菫青と天藍の話。
血表現あります。
ざっくりフインキ
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菫青と天藍の話。
血塗れの自分を、彼は構うことなく抱き締めた。
服が汚れてしまう。血腥いだろうに。肩が震えている。
ぼんやりと、他人事のように自分は彼を見ることしか出来ず、ただその震える身体をそっと抱き締め返すことしかしてあげられない。
彼がこうだったからか、自分は思いの外冷静であることに気が付いた。自分よりもずっと大きくて大人であるはずの彼が、とても小さく見えた。
「ボク、捕まる? 殺される?」
「そんなことさせない」
「でも、殺したよ。食べちゃったよ、父親を」
「それでも……! どこにも、行くな……。そばに、いてくれ……っ」
ぎゅっと腕に力が込められ、少しだけ苦しくなる。
自分には何もない。何も出来ない。それでも、彼が懇願するのなら。いて欲しいと望むなら、いてあげなければならないのだろうと、理由もなくただ漠然と思ったのだ。
どれだけ酷く殴られようと、どれだけきつく首を絞められようと、それでも平気なのは、多分彼には自分を殺すことは出来ないという、根拠のない自信だ。
自分にそばにいて欲しいと望んだ彼自身が、自分を手にかけるわけがない。自分が死んでしまうことこそ、彼にとっては生きるには耐え難いことなのだから。
「お前、いつもそんなんでいいのかよ」
彼に殴られて出来た頬の痣を見て、黒曜は呟いた。
「大丈夫だもん」
「その内、殴り殺されても知らねーぜ」
「だいじょーぶ」
「その根拠を俺は知りてーなぁ」
「瑠璃だから」
「答えになってねーよ」
呆れた、諦めたような溜め息。黒曜だって分かっている。これが、自分と彼だけの問題だと。
それでもこうして聞いてくるのは、ちょっとくらい教えて欲しいという嫉妬のようなものだ。
知っているけど教えてあげないのは、少しの優越感とひとつまみの彼への憐れみ。
自分達にはここしかない。だから、離れたくなくて、皆しがみついている。皆が皆、半端者だから、半端者どうしの傷の舐め合い。
皆それに気付いていて、それでも止めないのは、ここの居心地が良すぎるからだろう。
「菫青が一番、残酷なのかもしれませんね」
微笑みながら言う玻璃の感情は、閉じられた瞼の下に隠されてしまったようだ。
「ヒトを食べるから?」
「そういうことではありませんよ」
「じゃあ、何が?」
玻璃のことは嫌いじゃない。けれど、玻璃と話すのは苦手だった。
彼と似た顔で、彼と違うことを言うのが不思議に思うからかもしれない。
「全てを理解した上で全てを受け入れてしまうことは、ときには残酷にすらなるということです」
「どうして?」
「さぁ、どうしてでしょう?」
玻璃の言う「残酷」に、自分は当てはまっていると言うのか。その答えを、玻璃は教えてくれない。
「いつか、天藍に殺されても知りませんよ」
「なんでそう思うの?」
「人はあなたが思っている以上に、予想外のことをする生き物ですから」
「ふーん」
彼にいつか殺されるかもしれない。
そう言われても、実感の沸かない遠い未来の戯れ言にしか聞こえなかった。
彼が自分を手にかける想像が出来ない。もし、そんなことがあったとして、自分はいっこうに構わなかった。
元より生かされてるだけで、自分はどちらでも良かったのだから。
「それならそれでいいよ」
「……酷い人ですね」
珍しく眉を寄せた玻璃の顔は、寂しそうにも見えた。
彼の部屋に二人きりでいるのは、嫌いじゃなかった。
お互い声を掛けるわけでもなく、ただそこにあるだけの空気のような、けれど確かに相手の存在を確認出来る、そんな空間。
「菫青」
「うん」
寂しがりやの彼は、たまに自分を呼ぶ。それに相槌を打てば、またしばらく何の音もしなくなる。
それで良かった。
いつもと響きの違う自分を呼ぶ声に、胸がざわざわして、昔の優しい記憶を思い出させてくれる。
「……×××」
けれど違う呼ばれ方をすると、胃の辺りがキュッと縮まって、その縮こまったものがフッと解放されて熱くなる。
「なぁに、瑠璃」
それが何か知っていたはずなのに、今の自分には分からなくなってしまっていた。
また分かる日がくるかもしてないとあてもないことを考えて、身体の奥に蟠る熱を拭い去った。
終わり
誕生日 | 1月18日 |
血液型 | O型 |