第1子である息子を身ごもって6ヶ月目。悪阻も収まってお腹も大きくなってきて産まれるんだなという実感が湧いていたとき、不思議なことが起きたことを今でもよく覚えている。
あの日の夜、いつも通り夫と2人で寝ていた。暑くもなく寒くもないいたって普通の日だったように思う。なにもかもいつも通りだったはずである。
床について3時間ぐらい経った頃、何やら身体が重く息苦しいような気がして目線をさ迷わせた。身体が動かない。
どうしたのだろう。お腹の子に何かあったのだろうか。
隣に寝ている夫を起こそうとしてもなにも動かないし八方塞がりである。声すら出ない。
どうしよう。お腹の子が危ない。どうにかして動かさなければ。動け動け。
そう念じながら動かしているとき、カチャという音と衣摺れの音が枕元から聞こえてきた。
それと同時に身体も自由になった。
ゆっくりお腹に障りがないように身体を起こす。
誰かいたのだろうか。心霊現象、金縛りとも言うやつだろうか枕元を見てみると眼帯を付け青い甲冑を付けた金色の瞳をした鷲色の髪の綺麗な男の人が座っていた。
驚きで声が出ない。ただ不思議と恐怖は感じなかった。
「sorry.怖がらせてしまったか」
甲冑付けていかにも昔の戦国武将みたいな人が英語を使っている。そのアンバランスさに妙に笑ってしまった。
その男の人は怒るそぶりもなくただ呆気にとられたようにため息をついただけだった。
「すぐ終わるから話聞いてくれねえか」
「話?」
ため息をひとつついてまた話し出した。どうやら話をきいてほしいらしい。
かなり昔の数百年前の人であると思われるのに現代人の私になにか話すことでもあるのだろうか。
「Yes.そんなに難しい話じゃない。昔話だ」
アンタにとってはかなり遠い昔のな、と付け加えて彼は口端を上げた。
私にとっては、か。なんなのだろうか。
なんとなくではあるが正座をしなければいけない気がして正座をするが彼は一瞥して楽にしてくれて構わないし寝ててもいいぜと笑う。
とはいってもなにか重い話のような気がして正座を崩せなかった。
その私を見て彼は語り始めた。
ーーー俺が生きていたのはこの時代から400年以上昔になる。戦国時代ってやつで俺も武将をしていた。そこは今はどうでもいい。
なあ俺の眼帯見た時びっくりしただろ?最初から右目がなかったわけじゃない。疱瘡にかかって右目が膿んだからとったんだ。
俺も人の子だからmotherもいる。疱瘡にかかって右目が膿む前までは愛されていたぜ?あの時代の一般的な家族みたいにな。
だが俺が5歳ぐらいの頃疱瘡にかかって右目が膿んで飛び出てしまってな。それからだよ。
優しかったmotherは俺に近寄るな顔を見せるな
お前は私の子じゃないと言い出し俺を拒絶するようになったのは。弟がいたからそいつばっかり可愛がっていたし跡取りもそいつだと言い張って俺を殺そうともしてた。俺はおかげでどんどん引きこもって塞ぎ込んだ。笑っちゃうだろ?そんなんが母親だったんだぜ?
「その後はどうなったの?」
「その後か?um……」
彼はまた唇を上にあげ、笑った。
「俺の右目に根性と性根叩き直されてそれからは跡目継いでそのままだ」
右目とは何のことだろうか。彼は右目がないなではないだろうか。
私の疑問を察したのか彼が答える。右目は自分の右腕で俺を闇から救い出して俺の右目をえぐった男だと。
右目を抉ったの一言で思わず顔を顰める。
痛そうだ。
ーーーーーー右目を抉られた後吹っ切れて強くなっていった。強くなければこの先生きていけないし強くなってmotherを見返したかった。
だがまたmotherは俺を殺そうとした。毒を盛ってな。motherから仲直りしようと言われノコノコついてったらこのザマだ。
仏の顔も三度までって言うだろ?3度どころ騒ぎじゃなかったが我慢の限界だった。そして何よりやらなきゃやられるだろ?
