***
「僕は呆れているんだけど。」
ふと親友の声が奥から聞こえてきて、普段そんな剣呑な言葉を口にするのを聞いた事がないカインは驚いた。
まさか新入りを自室に呼びつけて説教している訳ではあるまいな、と心配になりこっそりとセシルの部屋を覗く。
果たして、部屋にはどう見ても彼一人しかおらず、しかし見えない何かに向かって必死に語り掛けるセシルの姿があるのみだった。
「…誰と話しているんだお前。」
挨拶もそこそこに、半ば呆れながら問い掛けると、「カイン、丁度良いところに!」と弾けるようにセシルがこっちを向いた。
「今彼に話をしてたんだけど…。」
「彼?」
セシルに促されるまま、彼のベッドの方に目をやると、そこには散らばった書類の上に我が物顔で寝転がる一匹の猫の姿があった。
「…コイツに語り掛けていたのか?」
「うん、部屋に戻るとこうなってて…。」
書類の類はキチンと机に置いておいたらしいのだが、それもこの猫の仕業だろうか。
それを、セシルは猫に向かって退くように懇々と説得をしていたらしい。
「お前に近づいてくるなんて珍しい猫じゃないか。」
ゴロゴロと喉を鳴らす猫の喉元を撫でてやれば、満足気に目を細めた。
「…僕が暗黒騎士だと知らないからかも。」
「何だそれ。」
「あんまり動物に懐かれた事がないんだ。」
暗黒騎士の纏う負のオーラのせいだろうか。
セシルの言う通り、彼には近付き難い雰囲気があるのは確かだ。
「…じゃあ、知らないからこそ、だろうな、お互いに。」
「お互い?」
猫が大胆なのも、ふざけているとしか思えないレベルで親友の要領が悪いのも。
猫から手を離したタイミングで、構って貰えないのかと首を傾げる猫と並んでセシルも首を傾げる。
シュールな光景にカインは苦笑を漏らした。
「猫に説法は通じない、と言う事だ。」
「……。」
兜の下の表情は伺えないが、きっと必死に他の案を考えているのだろう。
猫を抱き上げてしまえば早いが、敢えて解決策を教えずそのまま何もせず目隠ししてやる事は容易い。
結局どうしようもないまま、二人と一匹は穏やかな昼下がりの時間を暫く共有した。
fin
・学生時代のディオ視点です。
***
「それ、最後にホッチキスで止めるんだろ?それぐらいなら俺でも出来るし。」
ヘラっとディオは笑いかける。
「…一銭の特にもならないぞ。」
「幾らお前んちが金持ちだからってバイト代たかる気はねぇわ。」
なんの冗談だよ、と笑い飛ばそうとして彼の顔を見て黙った。
こっちとしてはほんの気まぐれだ、至極真面目な顔をする彼の思考は一貫しているようで正直内心は探り難い。
まあ、余計な詮索はせずに押し切っちまえば良いんだ、とディオは深く考えるのを止めた。
ラフティの返事を聞かず、ディオは机に置いてあったホッチキスを取り、既に束ねてあった分を止めに掛かる。
ディオの意図が分からないのはラフティも同じだったらしく、不思議そうな顔をしていたがそれも一瞬の間、直ぐにプリントを分ける作業に戻った。
潔癖なイメージがあり、仕事に手を出した事に関して怒るかと思いきや相変わらずの無表情。
意外に放任主義なのかよっぽど他人に興味がないのか、あるいは両方か。
ラフティの言う通り、元々それ程量もなかったため作業は10分もかからず呆気なく終了した。
「おー、分かってたけど少ないもんだな。」
「役員の分だけだからな。」
束ねたプリントを揃え、紙袋に戻す。
紙袋に入ったそっけなさがなんだか彼に似合っていて、ここまで雰囲気の老けた17歳もいないだろ、と片付ける彼を見ていた。
「ん、仕事ってこんだけ?」
「ああ、もう帰る。お前は?」
「俺ももうやることねぇしな。お前のお陰で用事もなくなったし。」
さらりと嫌みを織り交ぜ、ディオはバッグを取ると先に歩き出す。
生真面目な彼が教師に言いつけるのではないかと不安がなかった訳でもない。
しかし、ディオの嫌みをただ肩をすくめるだけで流したラフティがその件に関して言うほど興味があるとはその時のディオには思えなかったのだ。
…もっと取っ付きにくいのかと思ってたけど、なんかあれはあれで面白い奴だな。
あのアンドロイドと二人きり、と思えば不思議な時間だったが、彼女でもないクラスメイトと楽しむよりは有益な時間を過ごしたような気がした。
その時はまさか、また二人で過ごす時間が訪れるなど、考えもしない学生時代の話だった。
fin
・学生時代のディオ視点です。
***
「なにそれ、生徒会の仕事?」
窓際に置いていたバックを取りに戻る途中、綺麗に分けて並べられたプリントの束を無遠慮に覗き込む。
怒るかと思いきや、ラフティはチラリと一度視線を此方に向け、そのまま淡々とプリントを分ける作業に戻った。
「…明日のミーティングの資料だ。大した量じゃない。」
あら、無視されるかと思えばそうでもないんだ。
存外反応が返ってきたことが嬉しくて、ディオはそのまま近くの机に腰を掛け彼の作業を眺める事にした。
「生徒会室あるだろ?なんでわざわざこんな離れた教室に来たんだ?」
別にさっき邪魔された事を怒ってる訳じゃないけど。
