「少し近づいてみようか」
言うが早いか、青年の方へ足を向けたホームズを僕はあわてて追いかけた。あと数歩で青年と並ぶというところまで来て、ホームズは僕に向かってにっこりした。
「君、少しいいかい?」
ホームズは青年の肩を叩いた。
「えっ」僕のものと、もう1つ声が上がった。ホームズは尚も人当たりの良い笑みを浮かべ、青年の警戒をなくそうとする。青年は急に話しかけられたことに驚いたようだが、すぐに持っていた本を閉じ、隣に置いてある数冊の本の上に乗せホームズに向き直った。
「なんでしょうか」
「君は学生だね。そこの角にある、大学に通っている」
「えぇ…。失礼、いつお会いした方でしょう」
「いえいえいえ、僕と貴方は初対面だ」
自分の大学を言い当てられ、知り合いだと判断した青年はホームズの言葉にぽかんとした。その反応が楽しかったのかクスクス笑うホームズの脇を肘でつっつく。ホームズは軽く咳払いをした。
「そして、君は人と関わるのが苦手なようだね」
「…はぁ。あの、これはなんですか」
流石に表情を曇らせた青年に、焦ってこの人は色々推理するのが好きな変わった人なんだ、と説明した。青年は『推理』という言葉に首を傾げた。僕を推理しているのですか、と。僕とホームズは同時に頷いた。
「君は寒い時期なのに、何時もここで本を読んでいるね」
「あぁ、これは…」
「まった、僕に説明させてくれ」
ホームズは青年を手で制し、語る。
「君はO大学の学生で、授業はサボりがち。裕福とは言えない生活をしており、人とコミュニケーションをとるのも苦手で家族仲もあまり良くないようだ。ここで読書をするのは家に居たくないから、持っているのはそこの図書館のものなのにわざわざ借りてきて外で読むのはなるべく人の居ないところにいたいから。違うかい?」
「…えっと」
ぺらぺら話すホームズに困惑ぎみの青年。そりゃあ、会ってまだ数分の男が自分のことをこう語ればさぞ気味が悪いことだろう。悪いとは思ったが、戸惑う青年を少し放置し、僕はホームズに問いかけた。
「しかしホームズ、裕福でないだとかO大学に通っているだとかは、どうして分かったんだい?」
「彼の肩にかけてある鞄だよ。O大学と印刷されている。これは入学時に欲しい人に配っているらしいけど受け取る人はあまりいないそうだ。O大学はレベルが低いと言われているから大学の名前が入ったものを持つのは抵抗があるんだろう。それを使っているのはお金に余裕がないからなのでは、と思ったのさ」
流石、と思った。大学の名前なんて本当に小さく入っているだけのものなのに、ホームズには見えていたらしい。僕は気づかなかったのに。感心していると青年が声を上げた。
「あ…だいたい、合ってます」
「だいたい?」
「えぇ、家族仲が良くないと言うところ以外は、合っています。素晴らしいですね、どうしてそこまで分かるのです?」
青年の言葉は無視し、僕はホームズに目を向けた。ホームズは困惑していた。