だから殺した。弟をな。覚悟していたのか疲れたのかあいつは抵抗しなかった。次の世でまた会えるなら普通の兄弟になりたいと言い残してたけどな。motherは泣いて抵抗していた。その子を斬るなら私を斬れと。
「ひどいわね……」
「ひどい?Ha!それはどっちだろうな?」
「その母もあなたも」
「やらなきゃ殺される。そんな時代だぜ?仕方ないだろ?」
「そうなんだけど………」
妙にやるせない気持ちになるというか胸が苦しい、痛い。
なぜそうなってしまったのだろうか。最初からだったのだろうか。
「その後、父親もやむを得ずではあるが手にかけた。仕方ない、犠牲になったとはいえるけどな」
私は何も言えなかった。あまりの惨たらしさにも軽く言いのける彼にも何も言えなかった。
そういえば、彼はなにしに来たのだろうか。彼にとって今はかなり未来であるはずだ。
話を聞いてくれとは言っていたがそれが話なのか。
あと彼は何者なのか。戦国武将ってやつだとは言っていたがなんの縁があるのだろう。
その話と私になんの関係があるのか。
まさか話に出てくる母親は前世の私なのだろうか。
そんなことは有り得るはずがないと頭の中に浮かんだ可能性を打ち消す。前世なんてあるわけが無いのだ。
「で、あなたは何者なの?私に縁がある人?」
そう問いかけると彼はゆるりと口端をあげ微笑み指を持ち上げ私のお腹を指さした。
私のお腹?ここにはあと数ヶ月で産まれる息子がいるがなにか関係があるのだろうか。
「そうさなぁ……アンタの腹ん中にいるそのやや子の前世ってやつだな」
you see?と彼が笑う。
「ぜん、せ?」
「yes.言っただろ?次の世で生まれ直して普通の兄弟になりたいと」
「言ってたけど……」
あまりの驚きに動揺を隠せない。前世が一瞬浮かんだが突拍子のはない話すぎて打ち消したはずである。なのにまさかの前世とは。
ここから先どう言葉をかけていいのか分からない。口をパクパクさせてどう話していいのか尻込みをする私をまた見て笑い彼は切り出した。
今世の己はきっとまた右目を無くすであろう、それが胎の中か幼少期であるかは分からないと。
「アンタはどうだ?昔のように右目を無くした俺をまた蔑むか?」
またと彼は言っていた。まさか話に出てきた母親は所謂前世の私のことだったのか。
なんて返そう。そんなわけないと返した方がいいのか分からないと返すべきなのか。最良な答えが見つからない。 グルグルする。
「分からない。私も人間だしその話に出てくる方々もみんな人間なんでしょ?」
「そうだな」
「人間なんだもの。気持ちとか変わるの当然じゃない」
「yes.」
だからなんだいうようなオーラが彼から漂ってくる。この方はどうやら気が長くない方らしい。緊張感から一変。思わず笑ってしまう。
「あなたが何者かは結局よく分からないけどこれだけは約束する」
小指だして、と言い自分の小指を差し出す。それを見て彼は狼狽えていた。
あれ?指切りげんまん知らない?戦国時代もあったわよね?
というか彼に触れるのかしら?透けてないようだから触れる?
「I know.だがあんた正気か」
「正気?そうね。眠い以外はいたって正気よ」
お腹の子に障るじゃない。早く寝たいの。あなただって右目以外の障害は嫌でしょと言うと渋々小指を差し出す。
小指を絡めると少し暖かい体温が伝わった。
幽霊だと思われるのに暖かい。
「私の子として産まれてきたんならちゃんと愛情持って育てる。あなたが私の枕元に座った武将の幽霊だろうとあなたが右目を失って産まれてこようとね。指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます指切った」
「ghost?まあghostだよな」
彼は吐息だけで笑うと小指をほどいた。
「約束な」
「ええ」
改めて見た彼は片目の欠損が気にならないくらい怖いくらい美しかった。
「大分時間くっちまったな。sorry」
「そうね。帰るの?」
「怖い右目が待ってんだよ。内緒で出てきたから怒られちまう。怖いんだよあいつ」
もしかしたら今世でも会えるかもなと笑う。
そうもう帰ってしまうのね。ちょっと楽しかったんだけど。
「バイバイと言うべきなのかまたねと言うべきなのかよくわかんないわね。数ヶ月後にはまた会うのよね。」
大きくなってその姿になるのは大分先だと思うけど。何年後かしらね。
彼はah..と考える素振りを見せて
「またねの方だろうな。じゃあ」
see you.と言い残し、彼は笑って消えた。
しばらくしてこの空間は隣に寝ている夫のイビキだけが聞こえるだけになった。
相変わらずうるさいし寝相もあまりよくない。
それにあんな状況なのに夫はまったく起きなかった。起きてくれてもいいじゃない。
腹が立って八つ当たりで鼻を摘む。
フゴッという声がして思わず笑ってしまった。
起きた夫に信じてもらえないかもしれないし夢だったのかもしれないけど、と前置きして夜中に起きた話をする。
夫の顔は少し引き攣ったりなにかを考えるような顔をしてたけどなんだったんだろう。
夫は君の言うことなら信じるよと微笑みながら言ってたけど。
そして産まれてきた子も右目が最初からなかったけどそれでも自分の子供。
普通の子と同じように悪いことをしたら叱っていいことをしたら褒め育てていった。彼が満足してればいいな。
ただひとつ気になるというかやっぱりと思えるのが息子の顔があの夜みた顔にだんだん似ていき今ではまんまあの彼なのだ。