久々にがっつり小説を書きたくて共闘ネタを考えた結果想像したより長くなりました。
その結果2話に分かれてます。
「シストとジェイドと言う珍しいコンビの共闘」を書こうと思っていたのに、
気が付いたらいつも通りの組み合わせになっていました、解せぬ。
ともあれ、シストメインの戦闘を書く機会は今まであんまりなかったので楽しかったです。
と言う訳で追記からどうぞ!
空気を震わせるような獣の咆哮が響く。
強い強い翼の羽ばたきで、土埃が濛々と上がった。
人々の悲鳴や叫び、それに呼応するように、魔獣はもう一声咆えた。
巨大な体。
大きな翼。
固い鱗と鋭い爪、牙。
ヒトが恐れる、幻獣種……竜。
人里にひとたび現れれば大災害を引き起こす。
高尚な生物の思考など、誰も理解できない。
竜は本能の赴くまま、或いは気まぐれに人里を襲う。
魔力を求めて人を襲うという説もあったが、実際のところ、理由などどうでもよい話だ。
何れにしても、人に被害が出るのは間違いないのだから。
そんな存在が姿を見せたのは、国の外れにある、ごく小さな村の傍だった。
村を見下ろす巨躯に、圧倒的な魔力に、村人たちは慄いた。
逃れようにも幼い子供や高齢の者が多い村では、避難にも時間がかかる。
動揺している間に村が壊滅状態に陥るのも、時間の問題だった。
普段が平穏な村だ。
犯罪も、魔獣による被害も滅多にないこの場所を常に守護する存在などなく……助けを呼ぼうにも時間がかかりすぎる。
これも運命だ、諦めよう。
せめて最期は、家族と共に。
そう皆が考え始めていた、その時だった。
「相手は此方だ!」
鋭い声と同時、放たれたのは鋭い魔力。
刃のように鋭く尖った氷柱が、狙いを過たず巨大な竜の目元を掠めた。
ダメージを与えるには至らない。
しかし、気を引くのには十分な攻撃だった。
村に視線を向けていた竜は攻撃を仕掛けてきた人間へと視線と敵意を移した。
「間一髪だな」
そう呟くと、長い紫髪の少年は一つ息を吐き出した。
「空間移動は、正直あまり得意じゃあないんだが……まぁ、無事に移動出来たのはアンバー様の分析力のお蔭だな」
まだ眩暈がすると言いたげに眉を寄せているのは、まるでアンティーク・ドールのように整った顔立ちの少年だった。
亜麻色の髪に鮮やかなサファイア色の瞳の少年は軽く頭を振ると、剣を抜き、竜を睨みつける。
「な……」
突如目の前に現れた二人の少年に、村人たちは驚きと戸惑いの表情を浮かべる。
真白の制服を身にまとったその姿を彼らが目にする機会は、そうあるものではなく。
それでも、話には当然聞いたことがある。
嗚呼、彼らは。
「安心してくれ。俺たちはディアロ城騎士団の騎士だ。竜が現れたという報告を受けて、救援に来た」
凛々しく、彼ら……騎士たちはそう言い放つ。
その言葉に村人たちは表情を戸惑いから安堵へと変える。
彼らの表情に、騎士たちも表情をほんの少しだけ緩めた。
「本当に、間に合って良かった」
そう呟くのは亜麻色の髪の少年騎士……フィア。
彼の瞳に滲むのは、心の底からの安堵だった。
彼が住んでいた村は、火竜の襲撃によって壊滅的な被害を受けた。
彼の両親も命を落とし、彼自身は心に深い傷を負った。
尤も、その経験こそが彼を彼たらしめるきっかけとなったのだが。
紫髪の少年……シストも、その言葉に頷く。
フィアの相棒としてその過去もよく知っている彼は、表情を引き締めた。
「中央への報告など、まだ出来ていなかったのに……」
村人の一人がそう呟く。
竜が姿を現したのはつい先刻。
簡易な救援信号は辛うじて送れたが、何が起きたのかはまだ報告出来ていない。
それなのに、眼前に居る騎士たちはまるで全てを知っていたかのように、竜への対応を行っている。
彼らの言葉に、シストは振り向いて笑って見せた。
「うちの騎士団の参謀部隊は優秀なんだ」
「まぁ、その事態が"本当に起こる"とわかるまで下手に動けなかった結果、皆を怖がらせてしまったことについては詫びなければならないがな」
