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「さっみぃなあチクショー。やっぱ原チャにマフラーなしはきついよなー」
上着が手放せず、寒さがそろそろ本格化するだろうという時期。
坂田銀八は落ち込んでいた。
寒さの原因は季節のせいだけではないんだろうなとぼんやり考える。
学校帰り、町を通れば光り輝くイルミネーションが嫌でも目に入ってきた。
それは彼を一層寂しくさせるのだ。
「ああー。クリスマスなんてくそくらえだコノヤロー」
そうぼやきながら今日の出来事を振り返る。
学校のお昼休み。銀八はいつものように立ち入り禁止の屋上で愛する人と過ごしていた。
「そういえばさあ、土方。お前、クリスマスどうしたい?」
世間では恋人との一大イベントであるクリスマス。
愛する土方と初めてむかえる行事に銀八は浮かれていた。
しかし土方から返ってきた言葉はあまりに冷たかった。
「クリスマス?俺、行事とかそういうの興味ないんだわ。」
「そ、そうなんだ、へえー。
でもまあせっかくだしさ!今日夜先生んち来ない?計画立てようよー。」
「無理。今日もちょっと用事がある。」
「えー?また?土方最近そればっかじゃん。先生さびしいんだけど。」
「こうやって毎日屋上で会ってんだから、いいだろ。」
そんなやりとりを思い出し、また盛大な溜息をついた。
口から出た白い息とともに幸せが逃げていくのかな、などとくだらないことを考えながら、赤信号で停車する。
人々が目の前を横断していく様子を眺めていると、見覚えのある制服を見つけた。
プップッと二度クラクションを鳴らすと沖田総悟はこちらを向いた。
「総一郎くん、聞いてる??先生はさ、嫌われてんのかねー。」
「先生俺は総悟でさぁ。いい加減生徒の名前くらい覚えてくだせェ。」
二人は通りにあるファミリーレストランで向かい合って座っていた。どうしようもなく寂しいこの気持ちを誰かに聞いてほしくて、銀八は教え子である沖田に相談を持ちかけたのだ。
「ねえねえー、恋人とクリスマス一緒に過ごさないってどうなのよ?
絶対他に相手いるんだよ。浮気してんだよ。俺のことなんか、遊びなんだよー!」
プライドなどという言葉はとうに消え失せていた。
パフェを貪りながら相手が生徒であることも忘れ、銀八は弱音を吐きだしていた。
「先生が弱気だなんて、珍しいですねぇ。
やっぱり恋人に関することとなると男はこんなになってしまうんですかねぇー。あー嫌だ嫌だ。」
沖田は恋の悩みによってヘタれてしまった銀八を馬鹿にしたように言った。
「夜神くんも大人になればわかるよきっと」
「沖田です。もはや原形とどめてやせんぜ。ふぅ、まあいいか・・・」
もはや酔っぱらいのようにブツブツと愚痴をこぼす銀八に沖田の言葉は聞こえてないだろう。
「ねえー沖田君。どうすればいいかねぇ?どうすればアイツの気を引けるのかねえ―」
「(あの人はもう十分すぎるくらい先生のことが好きですぜ)」
すべての事情がわかっている沖田にもまさかそんなことが言えるはずもなく、とりあえず言葉を掛けることにした。
「目には目を歯には歯を。ツンツンにはツンツンを。
こちらからも会うのを控えればいいじゃないですかぃ?そうすれば絶対向こうは気になって仕方なくなる。
寂しくてすぐに先生のところにやってきますぜきっと。
先生、恋は『押してダメなら引いてみろ』って言うじゃないですかぃ。」
沖田の的確なアドバイスに銀八はきょとんとした顔をして耳を傾けていた。
「沖田君てさ、本当に高校生?なんかいつもすっごく大人じみてて先生びっくりするよ。」
