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うたたね


「あ…」


とてとてと部屋に戻る途中、神姫はある人物を見つけて立ち止まった。

目線の先には、柱に寄り掛かり目を閉じる九龍の姿があった。


(ど、うしよう…)


いくら春とはいえ、まだ少し肌寒い。もしも寝ていたとしたら風邪を引いてしまう。

けれど、彼女以外の人間はまだ怖い。

そんな矛盾した思いを胸に、神姫は一人オロオロとしていた。


(せ、せめて、何か掛けるモノ…)


そう思い神姫が視線を動かすと、そよ風にたなびく白い洗濯物を見つけた。

そして辺りを見回し、神姫は両手を翳した。


「……」


ふわりと洗濯物が浮かび上がり、それは真っすぐ神姫の手に降りてきた。ずっと乾していたのか、温かく柔らかかった。

そしてそっと九郎に近づき、静かに九郎の肩に掛けた。


「礼を言うぞ、神姫」

「ッ!!」


聞こえてきた声にビクリと肩を震わせ、急いでそちらに視線を移せば、そこには優しく目元を細める九郎がいた。

てっきり寝ているものだと思っていた。しかし実際に九郎の眠りは浅かったらしく、神姫の行動に気付いていたようだ。

人間への恐怖心とバレていたことへの羞恥心がごっちゃ混ぜになり、神姫は泣きそうな表情を浮かべ、回れ右して逃げ出した。


「きゃっ…!」


が、惜しくもそれは新たに登場した者によって阻まれた。


「おっと、ごめんね。神姫ちゃん、大丈夫?」


ぶつかった反動で倒れかけた神姫を支え、申し訳なさそうに言うのは景時だった。


「ふ、ぇ…」


ただでさえ苦手な人間、しかも大人の男を前に神姫は泣き出す寸前まで追い込まれた。

悪い人ではないのはわかっている。けれど身体に刻まれた恐怖心は彼らを拒絶していた。

限界に達し、じわりと浮かんだ神姫の涙を見て、慌て出したのは源氏の武将である二人だった。


「し、神姫!?」

「え、ど、どうしたの!?どこかぶつけたの!?」


わたわたと神姫を宥めにかかるが、時既に遅し。緊張の糸が切れ、神姫は声をあげて泣き出した。


「…貴様ら、何をしている?」


そこへ通り掛かったのは玖神だった。泣いている神姫を見遣り、何を勘違いしたのか、玖神は二人に軽蔑した眼差しを向けた。


「幼子を泣かせるとは…堕ちたものだな、源氏の武将ども」

「えぇ!?ち、違うんだよ、玖神くん!!」

「俺たちは神姫に礼を言おうと…!」

「言い訳はいらん。…神姫、行くぞ」


誤解を解こうとする二人の言葉を冷たくあしらい、玖神は神姫の手を引いて歩き出した。後ろから何か聞こえるが、それも無視した。


「クゥ兄さん、あの人たちは…」

「わかっている」

「え?」


実は全て見ていた玖神。

本当は人間嫌いの神姫が九郎に袿を掛けたとき、このまま神姫が九郎を慕い始めたら妹分を取られてしまうんじゃないかと思って意地悪したなど、絶対に言えない。




うたたね
(主、神姫が九郎たちに泣かされた)
(何ィ!?アイツら、よくも…神姫、オレが懲らしめてやるからな)
(え、あの、違っ…)
(九郎テメェ、神姫に何してくれてんだァァァ!!)

苺みるく


ぎゃあぎゃあと騒がしい一角を見つけ足を止めれば、そこにいたのは見慣れた紅と黄色。内心「またか…」と呆れつつも、足は自然とそちらに向かっていた。


「お前ら、またやってんのかよ」


よく飽きねぇなぁ、と続ければギロリと向けられた鋭いダークグレーと翡翠の瞳。


「『コイツが悪いんだッ!!」』


互いに互いを指差しながら異口同音。実はこの二人、もしかしたら仲が良いんじゃないかと思う。

まぁ、言ったら言ったでいっそ死んだ方がマシだと思えるくらい大変な目に遭うから敢えて何も言わないが。


「で、今度は何で喧嘩してんだよ?」


正直、最初は見ていて楽しかった。

互いを毛嫌いしているのか、言ってることは筋が通っているようで全く目茶苦茶で。飛鳥が大人げないと言えばそれまでだが、まぁ確かに龍にもこちらの神経を逆なでするような言い方をするから、要するにどっちもどっちというわけだ。

だがしかし、周りを巻き込むのだけは止めてもらえないだろうか。

飛鳥の炎も龍の電撃も、天翠には大して効果は無い。けれど、龍の電撃で水城が大ダメージを受けるのだ。

これを見てみぬ振りするなど、天翠には出来るはずもなかった。


「おい二人と――」

「いい加減にしろよ、チビ!"苺には砂糖って相場が決まってんだよ"!!」


………は?

