さて。
昔、まだファミコンがスーファミへと進化を遂げてしばらく経った頃のお話です。
オウガバトルシリーズに魅せられていた私は、どうにかして1日中ゆっくりゲームを楽しめないものかと画策しておりました。
1時間で交代っていう鋼の掟の裏をかくステキなアイディアを、日々模索し続けていたある日の事。
仇敵(兄や弟)の誰よりも早く家に帰ってイニシアチブを取らんと、やや競歩気味に学校から帰っていました。
無い脳を必死で使い、より長くゲームに専念出来る時間を得ようと必死に考え歩く。
そして…
ついに気付いてしまった。
こうやって学校から少しでも早く帰るぐらいなら、最初から家にいればいいのだ。
学校さえ休んでしまえば、家族のいない家で、ファンタジックな世界にどっぷり入り込めるではないか。
だが問題はその理由である。
うちの親は、宿題のプリント1枚を忘れて帰っただけで締め出すキチガイだったため、本当にちゃんとした理由が無い限り、休むのなんて不可能だった。
慎重に、慎重に。
決行の日に向けて周到に準備をしておかなければ…
日曜日、午後から幼馴染みとプールに出掛け、唇が紫色に染まるのを待った後、幼馴染みの家へ。
そこで少し乾き始めた髪を再度濡らして帰宅した。
わざとらしく顎を震わせつつ、晩ご飯を少し残して眠りに就く。
そして迎えた月曜日…決戦の日である。
いつもより少しだけ早起きした私は、フラフラと朝食の席へ。
嫌々食ってる感じを見せつけ、途中で箸を置いてトイレへ向かった。
ここからは演技力がものを言う。
トイレのドアを乱雑に閉めると、鍵を掛け直ぐさま口に指を突っ込んだ。
指で喉のおにんにんをチロチロ刺激すると、当然の如くやって来る嘔吐感。
アピールするかのように声を出し、よたよたとテーブルに戻った私は、涙まじりに『寒い…』と訴えた。
母は少し心配そうに私の額に手をやり『熱はないみたい…んー、ちょっと計ってみて?』と、体温計を探した。
家には、水銀と電気の2種類があったのですが、母が疑って来る事を予想し、予め電気式のは箱の下の方に隠しておいた。
この時程自分を策士だと思った事はない。
曖昧に返事をして体温計を脇に挟み、母の隙をついて、脇を力一杯締めつつ勢いよく体温計を引き抜いた。所詮阿呆だと甘くみている母は、私がやってのけた事を見てなどいなかった。
38度丁度…任務完了。
母に体温計を返して様子を伺う。
『んー…仕方ないから今日は休んで寝てなさい』
馬鹿めが!
脳内ではエレクトリカルパレード真っ最中だったが、顔には出さずにションボリを装う。
『わかった…』
さっき畳んだ布団を再び用意し、自由までのカウントダウンをしている頃、兄弟達が起き出してきたが、私の事を気にする時間もなく、慌てて登校していった。
あとは母が出勤してしまえば我が家はエデンと化す…ニヤニヤを押さえきれなかった。
…テレビの音で気が付く。
どうやら本当に少し眠ってしまったらしく、既に母はいなくなっていた。
テーブルにはお昼ご飯と薬、それから置き手紙があったが、そんなモノには手も触れずに、ゲームを収納してある引き出しを開けた。
…無い。
ここにあった筈のスーファミは、忽然と姿を消していた。
まさかの神隠しにもめげず、必死になって家中を引っ掻き回すも見付からず、気が付けばもうお昼になっている。
時計を見て急にお腹が空いた私は、一旦諦めてご飯を食べる事にした。
おかずをレンジに入れ、薬をゴミ箱にポイしてから、置き手紙を見やる。
[ゲームばっかりしない事]
ババァ…やりやがった…
泣きながらご飯を平らげ、再度捜索を開始する。
猶予はあまり残されていない。
予想出来る場所は全て探したが、無い。
考えろ私…やつが隠すならいったいどこに置く…?
お茶をコップに注ぎ、冷蔵庫に戻した時、脳内に火花が散った。
こ こ だ ! !
離れて冷蔵庫の上を覗くと、少しだけスーファミが見えている。
嬉しかった。
本当に、嬉しかった。
椅子を持って来て登り、スーファミを見事取り戻した私は、更にもう1つ何かに気付いてしまったんだ。
それは少し厚みのある本で、表紙には大きく難しい漢字が3文字並んでいた。
『薔薇族』
本当に燃えるように赤い薔薇を咥え、ブーメランパンツを着用した男性2人が、寄り添い見つめ合っている。
なにこれ…?
パラパラとページをめくると、筋骨隆々な漢達が、抱き合っていた。
あぁ、見ちゃいけないんだな。子供ながらに悟り、記憶を抹消するかの如くゲームにのめり込んだのでした。
それがなんなのかを知ったのは中学を卒業する頃だったけれど、見てはいけないモノを見てしまったという思いはそれ以前もあったように記憶している。
見てはいけないモノ。
それはきっとどんな家庭にも1つはあって、偶然にでも出会ってしまったのならばもう、口を閉ざしてしまうのがいいのだと思います。
例えばそれが、父親がAVを見てる瞬間であれ、長男の官能小説を発見してしまった時であれ…ね。