名前を呼ぶ度、深く溶け合えたなら
そんな途方もない願いを
その名に乗せて
『ことだま』
初めて 名を貰った
あの夜。
“よいて”と名付けられた優しい夜。
自分の存在をただ示すための言霊に、何故か強く引かれた。
消えゆくことを願うのに、初めて居場所を与えられたような温もり。
その名前がただの思いつきでも、誰かの名なのだとしても
ただ、自分だけのものにしたかった。
何も持たなかった自分に初めて、与えてもらった確かに存在する証。
その矛盾さえも
いつしか 愛しいものへと、変わっていったんだ。
正午よりも幾ばくか過ぎた時計をぼんやりと眺めていると、仕事をしていたはずの雪見がすぐ後ろに来ていた。
「宵風、オムライス食うか?」
「…おむらいす?」
「おっ前、オムライス知んねーのかよ」
こくりと一つ頷くと、ゆきみは突然立ち上がった。
「よし!作ってやる。教えてやるからお前も来い」
「………?」
やる気満々に腕まくりをしながら、ゆきみはキッチンへと消えてしまう。
正直面倒だと感じてしまったが、好奇心には勝てずに素直にゆきみの後を追った。
「お前は卵を混ぜな」
キッチンに着くと直ぐにそう言って、卵とボールと箸を強引に渡されて渋々と受け取る。
そして、さっとエプロンを来たゆきみは冷蔵庫からケチャップやらを取り出していた。
「俺はご飯やるから、混ぜながら見とけ」
そい言うと、いつの間にかまな板に並んでいた野菜を細かく切っていく。
その素早い手つきに、僕は卵を混ぜるのも忘れて食い入るように見入っていた。
「──ん?宵風、お前もしかして卵割れねぇのか?」
僕がはっとして、未だに卵を持ったままだということに気づく。
じっとゆきみの作業を見ていたせいで、全く手が動いていなかった。
それを見てしょうがねーなーと言いながらも、ゆきみは僕の手に持っていた卵を一つ取り上げた。
「こうやってだな、角にぶつけてヒビをいれてだな──」
そう説明しながら、流れるように僕の持っていたボールに黄身と白身がするりと綺麗に入れられた。
「分かったか?宵風」
何てことない動作なのに、ゆきみがやると何故だか変な違和感を感じた。
「次、お前がやってみな」
もう一つの卵を渡されて、頭にポンポンと掌を置かれる。
任務をこなすときの指と同じ筈なのに、頭に優しく触れられる指先が、何故か温かく感じてしまった。
早速、角に卵をぶつけると思ったよりもべしょっと潰れてしまって、僕は急いでボールに卵を入れた。
しかし、黄身が割れてしまったようで形が崩れてしまった。
それを見たゆきみは少し笑って、また頭をぽんぽんと叩いて髪をくしゃくしゃと撫でた。
「やってけば、上手くなるからな。慣れだ慣れ。最初にしては上々だ」
そう言って、頭から掌は離れ何事もなかったかの様に自分の作業に戻っていく。
そう 何てこともない日常の事なのかもしれないけれど、自分にとっては初めてのことのようで、ゆきみに触れられた頭に無意識に触れていた。
初めて感じるこの気持ちが、何なのかも分からないけれど、ただいつも聞こえていた責め続ける声達がすっと聞こえなくなった。
必要とされ必要としたい。
自然と無くなった願いだけが、言霊のように頭を巡った。
「宵風、手ぇ止まってんぞ。飯の方はあとちょいで出来るから、お前も働け」
僕は言われた通りに箸を握って、左手にボールを持ってかき混ぜ始める。
怒っているような口調なのに、何故かゆきみは楽しそうだ。
僕はじーっと、ゆきみを見つめながら
へんな人だと心のなかで呟いた。
手際よくご飯を炒めてるゆきみは、僕がそんなことを考えているとも知らず、おむらいすの作り方を僕にしっかりと聞かせながら作業をてきぱきとこなす。
「んじゃ、卵」
ほれ と差し出された手が、何故だかとてもくすぐったく感じた。
宵風と呼ばれる度に、僕の存在は明確なものへと変貌する。
それは望んでいなかったこと。
けれど、一生叶わないと諦めてしまった願いだから、
だから
振り払えない。
ただひとり
僕に居場所をくれた
あなた だけは─────
fin.
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お久しぶり過ぎて、何かもうすみませんιι
書きかけを放置したままえらい時間が過ぎていました(;□;)
今回の話は、えぇそうです。素敵な扉絵に触発されまして書きました。笑 もう分かりやすすぎな思考回路で本当すみません。でもほのぼので書いててとても楽しかったです。
時間があればもっと詳しくオムライスの作り方を調べて、書きたかったですね(T_T)でもそれが結果アップするロスになってしまったのですが……。
駄目駄目な管理人ですが、マイペースに頑張りますのでこれからも宜しくお願いします(ノ_・。)