紡いでください96
好きなように言葉を紡いでください。
*朝陽が隠れて
君が不満そうに唸った。
この地方には日の出を見ているときにおまじないをするらしい。流れ星を見たときにする願い事に似ているとだけ君は言って、具体的な内容は教えてくれなかった。
「まあいいや」と君は悔しそうな顔をしながらも、あたしの方に手を差し伸べた。
「え?」
「手、貸して」
「なんで?」
「必要だから」
何に、と問う前に勝手に手を繋がれて、あまりにその手が温かくて言葉に詰まった。
拒否する余裕もなかった。今も振りほどくことは困難に感じる。
人に触れるのは怖いのに。
おまじない、してるのかな。
手を繋いでないとできないものなのかな。わかんないけど。
温かいからどうでもいいや。
*目に映るしずくたち
葉の擦れる音がきこえた。
そのあとに降ってきた大粒のしずく。
何だっけ?
こういうの狐の嫁入りっていうんだっけ?
日の光は眩しくて、しずくがキラキラしていて、ファンタジーの世界みたいに綺麗だった。
ふと、君の瞳から涙が零れていることに気付いて、僕は思わず笑った。
よかった。ほとんど無理矢理だったけど、君に世界は綺麗だと知ってもらえた。多分明日は筋肉痛だけど。
*学校に行きたくない
ドラマや小説に感化されやすい人。
自分が正義だと思っている人。
話し合えば全ての問題は解決すると思っている人。
苦手だと思っていた。ずっと前から。
だけどその要素すべて持ち合わせた人間に出会ったとき、僕は絶望を体験した。
最悪だ。もう末路は見えた。
担任が僕の苦手なタイプとか、誰に言ってもワガママ言うなって怒られるだけだろう。
それでも無理なんだ。僕が苦手とするように、あちらからしたら僕は同じ生き物と認められないらしい。
それとも、僕は敵なのか。
僕は何かしましたか?
真面目さややる気ないのは認めるけれど、だけど全て及第点以上じゃないか。
怒られる筋合いはない。こういう態度が癇に障るのかも知れないけれど、ここまでやられる理由には足りない。
波紋みたいに広がった無邪気な悪意。空気が薄くなったような、息苦しさ。
末路は見えた。
僕はここには二度と来ない。
それでいいんだろ。
*不安が募るだけ
無視された。ただそれだけ。
聞こえてなかったのかなとも考えたけど、そんなはずないし。
心当たりがありすぎる。
嫌われる理由を持ちすぎてる。たとえばこういう、マイナス思考なところとか、彼女には理解不能だろうし。
背を向けたまま、キーボードを叩き始める。
分からないのが一番辛くて。
嫌いなら嫌いって言ってくれれば、すっきりさっぱり割り切れるのに。
このキーボードを叩く音がモールス信号だったりしたらいいのに。
もしくは読心術がほしい。
とか言って非現実な妄想してる間にもやっぱり気は紛れないし、むしろ不安が募るだけ。
確定しないまま、謝り方を考えている。杞憂に終わればいいなと、考えつつも。
*涙腺も緩む
だからそういう系の話は苦手なんだって、いつも避けてるのにどうして今日に限って。
リモコンの電源ボタンを押しかけた親指は動きを止めたまま、動かない。
一度意識に入った情報は結論まで知らないと気になってしまうから。自分に関係ないことを気にするのは嫌い。
だけど、嫌なんだって。
健気に頑張ってる姿とかみると、だめなんだって。
キャラじゃない、こんなん。
それに、この感情は何だっていうんだ。
同情?悲しみ?そんなの失礼だ。
疲れてるから。きっとそうだ。
感動なんかするはずない。共感なんてあるはずない。
なんか目が熱いのも、鼻がくすぐったいのも、多分疲れてるからなんだ。
泣きたいわけない。
感情移入なんか絶対しない。
*冷えた道路に
朝日が昇る、ちょっと手前。逸った鳥が囀るころ。暑さに慣れた身体には少し肌寒いくらいの乾いた空間。
夏は嫌いだけど、この時間の空気は好きだ。
誰もいないし、見られない。安心感はいつも薄暗い場所にある。
不健康だからひきこもりはやめろと君は言うけれど、有害なものを受けながら無理にテンションをあげている君の生活の方がよほど不健康だと、いつも思っていた。
照り返さないアスファルト。昼間でもひと気のない径を抜けると、君がいつもの場所で煙草を吸っている。
足音に気づいた君は顔を上げて、ひらひらと右手を振った。
「おはよう。いつも思うけど、その日課は君的には不健康じゃないの」
「おはよ。酒も煙草も嗜む程度なら問題ないよ。多分ね」
「髪、どうしたの?」
「あ、やっぱ分かる?暗くてもわかるんだね。やばいかな」
恥ずかしいのか、前髪をくしゃりと掴んで笑った。
「昼間に見たらきっとびっくりするよ。傷んでるとこがギラッギラに光るの」
僕がピアスを開けたとき、君はすごく、怒ってた。僕は全然痛くないのに、君は勝手に僕の痛みを想像して泣いた。
ちょうど、今と逆。
だけど僕は君を怒れない。
君なりの必死の防御がそれならば、否定できない。
僕がドアの内側で安息を守るように、君は溶けこむことで安息を得るんだ。
自販機の横、君の隣。
黒い景色と煙草の灯り。
君はいつも痛々しいくらいに眩しかった。今もそれは変わらないけれど。
深呼吸代わりに吸い込むその煙は、君を癒したりはしないのに。
君は安らいだように笑って東を見ている。僕は君の横顔を見ている。
君のそんな笑顔、いやなのに。
僕は無力で、なにもできない。
ただ君のそばにいる。なんの足しにもならなくても。
君の手から零れて、冷たい道路にするりと落ちた。
あとで拾わなくちゃ。頭の端でそう思った。
頭文字を繋げると
「雨が降る日」
お疲れ様でした。
※「好きなように言葉を」で検索をかけて頂くとこのシリーズの過去のものが出てくると思います。
------------------
エムブロ!バトン倉庫
mblg.tv
------------------