喧嘩を止めさせようと口を開いたが、飛鳥から出てきた思いもよらぬ言葉にフリーズした。


『はぁッ!?"苺には牛乳でしょ、牛乳"!!ただ甘いだけじゃなくて健康的なんだよ!?』


つっこむとこはそこじゃあないだろう。

既に半目になってきているのを自覚しつつ、耳を傾けた。


「ハッ!!糖尿病が怖くて甘党やってられっかよ!!」

『ちょっと、それじゃあお姉ちゃんが苦労するでしょーが!!』

「上等だ!そうしたらアイツを独り占め出来るし、なぁ?」

『なッ…!!じ、冗談じゃないよ!お前なんかと一緒にしたらお姉ちゃんが危ないじゃん!』

「チビの相手よりゃマシだろうぜ!」

『フン、お姉ちゃんだって万年発情バカの相手なんかしてらんないんじゃない?』

「っだとチビ!!」

『何だよトカゲ!!』


バチバチと睨み合う飛鳥と龍。だがしかし、最初の議題は何処へいったんだ。

何をどうしたら「苺に何をかけるか」から「彼女に相応しいのはどっちか」になるんだ。


「ハァ…」


何故だかこっちが疲れてしまって、天翠はため息をついた。そしてふと目に付いた苺と砂糖と牛乳を眺め、更には未だに舌戦を繰り広げる二人を見遣り、その三つを手に取った。

そして苺を食べやすい大きさに切り裂き、砂糖と牛乳を混ぜ合わせて苺に並々と注いだ。


「おら、二人とも。これで文句無ぇだろ?」


ずいっと差し出せば、それは意外にもあっさりと二人の手に渡った。そしてそれはあっという間に完食され、残ったのは空になった皿と間抜け面した天翠だった。


「かぁ〜、やっぱ美味ぇなコレは!」

『やっぱ混ぜ合わせるのが一番だね〜』


先程の舌戦と睨み合いと殺気は何処へやら、すっかり和んだ空気でのほほんとする飛鳥と龍。

今、何かおかしな単語を聞いた気がする。


「"やっぱ"っておい、だったら最初から混ぜ合わせとけよ」

「『やだ」』

「…即答かよ」


本当にこの二人、実は仲が良いんじゃなかろうか。というか、何で嫌なんだ。


『だって、それじゃあまるで僕とアスカの意見が一致したみたいじゃないか』

「んな気色悪いこと出来っかよ」

「……」


しれっと宣う二人に、天翠は今度こそ何も言えなくなった。





苺みるく
(こいつら、馬鹿なんじゃねぇの?)