生徒会室と言えば遅くまで明かりが灯っていることで有名で、単純に役員である彼がそこを離れた事が不思議だった。
「…さっさとすれば終わる作業をダラダラと話をしたりして引き伸ばされるのが嫌だったんだ。それに、それをこっちに強要して来られるのも疲れる。」
ああ、成る程。
見ただけで和気あいあいといった言葉から遠い雰囲気してるしな。
「お前協調性なさそうだもんな。」
「効率が上がるなら幾らでも協力する。ただそれで無駄が生じるならあまり関わりたくない。」
…そりゃ、友達がいない訳だ。
彼からすれば、そう言った効率よりも交流を主とした時間に意義を見いだせないんだろう。
頭が良いだけに、彼の中で結論が出ている事柄に周囲が追い付かず、余計にモタモタして見えるのかもしれないが。
ディオ自身は適度に周囲に合わせ適当に手を抜く術が身についているので、まあ正直な感想としては生きにくそうな性格をしてるな、と彼に内心同情した。
「…手伝ってやろうか?」
複数のプリントを決まった順番に合わせホッチキスで止めるだけ。
彼のお陰で放課後が暇になったせいか、何の気なしに提案すれば、細い切れ目の目が若干開いた。
**…**
・学生時代のディオ視点です。
***
お、アンドロイド…。
思わずあだ名を口走りそうになったがそこは堪える。
一方彼は、男女の事情真っ最中、な現場にも関わらず淡々としており、そんな相手にどうして良いのか分からなくなり暫し三人は見つめ合った。
「……ホラ、もう今日は諦めて帰ろうぜ。」
まあ、単純に引き際と言うヤツだろう。
敢えてラフティの視線を流し、彼女のスカートに伸ばしていた手を引き、ボタンに掛けていた手で胸元のはだけた制服を直してやる。
彼女も堅物で有名なラフティを前にとてもそんな気分にはならなかったのだろう。
小さくこくん、と頷くとそのままディオの腕から降り、鞄を手に取りラフティが佇んでいる後ろの扉を避け、前の扉に回った。
「…じゃあね、ディオ。」
「おう、また明日。」
教室の入り口まで見送り、にっこり笑顔で彼女を見送れば、彼女は小さな背中を揺らし小走りに廊下を駆けて行った。
…こりゃ次はあるかな。
こういった事情は一回ケチがつくと嫌がる女子も多い。
相手には困らないものの、公には許された行為ではないためあまり積極的になるのも逆効果だろうし。
さて困ったものだ、と扉に持たれながら小さく溜め息をついていると、背後からカタンと椅子をひく音が聞こえてきた。
「………。」
コイツに責任取れと言ったところでねぇ…。
振り向けば、何食わぬ顔顔で机に座り、嫌みかと思える程綺麗に足を組んだラフティが手持ちのプリントを並べているのが目に入った。
嫌みなのだろうか、と考えるが、彼の様子を見る限り無関心と言った方が近いように思える。
最初彼に見つかった時は教員に報告されるか、と身を案じたものの、なんだかそれも杞憂に思えてきた。
…マジで自分はコイツに認識されていなんじゃなかろうか。
**…**
・学生時代のディオ視点です。
***
アイツの存在を知らない訳ではなかったし、アイツも俺の存在を知らなかった訳ではないだろう。
なんせ、お互い有名人だったからな。
とは言え、マシンかよと疑うレベルで無表情、高成績、隙のない言動に乱れなど見いだせない学校生活。
あまりの完璧ぶりから奴は軍が開発し学校にテスト投入したアンドロイドではないのか、という噂がまことしやかに流れていたのだ。
その噂を聞いた時は吹き出したものだが、それが本当なら俺は認識されていないのかもしれん、と妙に納得したものだ。
そのアンドロイドと成績ならひけを取らないつもりだが、アイツは確かこの国有数の貴族の一人息子、かたや俺は親も知らない孤児院出身の悪ガキだ。
比べるのも何だが、まあこうも境遇に違いが出るのも面白いな、と俺はどこか他人事のように感じていた。
「ちょっとディオ、ここじゃ…。」
「ん、ダメ?」
「ダメっていうか、人来たら…。」
「こんな離れた放課後の教室に?」
「ちょっと恥ずかしいと言うか…。」
「んー、だって女子寮に帰ったらまさか夜這いかける訳にもいかないだろ?あ、もしかしてそっちの方が良かった?」
「もう…。」
俯いてしまったクラスメイトの首筋に鼻を寄せ、クスクス笑う。
乗り気とは言えないものの、ここまで来れば了承を得たようなものだ。
「嫌だったら何時でも言って?無理はさせたくないし…。」
ペロリと耳たぶを舐め、そのまま首筋にそって下に唇を滑らせていく。
時折強くリップ音をたて吸い付けば、それだけで女の子の口から甘い吐息が漏れ、もう彼女に拒否する意志がないことを知る。
まあそもそも嫌ならここに連れ込んだ時点で振られているだろうけど。
唇が鎖骨を滑り、はだけたシャツのボタンを外そうと手を掛けた時、無遠慮にガラガラ、と教室の扉が開く音がした。
「っ!?」
ヤバい、と女の子と二人して反射的に教室の扉の方を見る。
そこには、なにやらプリントの束を抱えたラフティが眉一つ動かさず此方を見たまま佇んでいた。
**…**