実際に最近誰かが亡くなったのではなく、まだ身近な人が亡くなったことがない、という話です。

話題:身近な死

最近なんだかんだで身近な人の死について考えることが多い。去年は不倫と子供のことを考える機会が多かったんだけど笑 それが今年は人の死に変わったのかもしれない。因みに自分が死ぬ予感はさらさらないので、自分の死については考えていません。

きっかけは、今年の2月に犬が12歳になったことです。うちの犬種の平均寿命が12〜14歳なんですよ。それで、誕生日を迎えたときに「とうとういつ死んでもおかしくない歳になっちゃったのかな…」と思ったわけです。体力の衰えは感じるとはいえまだまだ元気で死ぬ気配はないんだけどね。だけど、近い将来にはいなくなってしまうのかなぁと思うと切なくなるわけです。

まぁそんなことも最近までは漠然と考えてただけだったんだけど、おととい好きな人(って書くと恥ずかしいな)とご飯を食べる機会があったんですよ。その人はうちのと同じくらいの年齢の犬とハムスターを飼ってるんだけど、ペットの話になったときに「ハムちゃん元気?」と聞いたら、「それが死んじゃったんだよね…」と言われまして。
2年くらいで死んじゃったらしいです。確かにハムスターってもって3年のイメージがあるので、すぐ死ぬことは予期できるわけだけど、それでもあの白くてふわふわでかわいかった(ネットで写真見た)ハムちゃんが、もういないんだなーと思ったら、うちの犬のことを思い出して切なくなったわけです。そしてその人も「2年しか飼ってないハムスターでも悲しいんだから、犬が死んだら社会復帰できないだろうな…」と言ってて、その一言が胸に響いた。その人はうちとは違って屋内で犬飼ってるから、余計に悲しくなるんだろうな。

それで昨日、散歩しながらずっと身近な死について考えてました。そして、近所の犬の顔ぶれもだいぶ変わってきたなぁ…あのワンちゃんもこのワンちゃんも死んじゃったんだよなぁ…なんて考えていました。

もう一つ、身近な死について考えさせられたのが、その人との食事の1日前の授業です。某スラム街的な地区でホスピスを運営してる方が講演をする回だったんだけどね。話の内容全体的に面白かったんだけど、日記のテーマとは関係なくなりそうなので割愛します。
授業中、ドキュメンタリー番組に取り上げられたときの映像を見ることがあったんだけど、看護師さんが臨終直前の入居者さんの手をもって、「お疲れ様!よーくがんばったじゃーん!」みたいに明るい拍子で最期の言葉をかけるのを見て、急に「両親が死ぬとき私はどうなるんだろう…こんな風に優しく温かい言葉をかけてあげられるのだろうか…」というのが頭をよぎってしまい、思わず目に涙が浮かんだわけです。隣に友達いて恥ずかしかったからすぐ堪えたわけだけど。
私の家族の仲はめちゃくちゃいい方だと思ってて、本当に大好きなんだよね家族が。でもいつか必ず別れがくるんだよなーというのは本当に信じられないし信じたくないな。

そして私はまだ身近な人の死を経験したことがありません。曽祖母曽祖父辺りはほとんど会ったことがないので、身近とは呼べないかなーと思って含んでいません。あと父方の祖父は亡くなってるんだけど、両親が結婚する前のことだからね。
その他の祖父母はまだ健在だし元気なんだけどね。一番年上の祖父は多分78くらいだから、もう覚悟すべき歳なのかもしれないけどね。そういや喫煙者だけど普通に元気だな。

朝っぱらから切なくなってしまった。眠気覚ましにソーラン節踊ったら1番が終わったところでくそ疲れた