メンタル弱い青峰が不安になる青火ちゃん話。
火神と水族館に来た。
普段ならこんなロマンチックな場所に来るのは絶対にごめんだが、あいつがいきなりペンギンを見たいとか言いだしたから、仕方なく付き合ってやることにした。どうやら海外から珍しい種類が日本へと送られてきたらしい。何だよお前可愛いじゃんと思い、上機嫌でニュースで放送でもしてたのかと聞くと、黄瀬から写メが送られてきたんだと、絵文字と顔文字まみれのまるで女子のようなメールを見せられた。おい、お前らいつからメールする仲にまで発展したんだよ。黄瀬との仲を見せつけられたようで少しイラついたが、そこはぐっと耐えやり過ごした。ともかく俺は火神と二人で水族館に行くことになった。仕方なくな。
「おい青峰、こっち来てみろよ!」
はしゃいだ様子で火神が声をかける。お目当てのペンギンを見た後もこいつの興奮は醒めやらない。
「はー…待てよ今そっち行くから」
早く来いよと目で合図する火神の元へ歩いていく。こいつ、俺を置いて一人でさっさと行きやがって。別に寂しいわけじゃねえ。俺よりふよふよ泳いでいる魚共の方が大事な火神が気に入らねーだけだ。
火神がはしゃぎながら見ていたのは鮫だった。
「へぇ…こりゃかっけーな」
大きな水槽に一匹だけ静かに泳いでいる鮫を見て、俺は素直に感動した。昔ジョーズで見た鮫よりは小さいが、他の魚を圧倒する迫力は十分だ。真横で同じように感激している火神をよそに、俺はガラスの隅を見た。白いパネルに鮫の生体が書かれている。
「何て書いてあったんだ?」
いつの間にか自身から離れていた俺を見つけた火神は、明らかに興味津々な様子で寄ってきた。パネルの内容を伝えると、やっぱり鮫はかっこいいな!とニカッと笑って返された。満面の笑みを浮かべる火神は、太陽のようだった。動揺した俺は思わずたじろぐ。こいつ、俺がその顔に弱いの知っててやってんじゃねーだろうな。そんな俺の不安を余所に、火神は急に神妙な顔つきで俺を見つめ始めた。
「…何だよ」
「いや…お前って鮫に似てるよな。凶暴だし乱暴だし」
「なんだそれ。つまり俺もかっこいいってことか?」
「ちっげーよバカ!いま凶暴なとこが似てるって言っただろ!」
火神をからかうのは面白い。すぐムキになるし、赤くなる姿は(男に使うのも何だが)可愛いと思う。いつもと同じように怒る火神の表情を楽しみながら、あしらうように俺は返した。
「お前だって鮫みたいに荒々しいバスケスタイルじゃねえか。似たようなもんだろ」
「バスケは関係ないだろ!」
火神はへいへいという適当な返答に対し、ふてくされたように何か言っていたが、俺の耳には全く入らない。いよいよ付き合うのに飽きた奴は一人水槽から離れて鮫を見つめた。俺もまた、そんな火神をじっと見つめる。
…本質は変わらないだろ。
勝利への渇望…多少テツにほだされちまったが、お前と俺は元々同じ人種だ。勝つことを求め、貪欲にバスケをプレイする。勝つのが全てじゃねーけど、試合をするならやっぱり勝ちてえ。俺とお前は似た者同士だからこそ、こうやって惹かれるんじゃねえかな。そこには恋愛感情を超えた何かがあると俺は思っている。火神のことは好きだけど、それは単なる恋や愛ではなく、同種の匂いによる安心感から来るような気がする。言うなれば兄弟のような。
しばらくすると、ずっと黙り込んでいた火神がぽつりと一言漏らした。
「本当はこいつもこんな狭い水槽を飛び出して、海へ出たいんだろうなあ…」
この中は綺麗だけどよ、と付け加えた火神の目線は、いつの間にか鮫から外され水中に引き込まれていた。燃えるような赤い瞳に青が混じり合って不思議な色味を帯びる。水槽の波紋が火神の目の中でも静かに揺れた。
「青峰、お前みたいだなこの水の色」
無邪気に笑いながら、火神は再び俺に目線を向かわせた。素直に褒めたその言葉にもちろん裏なんてない。でも、
鮫を閉じ込めてるのは、その青は。
「おい…どうしたんだよ、青峰。気分悪いのか?」
「いや、別に、なんもねーよ」
「本当か?」
かけた言葉に反応もせずただ呆然と立ち尽くしている俺を見て、火神は心配そうに声をかけてきた。何事もなかったかのように振る舞う俺を見て、不安そうに顔を覗き込み、そっと俺の頬に右手を伸ばす。火神の暖かい手のひらが優しく触れた。俺は無意識に左手でその手に触れ、感触を確かめるようにぎゅっと掴んだ。触れた部分からじんわりと火神の体温が自分の中に流れてくる。温かい。
なあ火神、お前を狭い水槽に閉じ込めている俺をどう思う。お前を決して手放そうとしないこの俺を。
お前は俺と同じだろ。誰かに飼われるタマじゃねえ。
いてもたってもいられなくなり、キスをした。相変わらずこいつの唇は熱くて柔らかくて、触れた箇所から溶けてしまいそうなほど甘く、その心地よさは俺を安心させる。少しの間だけ唇の自由を奪い、すぐに離した。火神の目をじっと見つめると、そこには俺の姿揺らめいていた。自分がどんな表情をしているか見てみようとしたものの、分からなかった。火神は珍しく触れるだけのキスに戸惑っていたが、俺が何も言わないことに何かを察したのか自分からもキスをしてきた。また触れるだけ。
「…無理すんなよ、青峰」
少し困ったような顔をして笑う。そんなツラすんなよ、と言おうとしたが、そうさせてるのはまさしく俺で。脳裏によぎった独占欲をさらけ出すわけにはいかない。出かけた言葉を心の奥深くにしまい込み、行こうぜと俺が薄く笑うと火神は笑顔を取り戻し、何も聞かずに、ああと返した。
お前もいつか俺の元から去っていくのだろうか。
せめて、今だけは俺の元に居てほしい。俺のものでいてほしいんだ。