夢を見た。白昼夢というか。
なんでオレは崖から落ちて夢なんか見てるのかなあ。あんな子どもの頃の話、思い出したくもない。そりゃあ、昔は世界を救うとか大好きなヒトの未来を守るとか、そういう話大好きでしたよ。本当にやることになるとは思わないんで。
今も確かに子どもだけど、純粋な子どもだった時期なんてだいぶ前に過ぎてさ、1回少し大人になって帰ってきてからは、やれることもやりたいこともどんどん色褪せていってさ。感謝なんていらないんだよもう、ただ何かをしていないとオレが耐えられない気がして。
ただ、一緒に歩いてくれた友を、同じ時を共有した仲間を探しに来ただけなのに、今度は月が落ちるなんて馬鹿みたいな話をされてさ。もやもやを抱えながら結局オレも巻き込まれて、知った顔に何度も何度も忘れられながら俺は今まで頑張っているわけだ。はは、笑える。
ハイラルでだって俺のしたこと、全部消えてるんだぜ?ここ、何回消えてるんだよ。いや、というか、オレが消してるのか。巻き戻してるのオレだもんな。何だよこの悪夢。あの時どうしようもなかった選択を、今度はオレが自分で進んでやらないといけない。これが勇者か。ほんとに大変だなあ。
目の前で光がちらちらと動く。ああ、チャットか。息を洩らすのでやっとなのに、そんなに反応求めないでくれる?
右手が少し温かい。妖精玉でも持ってきてくれたのだろうか。そりゃ、崖から落ちたからだけど、今はもう夢見が悪くてメンタルの方がやばい。こればっかりは大妖精でもどうしようもないだろうな。
「生きてるかー?リンクー?死んでるー?じゃあ時のオカリナもらっていいー?」
「いや、あげないから」
「起きてるじゃん。おはよう」
いやまあ妖精玉で回復したからだけど。驚いて見ると先程夢で会った人物がいた。子どもの頃どっちが勇者になるとかどっちが有名になるとか、どっちがかっこいいとか言い合った人物。
見知った顔が街のあちこちにいるんだから、そりゃあもういてもおかしくない訳だけどさ。何でこのタイミングで出てくるかなあ。
「何々、勇者返上?」
「してもいいなら全部あげたい」
「えっ、いらなーい」
何だよ、オレのこと知ってるみたいに。あの時と変わらず勇者に憧れたようなきらきらした目をしてさ。この世界のこいつもだいぶ馬鹿なんだな。英雄物語に憧れて近所に旅にでちゃうやつ。
「オレ、もう勇者じゃないから」
「そう?俺は今絶賛勇者中」
絶賛勇者中とは。それっぽい武器を背負ってかっこよくマントなんて装備して、困っているヒト、つまりオレに手なんて差し伸べてさ。死にかけてピンチの時に現れるなんて昔のオレたちの話みたいだ。死にかけよりもっと早目に来てほしかったけど。勇者も都合があるのは俺が1番分かってる。
「さあちびっ子くん!たちたまえ!」
「やだ」
「駄目だよ!君は立ち上がらなきゃ」
「もう疲れたよ。勝手にやって」
勇者なんて作り物、勝手にやってくれ。痛む体を無理矢理動かして寝返りをうつと、不貞腐れてるなんて揶揄された。うるさいな、それくらい許してくれよ。
「じゃあもう置いてっちゃうよ」
「どうせついてこれないくせに」
「そりゃあそうだよ。だから俺は君と違う道を選ぶよ」
なんだよ、やっぱりオレをひとりにするじゃないか。そう思って睨むと、満面の笑みで相手はふんぞり返った。
「君と同じ道でなくても、世界なんて救える。どっちが勇者になれるか、競争しようよ!」
「オレが勝つに決まってる」
「さて、どうかなあ」
がさごそと鞄のなかを漁ると、その手には何枚ものお面が握られていた。じゃじゃーんと見せつける相手を呆然と見つめ返していると。
「ほらね、リンクよりいっぱい持ってる。俺の方がいっぱい助けてる。俺の方がやっぱり、世界一かっこいい勇者に向いてるでしょ?」
よくよく見ると相手は傷だらけで。消えない傷跡もいっぱいあって。なれもしないものになろうとして足掻いている証拠が全身にあった。
なんでだよ。そんなことしなくても、オレが救うのに。どうして待っててくれないんだよ。
「先に行ってる。リンクはそこで待っててよ」
立ち去ろうとする相手の手を掴む。何でオレが追う側なんだ。
ついてくるつもりもなくて、黙って並ぶこともない。勝手に走って勝ち誇る、こんな身勝手な勇者がいるものか。ああいや、いたんだ。ずっと前から、オレにも救ってくれるヒトが。
「馬鹿言え。お前なんかに先を超されるもんか」
オレは手を離した。追い越すように歩き出す。夢なら覚めないでほしい。そう思って振り返らない。
「ねえリンク。どっちが勇者になれるか、競争だよ」
「どうせオレが勝つよ」
「俺が勝ったらどうする?」
「そしたら、そうだな」
振り返らずに笑う。
「勇者の資格、くれてやるよ」
ちらちらと白い光が見える。その光はやがてオレの視界を埋め尽くした。白だけの世界で声が聞こえる。
「約束だよ」
また、なんて言えないのに。いつか、なんて考えちゃいけないのに。この約束が夢か現かも判らないのに。
この約束がオレの中では本物で、君と生きる掛けはしになるんだって、恥ずかしいくらい強く思った。