二人の違いが顕著に表れ始めたのは梨兎が中2の時だった。それまでは元気に外を走り回っていた梨兎がいきなりおとなしくなり、家から出なくなった。ただ、二人が一緒に遊んでいることはそれ以前にも滅多になかったのだが。
人間関係がうまくいかず、一人で難しいことに悩まされている。父親の孝夫にはこう打ち明けた梨兎であった。
(本当のことは言えない。親にわかってもらおうなんて思ってない。俺が一生一人で背負っていくことだ)
兄の異変にいち早く気付いた詩兎はそれを無言で補った。むっつりと黙っている兄の横で笑顔も会話も絶やさない。それはもう見事なほど自然に。梨兎もそれについて最初は何も言わなかった。どうして自分の分も周囲に気を遣っているのか、彼がそれを聞いたのは高校に入ってからだ。詩兎も中2になっていた。
努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る
〜井上靖〜
あなたが生まれた時、みんなが笑ってあなたは泣いていたでしょう
ならばあなたが死んだ時、みんなが泣き、あなたは笑っているような、そんな人生を送りなさい
〜アメリカの言葉〜
愛するということは互いにに見つめあうことではない。ともに同じ方向を見つめることだ
〜サン・テグジュペリ〜
四つ葉のクローバーを見つけるために、三つ葉のクローバーを踏みにじってはいけない。幸せはそんな風にさがすものじゃない
涙と共に食べた人でなければ、人生の味はわからない
〜ゲーテ〜
人のこと嫌いになるってのは、それなりの覚悟しろってことだぞ
〜バトルロワイアル〜
不幸な人間は、いつも自分が不幸であるということを自慢しているものです。
〜ラッセル〜
今日逃げたら明日はもっと大きな勇気が必要になるぞ
結局のところ、人々が愛するのは自分の欲望であって欲望の対象ではない
「お帰り」
梨兎が帰宅すればいつも通り弟の詩兎(しゅう)が塾の準備に追われている。
詩兎は頭が良い。
高校は有名私立だろうという周りの期待も大きいためか、毎日熱心に勉強している。
(俺が落ちこぼれ役なのはわかってる
それはいいんだ
詩兎の本心が心配だ)
この兄弟、表立って仲がよいというわけではなかった。とにかく梨兎がしゃべらない。
詩兎は母親に似て愛想もよく、近所では評判の「よくできた子」であった。
この違いがさらに梨兎の立場を悪くしている。本人もそれは分かり切った事実であった。
しかし、実際は・・・
「詩兎、今夜は雨が降るってさ。お前この間学校に傘忘れてきただろ。ったく、まだ持って帰ってないのかよ」
梨兎は饒舌だ。
「あぁ…忘れてた」
詩兎は口数が少ない。
「ほい、俺の貸すから。今度は忘れてくんなよ」
詩兎はうつむきながら、梨兎の差し出す黒い傘を無言で受け取った。こんな風景が兄弟二人にとっては日常だ。