手は空を掴んだ



「なぁ、怖いモノってあるか?」

「……………は?」


いきなり、何の前触れもなく目の前にいる飛鳥はそう問い掛けてきた。


「何、急に」

「……」


こちらの問いにスッと目を逸らし、飛鳥は黙った。そして、何となく想像が着いた。

また、自分を責めているのか…と。


「飛鳥は、何が怖い?」

「…お前がいなくなること」

「他は?」

「…大事なモンが、目の前で消えること」

「他は?」

「…何も出来ずに、立ち尽くすこと」


そう告げる飛鳥の表情は、とても傷付いたモノだった。

悔しくて悔しくて、相手はもちろん、何も出来なかった自分すらも憎んだんだろう。

あのとき、菖蒲が気球から落ちたときの飛鳥の表情は何かに絶望していた。そしてそれに怯え、傷付いていた。

何に対してかなんて、分からない。聞いたところで飛鳥が教えてくれるとも思えない。極めつけに今日の質問、相当凹んでいるとみた。

さて、どうしたものか。


「あ、」


そうして閃いた。

怪訝そうな飛鳥の眼差しを無視し、飛鳥から数歩離れた。


「おい、何し――」

「飛鳥、手ぇ出せ」

「あ?」

「早くッ」


訳のわからない顔をする飛鳥を急かすように言えば、戸惑いながらも飛鳥は手を延ばした。

それを見て、こちらも同じように手を延ばす。

そうすれば、ほんの数歩しか離れていないために触れ合う二つの掌。満足げに頷くも、やはり飛鳥は理解できていない。

まぁ、当たり前だが。


「こうすれば、ちゃんと届くだろ?」


ぎゅっと飛鳥の手を握り告げるも、飛鳥は依然として困惑していた。

そんな飛鳥にため息をつき、苦笑して続けた。


「飛鳥が手を延ばせば、オレも延ばす。そうすれば、ちゃんと届くから」

「……」

「お前の手が、何も掴まないなんてことはさせないから」

「!」


ハッとしたように息を呑み、飛鳥はダークグレーの瞳を見開いた。


「オレは、お前を残してはいかないよ」


約束したしな、と言ってる途中で手首を捕まれ引かれた。

思わぬ行動に驚いたが、背に回された腕が微かに震えていたから、とりあえずは好きにさせてやろうと思った。


「…抱きしめて、いいか?」

「おいおい、何を今更。なら、コレは何だってんだよ」

「んー…人間湯たんぽ?」

「殴り飛ばすぞ、コラ」


ぴくりと頬を引き攣らせれば、すぐに「冗談だ」と返ってきた。

だけど、抱きしめる腕も冗談を言う声も震えたままだから、思わず飛鳥の頭を撫でていた。


「あの、さ…オレは、いつも傍にいるからな」

「…ん」


てっきり照れ隠しに拒否されると思っていたが、素直に受け入れられて逆にこっちが恥ずかしくなった。

珍しく甘えるように首筋に擦り寄ってくるものだから、しばし視線をさ迷わせ、それでもやはり仕方ないなぁと飛鳥の頭を撫で続けた。



手は空を掴んだ
(…もう、あんな思いはたくさんだ)

剣を背負って

じっと見つめる先には、我が家に伝わる家宝にして唯一の武器、宝刀「神威」があった。

すらりと延びた細い片刃に、掴みやすい柄、傘の部分にはビー玉サイズの白玉が嵌め込まれている。この白玉のおかげで何度も賊に襲われたことがあり、この剣は疫病神に近いものだと思っている。


