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月に焦がれる蜘蛛(小雪さんへ)

真選組の為ならば。
近藤さんの為ならば。
俺は…。


「鬼副長ともあろう者が良い様だなァ…土方よ」
「…違う、だろ」
胡座の膝に頭を預け煙管を吹かす隻眼の男。猪口に注がれた薫り高い酒を傾けながら、揶揄るそいつの髪に指を絡める。
「今の俺は真選組副長じゃねェ」
手にした猪口を置くとその忌々しい顔を覗き込む。
「てめェの、恋人だ」
「クッ…違いねェ」
視線で促され顔を寄せると、当たり前の様に頭を引き寄せられて唇が重なる。
「…っ、」
これくらい、何でもない。
組の為、近藤さんの為。


鬼兵隊総督高杉晋助。
この男の恋人となって、早一月が経とうとしている。
江戸に潜伏中との噂を耳にし突き止める為の潜入捜査中、俺は無様にも奴の手中に落ちた。
その場で命を取られなかったのは、不幸中の幸い…でもなかった。
理由も原因も不明だが奴は俺に恋慕の念を抱いていたらしく、情を交わす仲…恋人になるという条件で一命を取り留めた。
俺にとっては全く不可解極まりない事だったが、恋人として逢瀬を交わす…その中で鬼兵隊の情報を手に入れられるのではないかと一縷の望みを持って関係を続けている。
好きでもない、どちらかと言えば憎むべき相手と情交を交わす事は俺の神経を疲弊させたが、これも組の為だと言い聞かせて。
今宵も夜半過ぎまで奴と共に居た。それから宵闇に紛れて屯所へと戻る。
次の日の隊務に差し障っては組の連中に怪しまれるからと、そこだけは譲歩させた。その代わり他は好きにしていいと…奴に身を委ねて。

テロリストとは言え人の気持ちを利用する自分を汚い人間だとは思うが、これくらいどうって事は無い。
鬼の名は伊達じゃねェ。
真選組の、近藤さんの為ならどんな汚い事だってやってみせる。
俺はそういう人間なんだ。
ただ……。
ただ一つ、否、一人。
俺の決意を揺るがせる奴が居る。
何か言いたげに、俺を見つめる双眸。
クソ生意気な亜麻色の髪の……。

「…ッ、総悟」
「これは土方さん、こんな時間にお帰りたァお盛んですねィ」
人目を避け屯所に戻った俺の部屋の傍で、夜着に羽織を纏った総悟が一人佇んでいた。
「最近、多いんじゃありやせん?」
「…てめェに関係ねェだろ。つかこんな時間にお前こそ何やってんだよ」
傍らを通り抜け様、その髪に触れようとした手を止める。
汚い…俺の手で、こいつに触れてもいいのだろうか。
人知れず密やかに、愛しいと、思い続けた…この青年に。
「ガキが夜更かししてんじゃねェよ」
触れてはいけないと、そんな気がして伸ばしかけた手を引き自室の障子に指を掛ける。
「…アンタが、帰って来ねェから…」
「何……ッおい!」
小さく呟かれた声が良く聞き取れず視線を総悟へと戻せば、ユラリと前に傾く身体。
反射的に抱き留めたその身体は熱を帯びていて、額に触れてみればかなり熱がある事が容易に知れる。
目を閉じたまま浅い呼吸を繰り返す総悟の姿に気が動転した。
「や…山崎ィィイ!」