「それは褒め言葉ですかぃ?まあいいや俺はこれで帰ります。せいぜい頑張ってくだせェ。
あっ、コーヒーごちそうさまでした。お幸せにー」
沖田はそう言いながら席を立ち、店を出ていった。
店を出ていく沖田を目でたどりながら銀八はタバコに火を付けた。
「押してダメなら・・・引いてみろ、か。」
白い煙を吐き出し、そうつぶやいた。
2時間目終了のチャイムがなると土方は急いで教室を飛び出した。
階段を上り、上がる息を抑えながら立ち入り禁止と書かれた扉をの前に立つ。
この扉を開ければ教室の中とは違う、自分だけの先生が自分だけに笑顔を向けてくれる。
そんな幸せを前に胸を高鳴らせ、土方は古びた扉を開いた。
「せんせっ!」
子供のような無邪気な声を上げ、一歩屋上に足を踏み入れた。
しかしそこに大好きな人の姿はなく、冷たい風が土方の髪を揺らした。
「(また校長の呼び出しか?)」
連絡もなしに遅れるなんて珍しいなと思いながらも期待を胸に銀八が来るのを待っていた。
お昼休み終了のチャイムが鳴った。
土方は静かに立ち上がり、冷えた手を擦り合わせながら一人で教室へと向かった。
「ねぇねぇ、沖田くん?おかしくね?」
時は12月の後半。放課後の静まり返った教室には2つの影があった。
「何がですかィ?」
銀八が沖田に相談を持ちかけたあの時からもう1週間以上の時間が過ぎていた。
「何がって!あの子、ちっとも俺に会いに来ないよ?
俺もう一週間以上もあの子に触れてないどころか、声すら聞いてない!
寂しくなってすぐ会いに来るって、沖田君言ってたじゃん!」
子供みたいに文句を言う自分の教師を見て、沖田は呆れたと言うようにふぅーと大きく息を吐きだした。
「テストが終わって、しかも明日から冬休み。そんな学生の至福の時に呼び出して、どんな大事な用かと思えば…」
そう言って沖田はまた大きくため息をついた。
「何言ってんの!一大事じゃん!先生の危機じゃん!いいの?先生悲しみのあまり自殺してしまうかもよ?みんなの銀八先生がいなくなっちゃいますよー!」
ああ、本当に子供っぽい。普段は冷めきっていて人生なんてつまらないからなんとなく生きていますみたいな顔をしてるくせに...
恋人の・・・土方のためならこんなにまでなってしまうのだ。
沖田は呆れるというより、もはや感心さえ覚えた。これ以上どんな言葉をかければいいのだろうか。
しばらく考えた挙句、思い切ったように口を開いた。
「先生。なんで土方さんと付き合ってるんですかぃ?」
どんなことを言うかと思えば、あまりに当たり前なことを聞いてきた沖田に銀八は少し落胆しつつも答えた。
「そんなの、土方が好きだからに決まってるでしょ!愛してるしまじで!
あれ・・・っていうか何で土方だって知ってんの?あれ?」
「好きなんでしょう?愛してるんでしょう?だったら何で信じてやらないんですかぃ?
土方さんはイブの日に必ず先生に会いにきやす。信じて待ちなせぇ。」
沖田のこの自信はどこからくるのかわからなかった。しかしなんとなくこのとき、自分も土方を信じたいという気持ちになったのだ。
銀八は珍しく声を張った目の前の生徒に少々驚きながらも、その説得力を有す言葉に心を打たれたようだ。
「ありがとね、沖田君。先生いい生徒持ったよ、はは!」
銀八はそう言って軽く微笑んだ。
「それは土方さんに言ってください。
ああー珍しく大きい声出したらお腹すいちゃったなー僕ー」
「はいはい、好きなものおごってあげますよ、おぼっちゃま。ファミレス限定だけどな。」
そう話しながら二人は立ち上がり、教室の出口へと向かう。
窓から見えるグラウンドの隅には少数の野球部員と切ない目で教室をみつめる、土方の姿があった。
→続きます