4誰かに傷つけられる前に傷つけてしまおうか
きっかけは些細なことだった。
それはいつものように、少し度を過ぎた喧嘩をした後だった。
文次郎が腕を切り、傷口から血がだらりと溢れ出したのを、見た時、
何かが私の中で弾けた。
それは唐突で、なんの前触れもなく、しかし一瞬で、私の心を支配した。
そうだ。
なぜこの男に怒りにも似た感情を持ち合わせていたのか、ずっと不思議だった。
しかし、それは怒りではなかったのだ。
私は、この男が、私の所有物であるのにも関わらず、私の知らない所で、知らない相手に、傷を付けられているという事実に、嫉妬していたのだ。
私は歓喜した。
やっとこの感情に気付けた事、そしてこの感情をどうすれば消化できるか、そのことに気付いた事に。
お前は私の物だと、その心に、体に、刻み込んでやろう。
(その血一滴も、骨のひとかけらでさえも、私の物だ。)
5ひとつに、なろう
「文次郎。」
名前を呼んでやると、死んだように動かなかった体がぴくりと反応し、床を見つめていた瞳がこちらを捉えた。
「せん、ぞ」
その瞳に意志はなく、ただ目の前にいる私を見つめるばかりだ。
「いい子にしていたか?」
そばにそっと近づき優しく髪を撫でてやると、気持ちがいいのか目を瞑ってこちらに頬擦りしてくる。なんとも愛らしくいとおしい。
「腹は減ってはないか?飲み物は?」
ゆるりと腰を撫でると、ひくりと体を震わせて、さっきとは違い熱のこもった瞳でこちらを見つめてくる。
「ん…だい、じょうぶ…」
唇を近付け、接吻を強請る。
堕ちたものだな、と思いながらその唇に望んだものをくれてやる。
すると、至極幸せそうな表情を浮かべ、すがりついてくる。
続けて紡がれた言葉に、私は背筋を震わせた。
「せんぞ、せーえき、ちょうらぃ」
着物の上から、私の股間を撫でて誘ってくる。
そこには、過去の、気の強く鍛錬馬鹿だった文次郎ではなく、ただ快楽に溺れた娼婦がいた。
これが、私の愛した、あの男なのか?
「…せん、ぞう…?」
黙り込んでしまった私を心配したのか、文次郎が不安げに私の顔を覗き込んでくる。
何を迷うことがある。
私の文次郎は、私の目の前にいるじゃないか。
私は無言のままに文次郎を押し倒し、接吻をした。
文次郎は嬉しそうに目を細め、私の首に手を回した。
きっと誰にも理解されないのだろう。いや、理解など求めていない。
それでも
(私はこの男をあいしていた)