「風邪ですね」
俺の声にすっ飛んで来た優秀な部下は、総悟の容態をいとも簡単に判断してみせた。
「…風邪?」
「はい、昼間咳もしてましたし。夜になって熱が上がったんでしょう」
近いという理由で俺の部屋に運んだ総悟は、布団に横たわり苦しそうな呼吸を繰り返すばかり。
咳をしていたなんて、知らなかった。
普段サボりまくる癖に、こういう時こいつは真面目に職務に就こうとする。それに気付いて止めるのは俺の役目なのに。
「寝不足も祟ったんでしょう」
「寝不足?総悟に限ってそりゃねェだろ」
普段から惰眠貪ってるこいつに限ってそれはない。
そう言い切る俺に山崎は驚いた様な顔を向ける。
「副長知らなかったんですか?最近、沖田隊長昼寝しないんですよ。それに…」
手早く水やら何やら整えながら、山崎は困った様な笑みを浮かべる。
「寝て下さいって言ってんのに…副長が屯所に戻られるまで、いつも起きて待ってるんですよ」
「……っ!」
どういう、事だ?
高杉との事は誰にも言っていない。とすれば、こんな時間に外に出るという事は酒か女だ。きっと屯所の連中はそう思ってる筈だ、勿論山崎や総悟も。
それを待っていると言うのか?
何処に行ったかも、いつ帰るかも知らぬ相手を。
「こう見えて沖田隊長、心配してるんですよ?副長がちゃんと、生きて、戻って来るか…副長を殺すのは自分だかり、確認しないと気が済まないって言ってましたけど」
顔に出したつもりはなかったが俺の動揺を悟ったか、苦笑混じりに言葉を紡ぐ山崎の声が滑り落ちてくる。
「夜遊びも程々にして下さいね。…特に、隻眼の鬼遊びは」
「…!やま…」
急に低くなった声に、言葉に、息を飲んだ。
ある、特定の人物を指し示しているとしか思えない単語に、ヒヤリと背筋が冷たくなる。
上手く隠していたつもりがバレていたのかと有能な監察を見やれば、困った様に眉を下げる地味顔。
「止めても無駄なのは解ってます。この件は俺と沖田隊長しか知りませんから、安心して下さい」
「………」
何を言ったらいいのか解らない。
頭が上手く働かない。
黙り込んでしまった俺に「隊長の寝床用意して来ます」と告げて山崎は静かに部屋を出て行く。
自室にこいつを運ぶのか…そうか、俺が寝れないからな。
そんなどうでもいい事を考えながら総悟に視線を向けると、眉根を寄せ苦しげに呼吸する姿に胸をギュッと締め付けられた。
「……総悟」
呼んでも返事はない。
「俺は間違ってるかもしれねェ」
キシリと畳の軋む音を響かせ、総悟の顔を覗き込む。
「それでも…それでも俺は…」
ゆっくりと距離が近づく。
今は閉じられた瞳が時折見せる優しい色を、思い描く。
薄く開いた唇からは普段は憎まれ口ばかり出て来るが、言葉の端々に僅かながら含まれる親しみ。
やり方は極端というよりやり過ぎ感が否めないものの、全身で、全力で自分を見ろと訴える行動の数々。
思い違いでなければ、総悟は…。
総悟は俺の事を……。


『お前は俺から逃げられねェよ』


「…ッ」
目の前の想い人への愛しさで胸が満たされた俺の耳に、低く嘲り笑うかの様な声が聞こえて動きを止める。
暗く重い色がジワジワと俺の身を、心を、蝕んでいく。
暖かく穏やかな世界を黒く冷たく染めて行く、無数の蝶。
「……俺、は…」
ギリと奥歯を噛みしめると、吐息が触れる程近くまで寄せた身を離す。
触れてはいけない。
触れる、資格がない。
愛しいからこそ。
触れる訳には、いかない。
「……」
立ち上がると、総悟を振り返る事なく部屋を出る。
袂を探り煙草を取り出すと、火を着けて煙を肺一杯に吸い込んだ。
「……クソっ」
乱暴に前髪を掻き乱すとズルリとその場に座り込む。
黒い、黒い蝶。
蜘蛛の巣に掛かり捕食される筈の蝶は、巧妙な手で蜘蛛に手を掛け。
宵闇の中、内側にその鱗粉を埋め込んで。
じわりじわりと、侵食していく。
蜘蛛は…俺は、もう。

