子にどさりと覆いかぶさられるような形で地面へと倒れこんでしまった。背後では朱蘭が見ているというのに…なんとも情けない姿だ。

そんな自分の複雑な心境など気付いているわけもなく、少女は顔を耳元へと近付け、うわんうわんと泣き叫ぶ…。

これが敵であったなら、確実に今の一瞬で首元を掻き切られていたかもしれない…。恐ろしい子供だ…。




(いいから黙って聞け…)
(………!)
(岱弟弟と話はつけてある。 …今からは私と話を合わせて欲しい。)

「まさか…貴様…!」
(お黙り。アンタはほとんど黙っていればいい。…密着してるのは嫌かもしれんが、まぁ…そこは我慢だ)


首元に巻き付かれていた腕をべりっと引き剥がし、抱き着いてきた少女の腰に手をまわし抱え直す。
ついでにさっきから鎖骨に当たって痛かった兜も取り払った。

ぶかぶかの兜の下からは柔らかそうな薄茶の髪がふわりと姿をみせた。



そうして再び彼女に目線を合わせると、面の奥に見える小さな瞳と今度はしっかりと目が合った。

まさかこの私を…信用出来ないわけではないだろう?



懐かしい、あの生意気な目が…そう語っていた。














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