でてくるひとたち


ねえ、聞こえている?


バーカウンターで、ひとり飲んでいるとiPhoneが震えた。

けいたからだろうな、と予想しながら画面をつけると、まさにその通り、見慣れた名前が映し出される。

けいたとは5年半ぐらいつきあっていて、結婚の話も出ているけれど、とりあえず今は保留。

前に会ったのは…2週間前?
ちょっと離れて住んでいるから、こんな感じ。
また会いたいっていう話だなと思いつつ、なんと返すかぼんやり考える。


BGMはピアノトリオの甘い旋律。ビル・エヴァンス。このバーのBGMの選曲はいつもまちがいない。オーナーさんがこだわっているのだと、前にここでバイトしていた先輩から聞いた。


「ひとり?飲みもの、もうないやん」

はじめ、その声はまさかわたしに話しかけているとは思わなかったけれど、返事をする人はいない。

ならば、わたしに向かって言っているのでしょう。そう思って、できる限りゆっくり、時間をかせいで振り返った。

そこには知らない男の人が立っていて、なぜかとんでもなく人懐っこそうに笑いながら、自分のグラスを持ったままの左手でわたしのグラスを指さしていた。

「え、なに?」

刺々しくならないように短く聞き返す。その3文字がわたしの疑問のすべてだった。え、なに?

不思議と「だれ?」とは思わなかった。この後なにを言おうとしている?なんて答えてほしい?正しい会話は、なに?そんな感じ。

するとその男の人はわたしの質問には答えずに、およそその場には似合わないような楽しげな調子でさらに言った。

「なに飲んでん?俺が一杯奢っちゃるわ」

なんだろう、この有無を言わさない感じ。でも決して偉そうなわけではなくって。

初対面なのに心に直接話しかけられているような不思議な感覚だった。きっとこの訛りに訛った言葉のせいだな。

「いやいや、ジン・バックやけど。自分で頼むからええし」

気づけば笑いながらわたしも同じ調子で答えていた。

その人は返事が返ってきて満足げとでもいった様子で、当たり前のようにカウンター席のわたしの隣に座った。それから自分のグラスをからにして、バーテンダーに「ジン・バックふたつ」と手振り付きで頼んだ。


これがゆうとわたしがはじめて出会ったときのこと。はじめての時から、古いともだちみたいな感覚だったと思う。そのせいで、自己紹介もしなかったんだ。だから、今もお互いの下の名前しか知らない。


10/25 21:01
ぶっくまーく






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