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二年目の春

緩いローファが石を踏む。体がぐらついて、もう一歩を先へ出す。

「気をつけなよ」

そんな小さなことも見逃さない声が肩越しにかけられて、わかってるの返事の代わりに、伸びたカーディガンに隠れる手を持ち上げて振ってみた。

重い鞄を下げて歩く私と、少し遅れて自転車を連れて歩く君。黄色っぽい陽が春めいて、自然と視線が上を向く。淡い緑と小さな花の色に囲まれた小道をたどって、進むたび春の匂いがくすぐったく感じられた。空気が丸みを帯びたように優しい。風に絡められた髪が頬から首筋までを撫でて、慌てて手で払う私の仕草に君は笑う。

「鞄」

「え?」

不意な呼び掛けに振り返る。君の穏やかな目尻は日向に居るせい。

「鞄重いでしょ。入れる?」

「大丈夫だよ、これくらい」

私たちの日常とはこんなもので、二人、高校二年目の春。

そんなの、知らない

この時のため、私は君の名前を聞かなかったんだ。

強い陽射し。37度の外気温。じりじり世界が焼きあがる感覚と、迫る山の緑と、さらにもっと近くまで迫るセミの声。玄関から少し歩いて門扉を押すと真正面から熱を受けて、前髪越しに眩しい光が真っ白に襲いかかってきた。

「こんな日に、お使いにいってきてだなんて・・・・・・まるで・・・・・・」

殺人的。

「・・・・・・まあ、でも、夏休みだし」

大学三年生の夏。就職活動が忙しくなってくる前に田舎の実家に帰省して、これからのエネルギーを充電しようと、私は上げ膳据え膳のゆっくりとした毎日を過ごしていた。

地元は海と山に挟まれた窮屈な街で、でも風がよく通るせいかとても過ごしやすいところ。私はそんな都会とは違った空気に当てられて、先程までソファにごろ寝して小説を読んでいた格好のまま財布を片手に外に出てきたのだ。すなわち、薄い色のタンクトップに高校の時毎日のように履いていた学校ジャージ。言い訳をするなら、この辺の子なんて、みんな似たような格好で近所を歩いてたりするもので。気にしなければ気にならない、なんて妙な文句をつぶやいて私はコンビニへと歩き出した。




#

続くんだか続かないんだか

ゆれゆりら

熱い砂に片足ずつ埋めながら、波の寄せるその場所へ。透明にゆれる水が行ったり来たりと、私の指先を浸しては逃げていく。くすぐる水元の砂。じわりとつま先が沈んで。
背中にある低い山に、灰の雲がいつの間にか引っかかっていた。身動きがとれず、抜けるような青い空と薄い雲に囲まれてひとりきり。少し前、ほんの少しの間に雨が降ったらしい。どうりで水は端であればあるほどひやりと冷たい。
波打ち際の砂は、軽いほうが白い。波が引くとその白い砂が流れて溜まり、また寄せる波がその白を綺麗な放射状に見せる。繰り返す放射状のラインはまるでその度に咲く花の欠片のようで、打つ私の胸の音のようで、あなたと手を繋いで、そして何かの拍子に離れて、また触れて、そんな関係のよう。
日差しに痛む肌をかばい、スカートの裾を気にして振り返る。足元の水がきらりと反射して小さな水音を立てる。腕に乗る水滴と砂のつぶを見つけて、何か嬉しくて、乾く唇を舐める。潮風がひときわ大きく。
小さな水音はこんなに瑞々しいのに、大きく打ち寄せる波の音はどうして、こんなに低くなってしまうのだろう。視線を上げて目に入る景色はどうしても果てしなく止まるところも引っかかりもなくて、心がきゅっと締め付けられて、私はやっぱり、白い砂にひたすらに見入ることしかできなかった。
耳元で鳴るのは潮風で硬くなった髪。
悲しいのは、どうしてだろうか。

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