「好きです」
いつも気だるげにムカつくことしか言わない低音が、いつになく真剣な響きをもって鼓膜を震わせた。
「は?!」
紡がれた言葉の意味がわからずに瞬きを繰り返す俺に坂田は真剣な表情のまま再度口を開いた。
「かすたどん。」
「………………はぁ?」
数秒置いてなんとか引っ張り出したそれは確か昔出張で行った薩摩の某和菓子(?)の名前で。そういや古いテレビCMにそんなのがあった…な。
「〜〜ーッ!!」
「引っかかった?土方くん」
顔が熱い。見ないでもわかる、今俺はきっと真っ赤だ。
いつからかなんて忘れてしまったが酔った勢いで始まったこの男との俗に言うところの体だけの関係。
何故かずるずると続いているその屈辱的な行為を、俺が甘んじて受け入れるのにはちょっとした訳があって。でもその訳という奴は絶対にこの男にだけはバレてはいけないものなのだ。
まぁぶっちゃけて言うと今日も一緒に呑まない?という簡単な誘いにその先を期待してわざわざ酒や肴をぶら下げて男の巣である万事屋まで来たわけで。
いきなり告げられた言葉がただの冗談だと理解した瞬間。
「ッ!死にくされクソ天パぁあああああ!!」
してやられた感とうっすら感じた敗北感が心底気に食わなかった俺は、にやにやと憎たらしく笑う銀髪を殴り飛ばそうと拳を叩きつけた。だがしかしムカつくことに自分より身体能力が優れているらしいこの男には通用するはずもなく。
バシッと音をたてて俺の右手は男の左の掌に収まった。
「チッ、オイ、離せ。」
「やですー。つーか今のマジだったな?さすがの銀さんでも結構痛いんだけどー」
「ちょ、な、近い!」
舌打ちし離れようとするも逆に強い力で引き寄せられて。
慌てて下がろうにも背中に回された男の右腕に阻まれて距離をとることが出来ない。
いきなり顔が接近したことでの動揺を悟られないように顔を俯け、どんと胸板を押す。…びくともしないのが更に憎たらしい。
「なぁ、土方くんよぉ。」
甘い香に包まれ、腹に響くような低音を耳に流し込まれ、抵抗する力すら奪われる。早鐘のように鳴る鼓動に思考は押し流されてしまう。
「お前さ、いい加減素直になってくれない?」
「…は?な、に、言ってやがる離せ天パ」
「ったくお前も大概素直じゃないよねー。」
「ひゃっ!?」
つつつ、と背中を指で撫で上げられ、つい漏れてしまった声に、バッと口を覆う。
「だいたいさー、冗談で言っただけなのにここまでマジに反応されるとさ。期待すんなってのが無理じゃんね。」
「な、んの、話だ。」
ドクドクと心臓の音がうるさい。バレてしまうんじゃないかと思うほど密着した体勢で、俺はギリ、と目の前の銀髪を睨み付けた。
「そんな怖い顔すんなって。」
へらりと笑う男に心底腹がたつ。
「銀さん的には素直じゃないのもイケるんだけどね。そろそろ一回はっきりさせときたいっていうかだね。しっかりとした確証が欲しくなってきたというかなんというか…イヤ違うよ?不安になってきたとかそういうんじゃないし、つーかお前わかりやすいし。勘違いじゃあないはずなんだけど如何せんお前のはツンがキツすぎるというかなわけでだね。やっぱ一回無理にでも聞き出しておきたくなったわけだということで正直に答えろよ。」
「……は?答えるって何、」
口から生まれたのではないかとまで言われた男のよく回る舌に、半ば呆然と聞き返す。
にやけ顔はいつのまにかなりを潜め、俺に注がれるのは、どこか苦しそうな色を滲ませた真剣な瞳。
「お前さ、俺のこと…好きだろ。」
「え、……はっ!?な……はァあ?!」
絞り出すように確かめるような、声。
「なぁ。答えて。ひじかた、」
俺は、自惚れてもいいんだよな?
「……っ、」
どうして、お前がそんな声を出すんだ。
いつからか始まったこの関係は体だけのもので、きっかけはただの酔った勢いで。相性も悪くなかったからからズルズル続けてきた、とてもじゃないが人には言えないような爛れた関係、それが俺らのはずなのに。
いつも飄々とした男が切羽詰まった顔をするのがなんだか気分がよくて、体の相性も悪くないものだからずるずると続いていただけのはずなのに。
いつからか惹かれてやまなくなった銀色を独り占めできる時間を手放しがたくなったのは俺だけのはずなのに。
なのに、
それだけの筈なのに、なんでお前がそんな苦しそうな顔をするんだ。
「…誰が、てめーな…んか、」
絞り出した声は尻すぼみになり空気に溶けてしまって、辛そうな顔を見るとなんでか胸がじくりと疼いて。直視できなくなった俺は、逃げるように俯いてしまった。そして当然さらに密着してしまい濃くなった甘い匂いにくらりと目眩がした。
「…なぁ、いい加減、俺に堕ちてよ。土方」
とっくに堕ちてる、なんて。素直に言える訳もない、だけど。いきなりこんな都合のいい展開なんて信じられないけど。こいつの言葉をまだ信じきることはできないけど。気持ちを告げた途端ひっかかっただのなんだのとこの手を振り払われるのではないかと思うと怖くてしかたがないけど。
それでも、
「……ッ、」
「!…コレが、答え?」
精一杯の勇気で着流しの裾を掴んだら、すごく嬉しそうに笑ってくれたから、それでいい。
中々素直になれない俺だけど、いつもあんなに飄々としている男が真面目に向き合ってくれたのだから。
「ありがとう、とおしろう。」
「…ぎん、と、き。」
愛してる、なんて今の俺には恥ずかしすぎて言えないけど、いつか、伝えられたら、なんて。
甘い腕にきつく抱き締められながら、そんなことを願った。
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好きです、かすたどん。
動画漁ってたら久しぶりにCM見かけたんで、つい。地元ネタさーせん!
甘味大好きな坂田さんなら知ってると信じてる!←