恋焦がれた月に手を伸ばす事は。
許されないんだ。




END


小雪さんへ
リクエストありがとうございました、遅くなってすみません。
高杉→土方→←沖田という事で無い頭を絞ってみたのですが、いかがでしょうか。沖田の出番が少なくなってしまいましたが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

雨の花(土沖)

春先に降る雨は粒が細かく、細糸の様だ。
急に降り出した雨を嫌って商家の軒先に逃げ込んでからどのくらい経っただろうか。
同じ様に雨を避ける人々で慌ただしかった町並みは落ち着きを見せ、色とりどりの傘が緩やかに目の前を通り過ぎて行く。
燻らせた紫煙と雨霧の向こうに咲く傘。
まるで花が咲いた様じゃねェか。
「………って、何してンだてめェはよ」
正面で止まった黒い傘。
その奥から見える薄茶の髪の持ち主は、こちらを見るとゆっくりと瞬き。
「あり、土方さん居たんですかィ」
「居たんですかじゃねェだろ!確実に三回ここ通ったよな、気づいてたよな!」
「自意識過剰でさ」
「何だとコラ!つか傘回すな!」
雨粒を飛ばしながら組の備品をクルクルと回転させていた手を止めると、総悟は肩で大きく息をつく。
「せっかく迎えに来てやったってェのに」
「え…」
小さく呟かれた言葉に一瞬、くわえた煙草を落としかける。
迎えに、来た?
コイツが?
そんな殊勝な事するタマか?
絶対これは何か裏がある…!
俺の勘がそう告げている!
町並みを見つめる総悟を見下ろすと、深呼吸を一つ。
「…何が目的だ」
「へ?」
視線をこちらへと寄越した総悟は、意味が解らないとでも言う様に首を傾げてみせる。
「迎えに来たくせに傘一本しかないだろうが。どうやって帰るんだよ」
「あー…」
俺の指摘に手にした傘を見上げると総悟は視線をぐるり大きく動かして。
満面の笑みを浮かべてみせる。
「相合い傘で」
「出来るかァァア!」
相合い傘だと!?
ンなこっ恥ずかしい事!しかも隊服で!出来る訳がない!
「馬鹿も休み休み言え!」
「照れちゃってまァ」
「照れろよ!お前も!何が悲しくて男同士で相合い傘…っ、」
あ、ヤバい…。
傍目には総悟の表情に変化はないものの、空気が変わったのを感じて続く言葉を飲み込む。
これは…地雷を踏んでしまったかもしれねェ。
暫く黙って俺を見ていた総悟がフイと視線を逸らす。
「ま、本当は傘見せびらかしに来ただけなんで」
「そ、総悟…」
「今日いっぱい降り続けるらしいんで、アンタはそこで一晩明かしなせェ」
「ちょ、オイっ」
歩き出した背中に声を掛けるも、総悟は構わず早足で歩を進める。
遠くなって行く背中と揃いの黒い傘を暫く見つめると、俺はくわえた煙草を吐き捨て軒先から雨の中へと飛び出した。