フィアはそう言って肩を竦めた。
彼らが竜が村を襲う寸前にこの場に姿を現すことが出来た理由……それは、騎士団の参謀部隊水兎の統率官の予知能力故。
この村に竜が現れることを予知した参謀部隊長は、"万が一予知が外れてしまった場合無暗に村人を怖がらせてしまうから"と万全の対策を練った状態で騎士たちを待機させていたのだった。
尤も、そうした事情を村人に詳しく説明する暇はない。
竜は一声唸ると大きく羽ばたき、騎士たちに狙いを定めた。
村人たちから、悲鳴が上がる。
「呑気にしゃべってる場合じゃあなかったか」
「そうだな」
シストの言葉に小さく同意したフィアは強く地面を蹴る。
魔力で強化した足で飛び上がった彼は手にした剣を振るい、竜に切りつけた。
その剣は狙いを過たず竜の足に当たったが、まるで手ごたえがない。
金属音に近い硬質な音を立てて弾かれた彼は器用に受け身を取って、一つ息を吐き出した。
「流石に硬いな。炎豹の騎士たちを呼ばなければならないほどの強さではない、と聞いてはいたが」
通常、竜種の討伐には戦闘部隊である炎豹とその援護を行う医療部隊草鹿が赴く。
しかし今回の任務はやや特殊な状況であるため、その策が使えなかった。
まず一つ、竜の襲撃が確実なものではなかったこと。
襲撃が確実であれば事前に炎豹の騎士を派遣することもできただろう。
しかしそんな大がかりなことをすれば村人たちが怯えるのは目に見えていた。
そして二つ、大人数の部隊をこの場に送り込めるような空間移動術はそうそう使えるものではなかったこと。
襲撃が確実となった際に炎豹と草鹿の騎士たちを送り込むという案も確かにありはしたが、それでは人数が多すぎて、術者に無暗な負担がかかるというのが参謀部隊長の判断だった。
結果、この場に赴くことになっていたのは優れた連携攻撃を得意とするフィアとシストだったのである。
正直、シストはこの作戦にフィアが参加することに反対だった。
その理由は単純明快、彼の過去の傷だ。
竜種への恐怖心は幾ら拭っても消えるはずがない。
挙句、今回の状況はあまりに彼の過去の状況に類似している。
恐ろしいのではないか、不安なのではないか、そう思ったのである。
しかし、そんな彼の心配を他所に、彼の相棒は笑った。
騎士としての勇ましい表情できっぱりと、言い放ったのだ。
―― あの時は守れなかったものを、今度こそ守りたい。
その言葉を疑うことは、彼の騎士としての矜持を傷つけるとシストは理解していた。
ならば。
そんな彼の想いを自分も支えよう。
共に戦い、守り抜き、無事に帰るのだ。
そう決意を固め、シストは今この場に立っていた。
「魔力で身体を強化するタイプの竜らしい。魔力や体力を消費すれば攻撃が通るようになるはずだ、とアンバー様が言っていたな」
「なるほど、弱体化するとわかっているのはありがたいな」
シストの言葉にフィアは軽く肩を竦める。
正直、楽勝とは言い難い。
しかし、此処で自分たちが折れれば、村が壊滅することは火を見るよりも明らかだ。
そんなことは絶対にあってはならない。
フィアはそう思いながら、剣を握る。
―― 君たちだけで倒すのは難しいだろう。追って他の騎士たちも転移させるよ。
だから、その術が発動するまでは何とか耐えてほしい。
水兎の統率官の申し訳なさそうな表情を思い出す。
本当ならばもっと大がかりな移動術を使って一度に片を付けたいのだけれど、と言った彼に首を振って見せたのはフィアだ。
―― 救援が来るまでは守り切って見せます。
そう力強く言い切った彼らに、統率官……アンバーは笑っていた。
流石だね、と。
竜の羽ばたきで小石が舞う。
村人たちは身を屈め、傷を負わないようにと体を丸めている。
直接的な攻撃は今のところ村人たちに向かないが、それでもこのままでは無傷とはいくまい。
犠牲者が出るのも時間の問題だ。
