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30代/二次元/メンタル/お洒落
ドラマ『聖者の行進』
11:36 2014/11/3
話題:懐かしのドラマ

このドラマの記事を書いたように思っていたけれど、無かったので改めて。98年の野島伸司作品。とある地方の工場で働く知的障害者たちが、そこで人間扱いされない様子を徹底的に描いた作品。実際の出来事「水戸事件」を題材にしているだけあって、目を覆いたくなるほどムゴい虐待のシーンが何度も続く。だけど、このドラマは野島作品の中でも特別思い入れのある作品かな。

わたしは高校生の頃いじめが原因で不登校になって、知的障害のある子や発達障害のある子たちと一緒に机を並べて勉強してたの。数学以外の勉強は得意だったから、各科目のせんせい達が大学受験用の教材を与えてはくれたけれど、基本は「知恵遅れ」として扱われてたのね。集団行動になじめないところ、考え方が不思議ちゃんなところ、一般常識がないところ、子どもでもできる作業をできないところ、そしてやっぱり足し算引き算が苦手なところも。

その学級には「おひさまクラス」とか「ひまわりクラス」とかそんな暖かい名前があったと思うんだけど、そこに所属する生徒への目はとても冷たかった。みんなで校内を歩けば一般生徒たちが「キモッ!」「え、ヤバくない?」「(トイレを)一緒に使うの無理なんだけど!」と声をひそめる。独特な仕草や歩き方をわざと真似してくる人も居る。『聖者の行進』の中でも同じようなシーンは多々あった。普通の人と、そうじゃない人との差を描くシーンが。

広末涼子演じる土屋ありすは、自分のPHSを拾ってくれた青年永遠(いしだ壱成)に恋をする。永遠はありすの顔を把握していて且つ好意を寄せているけれど、ありすの方は電話でしか話した事がないから顔も性格も知的障害がある事も知らない。そのため通話を重ねるたびに期待はどんどん膨らんでいく。

そしてPHSを返してもらいがてら初めて遊園地でデートをする事になった日、永遠はありすの好きな曲を演奏するためにアコーディオンをぶら下げて早々に待っていて。だけどありすはまさか彼が愛しの相手だなんて思いもしないから「まだ来てないのかなあ?」と公衆電話から自分の番号にかけるわけです。するとなぜかガラス一枚向こうに居る永遠の懐から着信音が鳴る。その時の広末涼子の表情がたまらなくいいんだよね。おそるおそる振り向くやいなや、浮き足だっていた顔から一気に色が消えて「何であんたなのよ」と失望し、返して!あたしのPHS返してよ!と悪態をついて逃げ帰ってしまうの。

もしあのシーンが例え知的障害者だと分かってもまったく驚かずに受け入れる展開だったら、ここまで印象的なドラマにはならなかったと思う。皆どこかで普通とそうじゃないものの線引きをしているところがあると思うから。わたし自身も「おひさまクラス」に居るとき、自分は他の子たちとは違う、自分は普通の子に混じれる、と下に見るような感情がしばしば顔を出しました。痛々しいほど純粋な彼らの優しさに癒される一方で、時に苛立たされることもあったの。だからこそわたしはそのカテゴリーに入りたくなかった。普通の人になりたかった。一般生徒から馬鹿にされる立場の自分が、さらに下の者を見つけて馬鹿にしようとする。なんて悲しい行為なんだろう。

そういう黒い感情を呼び覚まさせるのが『聖者の行進』。見るたびに驕り高ぶった自分と向き合って、反省することができます。名作。

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