「…入ってくんなィ」
男二人には狭い傘の中に入り込んで柄を掴む。
真っ直ぐ正面を向いたままポツリと呟かれた言葉に視線だけ動かして総悟を見れば、少しだけ拗ねた様な顔。
小さく息をつくと総悟の手から傘を奪い取り濡れない様にと少しだけ、総悟側に傾ける。
「別に、嫌な訳じゃねェから」
「嘘つき」
「嘘じゃねェ。ただ…」
そう、つい勢いで口を滑らせたものの、こうやって一つの傘を共にする事が嫌だとは思わない。確かに野郎同士で必要以上に身を寄せ合うのは嫌だが、相手が総悟となれば話は別だ。
寧ろ普段こういう事を嫌がるのは総悟の方だし。
ただ…。
そう、ただ気恥ずかしかっただけだ。
それに周りの目もある。
真選組の副長と隊長、殆どの人間に面が割れている。隊服を着ていれば尚更。
その二人が一本の傘に身を寄せ合って歩く姿がどう映るのかと…外聞を気にした。
嫌な訳じゃねェんだ、決して嫌な訳じゃ…。
「……解ってやすよ」
どう説明をしたものかと考え倦ねいていた矢先、ピタリと歩みを止めた総悟が言葉を紡ぐ。
「アンタが何考えてるか、解りやす。だから…」
「……ッ!?」
俺を見た総悟は緩く微笑むと、空いた両手で強く俺を突き飛ばした。
不意の攻撃に足元の水を跳ね上げ踏鞴を踏むも、手にした傘を落とす事なく踏み止まって顔を上げれば、軽やかな足取りで先を行く総悟の姿。
そして咲いた、水色の花。
「おまっ…!」
「アンタはその傘使って下せェ、相合い傘はまた今度ねィ」
水色の折り畳み傘を手に振り返ると、ニマリと満足げに笑みを浮かべて棒立ちの俺を置いたまま歩き出す。

クルリ回った水色は雨の中、そこだけ晴れている様にも見える。

結局アイツは俺の考えも総てお見通しで、あらかじめ自分の傘も用意してたんだ。
本当に俺を迎えに来ただけで。
相合い傘もしてみたいと思ってて。
それでも俺の考えを尊重して。

「…敵わねェな」

くつり喉を鳴らし笑うと、傘をしっかり持ち直して歩き出す。

非番が重なった日、雨が降ったら。
散歩にでも誘ってみるか。
もちろん、傘は一本で。

そんな事を思いながら、晴れ間の様な色した花を追いかけた。


END
……………………………………

猫の誘惑(土沖)

※猫総悟注意


「あ、土方さん。昨日の検問の件なんですけど」
「……っ!」
廊下で出くわした沖田の姿に土方はこれでもかと言うくらい目を見開いた。
「どうにも効率悪ィんで範囲を広げ…」
「おま…そっ…な…」
「は?」
声を戦慄かせ己を指差す土方に、沖田は眉をひそめて首を傾げる。
同調して蜂蜜色の髪の間から姿を見せる猫耳がピクリ、隊服の裾から覗く長い尻尾もゆらりと揺れ。
「なんじゃそりゃァァア!」
麗らかな陽射しの差し込む屯所内に、土方の悲鳴にも似た声が響き渡った。