「売ったらいくらになると思う?」

『売るのか!?』


ちらりと数少ない友人を見下ろせば、見た目愛くるしい彼は長い耳をぴょこんと立たせ、朝焼けに似た緋色の瞳をキラキラと輝かせた。

最近はろくな物を食わせた覚えがないから、きっと今日こそまともな飯が食えると期待しているのだろうか。

それにしても相変わらず可愛い友人だ。ふわふわもこもこの毛並みに顔を埋めて頬擦りしたい気分だ。したらしたで激しく嫌がるのだが、果たして何故だろう。


「気持ち良さそうなのになぁ…」

『ッ!?だ、駄目だぞ!俺がアスカに怒られる!』

「その飛鳥だけど、いねぇじゃん」


そう、相棒である飛鳥に一ヶ月ほど前に隣町まで買い物を頼んだのだが、一向に帰ってこないのだ。

隣町までは遅くても一日で着く。迷うような道でもないから、すぐに帰って来られるはずなのだが。


『なぁ、何かあったんじゃねぇの?』

「うん。実はオレも半月前からそう思っていたのだよ」

『いや、ならもっと早く言えよ!!』

「んー、飛鳥なら大丈夫だと思ってたんだけどなぁ…」


贔屓してるわけではないが、飛鳥は強い。そこら辺のチンピラ風情に負けることなどあるはずもない。

だからこそ、不安になる。もしや、飛鳥の身に何かあったんじゃないかと。…それを表情に出すことはないが。


「まぁ、外には怨霊とか妖とか、天人っていう不思議生物もいるからなぁ」

『だったら尚更助けにいかねぇと!』

「や、めんどい」

『ぅおいッ!!』


バシッと短い前足でツッコミを入れる彩霞。どうしよう、かなり可愛い。


「そーゆーのは万事屋にでも頼んどきゃいいんだよ」

『金無ぇじゃん』

「……」


彩霞の鋭い言葉に言葉を噤んだ。そう、そこが一番の問題だったじゃないか。


「よし、金稼ぎに行くか」

『アスカ救出じゃねぇのかよッ!!』

「ばっか、RPGの基本は金稼ぎとレベル上げだ。仲間救出とか、そんなん後でも殺されたりしねぇよ」


だから、とりあえずは隣町まで行ってバイトか何かで金を稼ぎ、そのあとに怨霊とか妖とか天人とか倒してレベル上げだ。そしたら彩霞も何かに進化するかもしれない。

そんなことを考えながら、神威に手をかけた。


「さぁてと…行こうか、彩霞」

『おぅ!』


銀色と緋色が交差し、ニヤリと細まった。

そして、二人の仲間を捜すための冒険が始まった――…。




剣を背負って
(とりあえず、この邪魔な疫病神を売りに行こうかと思うんだけど)
(や、それ一応は家宝なんだぞッ!!売っちゃ駄目だからッ!!)

もっと甘えてよ


さぁ来い、とでもいうように両手を広げる目の前の少女に皐は無表情の下で混乱していた。ベットに寝転がり、ポケモントレーナー特集を読んでいたはずの彼女が、何故いきなり両手を広げるのか皐にはさっぱりわからなかった。


「…何を、している?」


やっとのことでそう口にした皐。しかし彼女は皐の心中を理解していなかった。


「何って――…抱擁の構えだけど?」


キョトンとした後、にこりと笑った彼女はあっけらかんと、まるで朝の挨拶をするようにそうのたまったのだ。


「…だから、何故…」

「何故って…ねぇ?」


意味ありげに見つめてくる彼女の瞳。しかし皐には分からない。

その様子を悟ったのか、彼女はふと苦笑した。


「なぁ、皐」


呼びかけに視線で答えれば、彼女はそっと皐を抱きしめた。慈しむように、優しく。


「もっと、甘えたっていいんだぞ」

「!」


動けない皐に、彼女は続ける。


「皐はオレより年上でお兄ちゃんでお母さんだけど、」

「……」

「まだまだ未熟で頼りないけど、たまには、オレを頼ってほしい」


ぎゅっと腕の力を強め、微かに震えながら、彼女は言った。


「オレは、もっと皐に甘えてほしいんだ――…」


一生懸命に言葉を紡ぐ彼女を、愛おしいと感じた。このまま抱きしめ返すのも悪くはないのだが、他の輩にも同じことをされては非常に困る。

彼女に見えない位置で一度頷いた皐は、一瞬だけ空色の瞳をいたずらに光らせた。


「さ、皐…?」


ポン、と置いた手に本能的に何かを感じたのか、彼女は頬を引き攣らせて後退しようと足を引いた。が、皐がそれを許すはずもない。

腕を掴んで引き寄せ、素早く頭と腰を固定した皐は驚きで目を瞠る彼女に顔を寄せた。


「ならば、あまり他の男に抱き着いてくれるなよ」

「…へ?」


素っ頓狂な声を上げる彼女の頭は、それとこれと何の関係があるのかと混乱しているのだろう。分かっているから、苦笑が零れる。だが、釘を差しておかねば彼女は同じことをするだろう。主に、飛鳥に。

それは非常に不愉快だ。

故に皐は彼女の耳元で、低く甘い色を含ませ、一言囁いた。





「甘えたくとも、その前に嫉妬でお前をどうにかしてしまいそうだからな」





そう囁いた瞬間、彼女の顔は耳まで赤く染まった。そして何か言いたいのに言葉が出ないのか、彼女は口の開閉を繰り返していた。

そんな彼女を見て笑みを浮かべた皐。腕の力を緩めて彼女を解放した。


「忠告はした。後は、お前次第だ」


そう言って皐は、依然として真っ赤な彼女に笑いかけた。これでしばらく彼女が自分から誰かに抱き着くことはないだろう、と確信しながら。


「……」


そしてふらふらとベッドに戻り、力無く倒れ込む彼女を見て皐が若干黒く微笑んでいることに、彼女が気付くことはなかった。





もっと甘えてよ
(…オレ、とんでもないこと言っちゃったのかなぁ…)
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