君と僕はとてもではないが相容れない生き物だと思い込んでいた。言葉遣いに物腰、互いを囲む人々の纏う色彩。何処をとっても別人だ。けれども何故だろう、交わる程に奇妙なシンパシーを感じてしまうのだ。まるで、よく熟れた檸檬。果肉はどんな鮮やかな色をしているのだろうか。いったいどんな味がするのだろうか。いけない想像をひた隠しにしながら僕は毎朝、彼女の「おはよう」へと、彼女の声色より少し低い「おはよう」を返す。
いたずらに僕は親指を檸檬に突き立てた。ぐるうり、中身をえぐってみたけれど彼女は悲鳴をあげるでもなく。唯、母性的な微笑を浮かべて僕の動向を上目に窺ってくる。
「わたしは、貴方に食べられてみたい。けどね」
彼女は肉を晒したまま、憂う。
「林檎のほうがきっと、いえ、絶対に美味しいわ。だから貴方は林檎を召し上がれ」
嗚呼。その瞳がいけないのだ。その瞳が、数年前の僕を呼び覚ますのだ。僕の体内を駆けずり回る庇護欲がやがて、鋭い針となり彼女を苛めてしまうのではなかろうか。慎ましやかな果実を潰してしまうことを、恐れている。然れども僕は、僕のなかの衝動までをも隠し通すことはできなかった。
脳味噌の内側が痒い。地主小僧いとあはれなり。
エレクトロニカの井戸で溺死。押し寄せてくる波と君。
ぽろんと弾くわけもなかったんだ。耳が千切れてしまう。