「だから、先日押収した天人の薬をですね」
「…いい、もう何も言うな」
自室に沖田を引っ張り込んであらかたの説明を受け、頭を抱える。
先日攘夷浪士を検挙した折押収した薬物数点。
その中の一つを飲んだというのだ、興味本意で。
監察方の手で厳重に保管されていた物を何故…というか、今一効能の解っていない物を口にした沖田の行動に驚きと同時呆れを覚える。
毒物だったらどうするつもりだったのか。しかし危険な物を自ら口にするとは考えられない。
(本能で嗅ぎ分けたか?)
そうだとしても迂闊な違反行動である事には変わりなく。
効能不明、持ち出し不可の押収物に手を出したのだ、本来ならば始末書どころの騒ぎではない。
(それにしても…)
痛む頭を押さえながらチラリと沖田へ視線を向ける。
髪の色より若干薄めの毛並みをたたえた耳と尻尾。
薬の摂取によって現れたいかにもなそのオプションが、似合っているのだから恐ろしい。
正座させられ所謂説教の状態が気にくわないのか、ずっと尻尾が畳を叩いている。感情の読めない顔をしていても尻尾は正直なのだろうか。
そうなると試したくなるもので、土方はわざとらしく咳ばらいをし自分に注意を向けさせる。
「あーお前、三日間謹慎」
「は?」
「風呂と厠以外は部屋から出るな」
ピクリと耳が動いて揺れていた尻尾がピンと張る。
「ンな大層な罰与える程のモンじゃねェだろィ、ちょっとした…」
「ちょっとした事じゃねェんだよ。反省しなけりゃ日数伸ばすからな」
「でも明後日…」
(うわ……)
表情こそ変わらぬものの、あからさまに耳と尻尾が力を失くしうなだれた。
実は明後日、珍しく非番が重なった二人は折角だからと遠出をする約束をしていたのだ。仕方無く付き合う呈で了承していた沖田だったが内心喜んでいた。
その約束が、自分の不始末によって白紙になろうとしている。
沖田本人は平静を装っているつもりだろうが、土方には耳と尻尾の動きで感情が手に取る様に解った。
(何だ、こいつも楽しみにしてたんじゃねーか)
自分一人が浮かれていると思っていた土方は、知らず眉を下げる。
「なんでィニヤニヤして、気持ち悪ィ」
「あ、いや…とにかくだな」
気を良くした土方は胡座を崩すと沖田の傍へ近付き。
「い…っ」
「こんなモン付けたお前を人目に曝せるかよ」
ぐいりと猫耳を引っ張り密に生えた産毛を擽る様に吐息混じりの声を吹き込んだ。
「ッ…、ちょ」
肩を竦め逃げ腰になる沖田の身体を腕の中に捕まえると、指先で耳を直接擽り始める。
「や、め…っひじか…ッく」
きつく目を瞑りビクつく様に調子に乗った土方は耳から背中を指先でなぞり、そのまま辿りついた尻尾を掴みピクピク震える耳に歯を立てる。
「ぅやッ!」
「クソ、可愛いな総悟のくせに」
「アンタ何言っ…、や…ぁ」
徐々にエスカレートして来る悪戯に震え身体を固くする沖田の様子にうっそり目を細めると、土方は身体の内に燻り始めた欲を知らしめる様に震える耳に熱を含んだ吐息を吹き込む。
「…勘弁してくれ」
「勘、弁…して貰いてェのはこっちでさ…ッ。馬鹿だろアンタ、マジで死ねよ」
「それは出来ねェ、相談…っ」
「おわっ!」
不意に重力を掛けられ畳の上に横たえられる沖田。驚きこそしたものの痛くないのは土方の配慮だろうが、見下ろし自分のスカーフに指を掛け緩めながら悪戯な笑みを浮かべるヤニ臭い男に背筋がヒヤリとした。
「薬の効用がどこまで出てるか、じっくり調べねェとなァ」
欲を湛えた男の顔に尻尾の毛が一気に逆立つ。
「な…変態!オヤジ!エロ副長!」
「何とでも言え」
「ギャァァア!」


言葉通りじっくりとくまなく調べられた沖田は、満足げな顔で机仕事へと戻った土方を布団に包まったまま睨みながら心に誓う。

正体不明の物は、二度と口にしない。

薄茶の耳が悔しげにふるりと震えた。


END
……………………………………
某所で盛り上がって勢いで書いた捧げ物。

禁断症状、会いたい会いたい抱きしめたい(お題/土沖)