そう考えたシストは障壁を張って村人たちを庇いながら、隣で竜へ魔術を放っている相棒に声をかけた。
「フィア、お前が張れる障壁の強度と範囲は?」
その問いかけの意図を理解し、フィアは即座に答えた。
「村一つを覆える程の障壁を張るのは俺には無理だ」
「だよな」
シストは一つ息を吐く。
忌々し気に咆えた竜が振り下ろした爪を剣で受け止めながら、彼は自身の相棒の方へ視線を向け、言った。
「お前は先に村の人たちを避難させてくれ」
その言葉にフィアは大きく目を見開いた。
「は……お前はどうする?!」
「残って足止めをする。さっきの様子を見てるに、此奴は案外思考が単純だ。攻撃すればそちらに意識が向く。引きつけるのは簡単だろ」
簡単な仕事だ。
そう言って、シストは笑う。
フィアは彼の言葉に一層目を大きく見開いた。
「一人でか?!」
サファイアの瞳が零れ落ちんばかりに見開かれている。
正気か?と言いたげな彼の表情にシストは苦笑をもらした。
「大丈夫だって。住民がいる状態で戦う方が不利だ、そうだろう?」
その言葉にフィアは視線を揺らす。
彼の言う通りだ。
このまま、村人たちを守りながら戦うことは難しい。
かといって、被害が出ても良いなどと考えることは到底できない。
先に村人たちを逃がすのが最優先であるというのは、間違いのないことだった。
それでも、とフィアはシストに視線を向ける。
不安げなそれを受けて、シストは笑って見せた。
「大丈夫だ、俺を信じてくれ。……村の人たちを守りたいんだろう」
そんなシストの言葉に、フィアはぐっと唇を噛む。
一つ溜息を吐き出した彼は、サファイアの瞳を村人たちの方へ向ける。
「……すぐ戻る。無事で居なかったら赦さない」
フィアはそう言い残すとシストの傍を離れた。
村人たちを誘導する彼の声を聴きながら、シストは剣を抜く。
「さて……ああいった手前、きちんと足止めしないとな」
ぎらつく竜の瞳を見つめ、シストは勝気に笑った。
―― 行くぞ!
かつての相棒の真似をして。
***
強く強く、地面を蹴る。
足元に魔力で氷を張り、それを足場に羽ばたく竜の傍まで跳び上がった。
「はぁああ……ッ!」
大きく、剣を振るう。
魔力を纏った剣は冷気を放ちながら、竜の足に当たった。
空へはばたく竜へ攻撃を当てるのは、決して楽ではない。
地面に下りてきたタイミングで切りつけ、魔力を飛ばすのが精一杯だった。
剣は鱗に弾かれる。
魔力は当たっているが、鬱陶しそうな視線を向ける程度。
効いているのかいないのか、図りかねる。
一人で戦う方が楽だと、ずっと思っていた。
守らなければならないもの、守りたいものが近くになければ安心して戦えると。
しかし、それは間違っていたのだと痛感する。
励まし合う仲間も、守るべきものも存在しない戦いと言うのは、あまりに苦しい。
「あぁくそ、なかなか厄介だな、これは」
シストはそう毒づいて、額に浮かんだ汗を拭う。
跳び上がり、攻撃を繰り返す。
その合間に、住民の避難を促しているパートナーの姿を探した。
順調ではあるようだが、まだ時間がかかりそうだ。
彼方に竜の意識を向けさせる訳にはいかない。
「こっちだうすのろ!」
竜を挑発し、攻撃を加える。
効いているかもわからない攻撃を続けるのは、なかなか精神的にも負担がかかる。
あとどれくらい、続ければ良いだろう。
フィアや、村人たちに被害はいっていないだろうか。
そう思った、その刹那。
ぐらり、と一瞬視界が歪んだ。
―― くそ、魔力切れか!?こんな時に!
戦うときだけではない。
足場を作るために、或いは地面を強く蹴るための強化で、魔力を使い続けていた。
いつもよりも魔力の消費量は多いのは、至極当然のことで。
「は……は……ッ」
荒く息をして、必死に視界を取り戻す。
体勢を立て直すより早く、竜は鋭い爪のある腕を振り上げていた。
→To be continued.
2022-5-7 21:31