八千代と二人で来た二回目の飲み屋。
前科がある俺はあまり酒を飲まず、対し八千代は何故かカクテルをコクコクと飲み続けていた。
「八千代、飲み過ぎだ」
「甘くて美味しいから大丈夫よ。佐藤くんは何で飲まないの?」
八千代がきょーこさんきょーこさんと言わなくなった時点でコイツは相当酔ってる。
「俺は良いから」
「お酒飲みに来たのにどうして?」
八千代がトロンとした目で俺を見る。嬉しそうに笑う。
「あのね、私、佐藤くんが大好き」
そして、幸せそうに照れながら、俺の言葉を待っている。
「…そうか」
他に何て言えば良い。沸騰しそうな頭で、やりきれない想いを抱えて、四年分の恋なんて、どうしたらいい。
「さとーくんは、ずるい」
八千代は珍しく頬をふくらませて、持っていたカクテルをグイッと飲んだ。
「おい八千代」
そろそろ本気でヤバい。八千代のカクテルを取ろうと手を伸ばすと、ペチンと叩かれた。
「どうして、持ってっちゃったの」
「何の事だ…」
「私の一番、持っていっちゃったじゃない」
八千代の目からポロポロと涙が零れ落ちる。俺はそれを拭う事すら出来ない程、固まっていた。
「ずっときょーこさんが一番だったのに、大好きなのに、きょーこさんと佐藤くんが話してたら、もやもやして…嫌なの。こんな気持ち、いや…」
佐藤くんのせい、とか、返して、とか、言って宝物取られたガキみたいに八千代は泣き続ける。
「なぁ、八千代」
俺は八千代の頬を伝う涙ごと、手のひらで包んだ。
「じゃあお前は俺の四年分返してくれるのか?」
珍しく八千代の目が大きく開かれて、それだけで、割りと幸せな俺だったけど。
「四年、ずっとお前が好きだった。ずっとお前のきょーこさんに妬いてた俺は可哀想じゃないのか?」
八千代は固まったまま、瞬きをぱちぱちとして、俺を見上げてる。
「泣き止んだな。そろそろ帰るぞ、立てるか?」
「え、あの、ちょっと、ちょっと待って佐藤くん!!」
俺が伝票を取ろうとした手を八千代はぎゅっと掴む。
「待って、無かった事にしないで佐藤くん」
「…お前は酔ってる。大分な。きっと寝たら忘れ」
「ないわ!絶対、忘れない!だから、佐藤くん、お願い、もう一回…」
その手を握り返して、俺は八千代の唇を塞いだ。嫌がるかも知れない。そんな心配を蹴散らす位、八千代は真っ赤になって…それでも、笑ってた。
「…帰るぞ八千代」
2度とこの店来れないな、と思いながら、八千代の手を引いて寒い夜道を歩く。
「タクシー、呼ぶか?」
「まだ、佐藤くんと一緒に歩いて居たいわ。だめ?」
まるでふわふわした真綿みたいな空気で、俺の理性をギリギリと締め付ける。
「…良いけど、寒くなったら言えよ」
「ドキドキして、暑い位だもの。大丈夫よ」
汗ばんだ手をどちらからともなく、ぎゅっと握り直した。
「佐藤くん、大好き」
「……俺のが、長い」
(翌日、ムカツク顔で相馬に赤飯を渡されたので顔面に投げ返した)