Petit


2017/3/28 Tue 07:33
無双マチャオ 8




「若さま…若さま?」

「あ、いや…す…すまん。俺は大丈夫だ」
「ぐす…うぇぇぇん!」


後ろから心配そうにかけられた朱蘭の声ではっとする。

腹の上ではウソ泣き…いやほんとに泣いてるのか? 演技かどうか定かではないが号泣する少女の姿をした昏霞。 



(やはり…女だった…か…? 
いや、だが…この姿が皆に見えてい…る…???)

目の前に居る昏霞の姿をまじまじと見つめていると…今更ながら、どうでもいい疑問が頭に浮かんだ。
幾分冷静さを取り戻した思考で周りを見渡せば、困り顔でこちらを覗き込んでいる朱蘭と…ひそひそと囁きあう練兵たち。

………練兵たちの視線は井戸端会議をする女達のような…いや、どう見てもソレだ。
駄目だ、まだ完全には統率が取れていない。これからは、もっと厳しい訓練にしていかなくてはと…そう決意した。




「うわぁぁん、こなた…こなた…孟起さまにもう一度だけでいいからお会いしたくて…うぅ…ぐすっ」
「あの…大丈夫ですか? よろしければ、これを…」

「うぅ…ありがとう。お姉さん。優しいんだね…うう…だったらもう…こなた…牡丹めは…うわゎっぁあん」
「お、おい…泣くな…。それと面を外せ。俺にも鼻水がつく…」


一向に泣き止まない昏霞をみかねたのか、朱蘭がそっと声をかけ手布を差し出す。
それにあわせるように布を受け取ると、昏霞は着けていた面をぺろんと取り外した。




「おお〜〜」
「こ、これは…なんと可憐な…」
「お、おい…子供まで惚れさせてしまうなんて…若さまの魅力も恐ろしいな」
「いや、それより…もう五年ほどしてみろ。あの子とんでもない美人になるぞ」
「で、でも怪力だろ…」
「いや…そこは…」

練兵たちのあいだに、どよめきが巻き起こる。 思えばここ三つ月、魏や周辺の敵に備えた調練に続く調練で、面白い噂話すら何一つ無かった。
背景や経緯は色々とあるが、もともと馬超軍が一丸となって乗っ取った城である。その点も配慮し、人材の再編や善政にはいつも以上に細心の注意を払った。そのお陰か幾分薄まったとは言え
不満や猜疑心といった不安要素はまだ城内にも色濃く残っている。そんな雰囲気の中で降って沸いてきたネタである。少なくとも軍の中で、この美味しい噂話に耳を塞ごうとする者は誰一人として居なかった。




「き、聞いてもよろしいのでしょうか…? あの、あなたは…?」
「うぅ…ずび。 こ、こなたは牡丹って言います…ぐす。孟起さまとは…数年前から…その………」


昏霞はずびずびと鼻を鳴らし、受け取った手布で目元から滲み出す涙を愛らしい仕草で拭う。
そして少し言いにくそうな含みを持った声でチラリと馬超へと視線を送った。

……おそろしい演技力である。




「構わん…言え」

視線の意を理解した彼が言葉を伝えると、今度は少し目を伏せて照れたような表情を浮かべ…はにかみながらとんでもない事を言い放った。



「はい…その……数年前から…深く愛しあっている仲なのでございます…うぅ」
「…………。」


「「「「「「!!!!!!」」」」」」


「ですが最近は連絡すらくださらないものですから、これはもしや…と…。
あんなに可愛がってくださいましたのに……孟起さま…うぅ…牡丹めは悲しゅうございます…」
「…………。」


声にならなない悲鳴を上げる者、数名。あまりの爆弾発言に硬直する者が数名。
内容が内容だけに衝撃に耐えきれず膝をがっくりと落とし愕然とする者、数名。

朱蘭はと言えば…あまりの内容に口をあんぐりと開け、ぐすぐすと泣き続ける牡丹を見つめ硬直していた。
そしてお前は黙っていろと吹き込まれた馬超はと言うと…瞳を閉じ、眉間にピクリと皺を寄せるような表所を一瞬見せはしたが、再び目を開けた後はただじぃっと昏霞を見つめ直していた。





(ふーむ。ひと昔前なら、真偽は置いてでも真っ赤になって反論してただろうに…従兄上も随分成長したと捉えていいのかな。)

「っ…っ……っぷ」

(それにしても相変わらずとんでもない方法で策を練ってくれるよねぇ…娘娘は)


「いやぁ…これはこれは…」

笑いを堪え、木陰から見守る者が一人。打ち合わせどおり、昏霞を城壁から突き落とすと直ぐに鍛錬所へ向かった。
そうしてこの与太話…いや、三文芝居の幕開けである。少々やりすぎかとも思ったが、日頃のしわ寄せを考えると…この猪突猛進俺様男な従兄にとっても丁度いい薬かもしれない



(あとは頃合いを見て…出ればいいんだけど…)



もう少し、見てみたいかも…。






邪な好奇心が、彼の胸の内を支配した。











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