深夜の検問。
攘夷浪士の残党を捕縛するべく張られたそれに、一番隊も借り出されていた。
部下の仕事っぷりを眺めつつ大欠伸。
ここ半月近く捕物やら何やら、仕事が立て込んでて忙しい。右へ左へと奔走する毎日。時間外労働だと文句をつける暇も無い、そんな暇があれば睡眠時間に当てる。
とにもかくにも忙し過ぎて、ヤニ臭ェ上司の顔もまともに見てない事に気付く。
(最後に見たの、いつだっけ)
良く覚えてない。
副長の土方さんは特に忙しい。書類や現場の指揮に加え、お偉方に呼び出される事もしばしば。屯所に帰らない日もあるみたいで、ちゃんと睡眠取ってるのかも怪しい。
(いつから話してねェ?)
朝礼の時だったり現場で指示を出す声を聞いた記憶はあっても、話をした記憶が曖昧。
(いつから…?)
お互いの仕事に追われて気付かなかった。
足りない。
土方さんが、足りない。
たった半月。
されど、…半月。
自分の中の大事な何が欠けた様な感覚。
欠乏感。
他愛ない言葉のやり取り、絡む視線、匂い、温もり…。
酷く恋しくて仕方がない。
仕事の真っ最中だってのに、頭の中の大部分が土方さんで埋められて行く。
会いたい、な。
会って、触れたい。
抱きしめたい。
(ダメだ、女々し過ぎ)
たかだか半月だ。
これくらいどうって事ない。
疲れてるんだ、きっと。そうでなければこんな感情抱かない。
土方さんの存在がこれ程までに大きいとか、思いたくない。
「ちぃと空けるぜィ」
部下に声を掛けると自販機のある方へと足を向ける。
少し休憩しよう。好きじゃないけどブラックコーヒーでも飲んで、ボケた頭をスッキリさせなければ。
(コーヒーと言えば土方さんが……あ、違う)
考えが奴の事に流れて行く自分に呆れすら覚える。
禁断症状に似た感覚。
胸の真ん中にぽっかりと空いた穴。
足りない。
足りない。
会いたい。
(だから、…ッ!?)
急に。
気配も無く背後から伸びて来た手に襟首掴まれて、路地裏に引っ張り込まれた。
瞬間ヤバいと思い刀に手を伸ばし掛けて、止める。
危険な感じはしない。
寧ろ、その逆。
(あ…)
嗅ぎ慣れた匂い。
身体に回された腕の感覚。
心地好い体温と息遣い。
触れ合った部分から末端までじんわりと浸透していく充足感。
見なくても、解る。

「…土方、さん」
「……おう」

久しぶりに聞いた声。
街頭の当たらない路地裏に響いた、心地の好い低音。
(ああ…)
満たされる。

「隙作るなんざらしくねェな」
「アンタこそ、サボるなんてらしくねェですぜ」
「…仕事の一環だ」
「なんでィそりゃ。持ち場が違うでしょ、確実にサボ…」
「黙れ。…5分だけ、時間作った」
「……」
「足りねェんだよ、補給しに来たんだよ、仕事にならねェんだよ」
「…バカ、ですねィ」

バカだ。俺もアンタも。
お互いに同じ事思ってたなんて、二人してバカだ。
(でも…)
嬉しい。
嬉しいけど、折角だから。

「どうせなら向き合いやしょうぜ?俺も…アンタが足りなかったんでさ」

抱きしめさせて。
この穴を埋めるのは。
禁断症状を治める事が出来るのは。
アンタだけなんだから。


END
……………………………………

初期症状、動悸息切れ眩暈…(お題/土→沖)

※『恋敵?』の流れのアナザーストーリー



…お、落ち着け。
落ち着け俺ェェエ!


既に日常茶飯事となった総悟のサボり。警邏中目を離した隙に忽然と姿を消す事なんざ当たり前…にしちゃいけねェんだがよ。
ともあれ、今日も今日とてどっかに行きやがったクソガキを探して総悟が馴染みにしてる駄菓子屋なんかを見て回る。
居る場所は大概把握しちまった。駄菓子屋、甘味処、公園、神社…息巻いて探し出したアイツはいつも悪びれも無く飄々とした態度で。ムキになるのは思う壷だとは解っていても、どうにも姿が見えねェと胸糞悪くて探し回っちまう。

見慣れた頭探して市中を歩き回る事暫し。
角を曲がった所で目に入った栗色の頭と黒服。
漸く見付けたと向けた足は、総悟と向き合う銀色の存在を視界に捉えて、止まった。
食の嗜好が合うのか何なのか、総悟を探してると同じくして奴と遭遇する確率も高い。二人揃えば最強最悪のドSコンビだ。つーか…コンビって何だよ。二人セット売りみてェじゃねーか。二人でワンセットってか?

