ネコ、少年、雨音
2012-8-11 23:51
かずとねこ
三月の中旬、冬の嵐と呼ばれる強風を伴った天候が激しい雨音を携えて、普段は静かな真夜中を支配していた。
バケツをひっくり返した、というよりは空気でさえも天に昇る事を赦さず地に押し付ける勢だ。
周囲を脅し覚醒させ、まるで夢にまで影響を与えそうなその音は自室の温かいベッドでぬくぬくと睡眠を取っていた和哉の意識をも浮上させた。
顔の半分を枕元に押し付けたまま手の届く範囲にあるであろう携帯を探す。
充電器のコードに触れ、手繰り寄せて握り締めてサイドの小さなボタンを押した。
外側の液晶画面をがチカ、と光る。片目を開いて確認した時間は午前二時。
二度寝してもカウントされない時間だ、と腕を温い布団の中へ戻す。
待機していた眠気は直ぐに襲ってきたが、一度起きてしまったので微妙に下がった体感温度が気になってしまう。残念ながら電気毛布はクローゼットの中だ。湯たんぽが欲しい。和哉は頭を上げた。
豆電球を点けていない部屋は、暗くともカーテンの隙間から外の蛍光灯やネオンの光を微かに取り入れ天井に薄い線を引いている。壁にも数本も光の筋が引かれ、壁に掛けている上着の影を大きく伸ばす。同様に窓際から床に広がる影があった。和哉はそれに向かって言った。
「黒樹、黒樹。湯たんぽ」
黒樹と呼ばれたそれは、背筋を伸ばして座る黒猫であった。滑らかな黒の上部に浮かぶ二つの目はそれまで外に向いていたのだが、背後からの眠そうな、己の名を呼ぶ声に反応して振り返る。
「こっちにこいってば」
湯たんぽ湯たんぽと何度も繰り返す和哉に、「にゃあ」と一鳴きして音も無くベッドに近付き飛び乗る。
布団から出て来た腕に体を捕まれ中に引き入れられ、暖かい両腕に抱えられる。
猫の頭上から気の抜ける声がした。
腕の中の猫は外気を纏っていたもののそれが馴染むと本来の高い体温を与えてくれる。和哉は伝わってくる控えめな鼓動にホッと一息つく。足りなかった部分が埋まった感覚に安心し、雨音を聞きながら意識を飛ばした。
「まぁ、また猫と寝てるのね」
朝になり、エプロンをかけた母親が二階にいる息子を起こしに行く。いくら今日が土曜日で遅く起きる事を黙認していても流石に昼まで寝過ごすのはよろしくないと。
息子和哉の顔の付近に黒い猫も顔を出していた。
高校生にもなって猫を抱いて寝ているなんて、どうせなら女の子を抱きなさいよとお節介も言いたくなるものだが。
本人いわく、それなりに付き合いはあるらしい。でも。
「最近は猫好きに拍車がかかっているわね」
やれやれといった表情を浮かべた。
もぞ、と猫が動きこちらに気付いて布団からはい出てきた。
気持ち良さそうに一伸びして鳴く。
「あらぁ、ごはん?用意するから和哉を起こしておいてね」
猫にパチンとウインクをする母親、沢田和美。アラウンドフォティー。蜂蜜色の緩くウエーブのかかったセミロングの髪の歳を感じさせない綺麗な人だ。
ドアを開けたまま鼻歌を歌いつつ、頭をリズミカルに揺らしながら階段を降りて行った。
バケツをひっくり返した、というよりは空気でさえも天に昇る事を赦さず地に押し付ける勢だ。
周囲を脅し覚醒させ、まるで夢にまで影響を与えそうなその音は自室の温かいベッドでぬくぬくと睡眠を取っていた和哉の意識をも浮上させた。
顔の半分を枕元に押し付けたまま手の届く範囲にあるであろう携帯を探す。
充電器のコードに触れ、手繰り寄せて握り締めてサイドの小さなボタンを押した。
外側の液晶画面をがチカ、と光る。片目を開いて確認した時間は午前二時。
二度寝してもカウントされない時間だ、と腕を温い布団の中へ戻す。
待機していた眠気は直ぐに襲ってきたが、一度起きてしまったので微妙に下がった体感温度が気になってしまう。残念ながら電気毛布はクローゼットの中だ。湯たんぽが欲しい。和哉は頭を上げた。
豆電球を点けていない部屋は、暗くともカーテンの隙間から外の蛍光灯やネオンの光を微かに取り入れ天井に薄い線を引いている。壁にも数本も光の筋が引かれ、壁に掛けている上着の影を大きく伸ばす。同様に窓際から床に広がる影があった。和哉はそれに向かって言った。
「黒樹、黒樹。湯たんぽ」
黒樹と呼ばれたそれは、背筋を伸ばして座る黒猫であった。滑らかな黒の上部に浮かぶ二つの目はそれまで外に向いていたのだが、背後からの眠そうな、己の名を呼ぶ声に反応して振り返る。
「こっちにこいってば」
湯たんぽ湯たんぽと何度も繰り返す和哉に、「にゃあ」と一鳴きして音も無くベッドに近付き飛び乗る。
布団から出て来た腕に体を捕まれ中に引き入れられ、暖かい両腕に抱えられる。
猫の頭上から気の抜ける声がした。
腕の中の猫は外気を纏っていたもののそれが馴染むと本来の高い体温を与えてくれる。和哉は伝わってくる控えめな鼓動にホッと一息つく。足りなかった部分が埋まった感覚に安心し、雨音を聞きながら意識を飛ばした。
「まぁ、また猫と寝てるのね」
朝になり、エプロンをかけた母親が二階にいる息子を起こしに行く。いくら今日が土曜日で遅く起きる事を黙認していても流石に昼まで寝過ごすのはよろしくないと。
息子和哉の顔の付近に黒い猫も顔を出していた。
高校生にもなって猫を抱いて寝ているなんて、どうせなら女の子を抱きなさいよとお節介も言いたくなるものだが。
本人いわく、それなりに付き合いはあるらしい。でも。
「最近は猫好きに拍車がかかっているわね」
やれやれといった表情を浮かべた。
もぞ、と猫が動きこちらに気付いて布団からはい出てきた。
気持ち良さそうに一伸びして鳴く。
「あらぁ、ごはん?用意するから和哉を起こしておいてね」
猫にパチンとウインクをする母親、沢田和美。アラウンドフォティー。蜂蜜色の緩くウエーブのかかったセミロングの髪の歳を感じさせない綺麗な人だ。
ドアを開けたまま鼻歌を歌いつつ、頭をリズミカルに揺らしながら階段を降りて行った。
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