「ボクの才能は“超高校級の幸運”であって……幸福、ではないんだ」
休憩の為にホテルへ戻ると、掃除当番で一人残っていた狛枝と昼食を共にすることになり……そんな話を聞きながら、俺はジャバジュースに口をつけた。
コイツの散々な過去話はどれも俄には信じ難い壮絶なもので、一時期は虚言癖を疑った程だ。
でもコイツは一応超高校級の才能の持ち主であり、そんな才能に振り回されるような人生を歩んで来たのであろうと言う所まで、最近やっと咀嚼出来るようになってきた。
西園寺や終里も大分とんでもない過去があったんだよな、と、電子生徒手帳の通信簿欄を思い出した。
「覚えてるかな、ボクがこの島に来た時物騒な事を言ったのを」
「コロシアイがどうとか、だったっけか」
「こんなゴミクズみたいなボクの言葉を覚えていてくれるなんて、日向クンは聖人君子か何かなのかな!?」
変な方向に目を輝かせる狛枝を落ち着かせるために「そこのバター取ってくれ」と指を差すと、屈託のない笑顔で「はい」と差し出す。
バターをパンに塗りながら話の続きを促すと、今朝方花村が作っておいてやったのであろうおにぎりを一口頬張ってから話を再開させた。
「あんな事を言ってしまったけれどね……ここに来てからもう30日は過ぎて、約束の期間も半分過ぎてしまったんだな、って。このまま危険も何もない平和な島でゆっくり……ずっと過ごせたら、それはボクがやっと見つけられた幸福なのかもって、思ってしまうんだ」
はにかみながら「流石は超高校級の料理人のおにぎりだね」なんて言いながら美味しそうに俺と昼飯を食べる狛枝は、本当に至極楽しそうだった。
「学級目標は間に合いそう?」
「ん、まぁ大丈夫そうだな。つっても出来なくて何か罰があるわけでもないし」
「それはそうだけど……ボク、ウサミからアレ貰えるの実は楽しみなんだ」
そう言ってカーキの薄っぺらいコートの左ポケットから取り出したるは、お出かけチケット。
「何だ、お前それ使ってんのか」
「だって希望と称される皆とお出かけ出来るんだよ!使わない手なんてないじゃないか!!」
また鼻息を荒くして語り出す希望厨を適当に宥めると、何かに気付いたような顔で俺を見つめてくる。
「……何だよ」
「日向クンとはお出かけしたことないね」
あぁ、そう言われれば。
意図的に避けていた訳では無い……と言うより、本来の目的である希望のカケラ集めに必死になってお出かけ自体した事がなかった。
コテージには束になったチケット、そして昨日の段階で全て集め終わった希望のカケラ……からの、このタイミングである。
「お前、もうそれ一枚しか残ってないのか?」
「え、うん。だから」
「じゃあ今日の採掘終わったら俺から誘うよ。全然使ってないから余ってんだ」
「……あ、ありがとう……?」
「何で疑問形なんだよ」
もっと喜ぶかと思ったら微妙な反応で、まるで自惚れていたみたいで恥ずかしくなって向かい側に座る相手の頬をつねった抓ると「いひゃいよー」と抗議の声が上がるが割と満更でもなさそうで。
もしかしてコイツMなんじゃないか、と思いながら手を離す。
「じゃ、そーゆー事な。引き続き掃除頼むぞ」
「日向クンも、怪我してドタキャンなんてしないでね」
「……なんかお前が言うと洒落にならないんだよな」
*****
怪我は、しなかった……が。
「これは……お出かけどころじゃないね」
「だな……」
二人並んで窓から外を見ると、まさに豪雨。
採掘を切り上げて解散した直後に天候が急変したのだ。
「……ボクのせいかな……」
「何がだよ」
「ボクが、やっと日向クンと遊べるから……幸せだな、なんて思ってたらコレだよ」
コイツの幸運サイクルに当てはめれば確かに頷ける……ような気がしなくもないような。
でも。
「お前のその法則に則って考えてみると、これが不幸だとしたら次にまた幸運が待ってるんだろ?だったらいつもみたいに言ってればいいじゃないか、この不幸を踏み台に云々を、さ」
「……そうだね」
上手く励ませたと思って横目で表情を伺うも、その笑顔は昼の物と比べたら澱み切っていた。
まるで「ボクの呼び寄せる不幸はこんなものじゃ済まないんだ」とでも言いたそうに、不安げに外を見つめているだけだった。
そんな顔されると……ますます放っておけなくなるだろ。
「なぁ、狛枝」
「何だい?」
「例えば、これくらいの不幸ならこのくらいの幸運で帳消しになるとか考えるのか?」
「いや……あまり考えた事ないかも知れないね。いつだって予想だにしない事が勝手に起こってしまうから。あぁ、そういえば昔ある人に……」
そこまで言って口を閉ざし、首を傾げた。
……何だ?
「あれあれあれあれ?おかしいな……?連日の疲れが流石に出てきたのかな?」
「おい、狛枝」
「だってこんなのおかしいもん。だって、だってさ、……何がおかしいんだろう?」
「しっかりしろって……」
ふらふらとした足取りで窓際から離れていく狛枝が危なっかしくて、支えるように左手を掴むと、
「かむくら……くん……」
絞るように出されたその人名に、何故か手を離して突き飛ばしたくなる気持ちを堪えて逆に更に強く左手を掴んだ。
「狛枝っ!!」
自分でも驚くくらいの大声が出て、ロビーにいた左右田や七海たちが駆け上がってきた。
顔面蒼白な狛枝が倒れそうだった、と簡潔に理由を述べて、左右田と二人掛かりで狛枝を自室に連れていく。
左右田にはホテルに戻ってもらって、でもこんな状態の狛枝を一人にはしておけなくて、ベッドに横たえた狛枝の脇に座って落ち着くのを待った。