……ンだそれ、胸糞悪ィ。

妙なモヤモヤが胸中渦巻き煙草を足元に捨てると力いっぱい踏み潰す。火を消しついでともう一捻りして顔を上げると。
「……っ!」
総悟と万事屋の距離。
近過ぎるその距離は俺の位置からは丁度、キスを、している様に見えて。
息が詰まる。
「そ…、ッ総悟!」
声を絞り出す様に名前を叫べばびくりと跳ねる総悟の肩。
万事屋の手を払い駆け出したアイツの背中を追って、俺も地面を蹴る。
何を、してた?
一体何を…。
通り抜け際に見た万事屋の憎たらしい面はどこか満足げで。思わず足を止めかけるも今はそれどころじゃねェ。
総悟を、追わねェと。


流石に逃げ足が速い。
煙で満たされた肺でアイツに追い付く事は出来ず、何時しか見えなくなったその背中を探して市中を走り回る。
総悟が行きそうな場所を幾つか訪ねるも、姿が見えない。
沸き上がる苛立ちを堪え一種の賭けと屯所方面へ足を向ける。裏手にある空き地。整頓されていない敷地にある欅の木が好きだと、いつまでも切られなければ良いと零していたのを思い出して。
これで見つからなければ捜索隊でも出すかと馬鹿な事を考えてしまうくらい、必死で走った。
何故か。理由なんざ俺にも解らねェ。
ただそうしなければ、そうしたいと無意識に衝き動かされていた。


「総悟!」
予想が当たり欅の木の傍らにその姿を見付けて名前を呼ぶと、丸まった背中が揺れゆっくりと顔を上げて俺を見る。
追って来た事が信じられないとでも言う様な驚きの中に、今にも泣き出しそうな不安定さを認めて足を止める。
走り過ぎて肺が痛い。が、それよりも総悟の頼りなさげな様子に息が苦しくなる。
「…何が、あった」
何か他にかけるべき言葉があったかもしれない。でも口をついて出た尋問の様なそれに、語彙の少なさに苛立ちを覚える。
「何も…ありやせん」
フイと視線を逸らしたその横顔に、普段の傍若無人さは見当たらず何も無い訳ではない事は明白だ。
解り易いその態度は珍しく、総悟の心が乱れている事をまざまざと知らしめていて。
……何だ?
胸がざわつく。
滅多に見る事のない姿に胸の奥が音を立て、何かを知らせ様としている。
「アンタ、何でここに居るんでィ」
「そりゃお前、…」
そういえば、何でだ?
コイツを隊務に戻す為?
…いや、それなら何故こんなにもムキになってた。職務放棄は日常茶飯事、肺が痛む程走り回る事はしなくとも警邏の合間に見つけて首根っこ掴んで戻せば良い。
様子がおかしかったから?
それにしても、どうしてここまで気に掛かる。
コイツが、総悟が…隣に居ないから。
隣に、傍に、万事屋が居たから。
万事屋が総悟に……。

「……ッ」

ドクリと心臓が音を立てる。
身体中の血が逆流する様な感覚。
息が詰まって上手く呼吸が出来ない。
耳の辺りが熱を持ち、辿り着いた答えを頭の中で繰り返すと正解だとでも言うかの様に鼓動が速まる。
指先が痺れて、酸素が足りなくて。
くらりと目の前が揺らぐ。

「…土方さん?」
「あ……」

不安げに揺れる双眸と視線が絡むと、もう駄目だ。
言葉を発する事すらままならない。

嘘、だろ。
こんな、急に…待ってくれ。
落ち着け俺、落ち着け心臓!

必死で言い聞かせても無駄なのは百も承知。
自覚してしまったら最後。

微熱を伴って。
風邪にも似た初期症状が全身を駆け巡る。


END
……………………………………
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