目覚めてすぐ、見慣れない真っ白な天井が目に入った瞬間、光秀は何とも言えない不安感に襲われた。
自分がどこにいるのか、どうしてこんな所にいるのか、分からなかった。
けれどすぐに思い出した。
不思議な成り行きで、親切な大学教授の家に間借りすることになったのだと。
「おはようございます…」
そっとベッドを降り、小さく声をかけながらリビングに入っていっても、まだ部屋はカーテンも開けられず薄暗いままだ。元就はまだ自室で、おそらく眠っているらしい。
それっきり光秀は黙って、そっとその深い藍色のカーテンを開け、手早く朝の掃除を始めた。
勝手に人の家をいじるのはよくないとも思ったが、室内の惨状を見ると、どうしてもじっとしていられなかったのだ。
新築を買ったという2LDKのマンションは、家具や建物自体は綺麗でぴかぴかしていたが、使われ方がひどかった。
室内は教授室と大差なく、どこもかしこも本や紙が散らばっている。合間には脱ぎ捨てられくしゃくしゃになったスーツやネクタイ。足の踏み場もない、という形容がぴったりと当てはまる様相だ。
元就は家で食事はしないらしく、食べ物のごみがないので散らかったなりにも清潔感はあったが、家具の隙間や壁際には隠しようもなく埃がたまっている。
完璧な人のように思っていたけれど家事能力はないんだな、等と微笑ましく感じながら、光秀は本を積み並べ、衣類はまとめてクリーニングに出せるように簡単に畳んでいった。
「おはよう、ごめん、そんな事しなくて良かったのに」
あちこち探してようやく見つけ出した、使われた気配のない掃除機を光秀がかけ始めて数分後に、音で目覚めたらしい元就が眠そうな声で起きてきた。
「勝手にすみません。どうしても、気になったので」
「そう、私はどうも整理整頓が苦手でね。…うわあ、このカーペット、久しぶりに見たなあ」
寝起きの部屋着姿で、散らかった物を片付けた下から現れたオレンジ色のカーペットに感動している元就を見ながら、光秀はこらえきれずぷっと吹き出してしまった。
癖毛の人に寝癖がつくととんでもなくおかしなことになる、というのを初めて目で見て知った。
「あっ」
笑われて気づいた元就は、ぐしゃぐしゃに乱れた自分の頭に手をやって顔を赤くしている。
「ひどいな、これじゃ威厳も何もないね。シャワー浴びてくるよ」
そそくさとバスルームに向かおうとする背に、光秀はまだくすくす笑いながら声をかけた。
「先生、コーヒーはありますか? キッチンを見たのですが、食品が何もなくて」
「流しの上の棚にあるよ! 紅茶はその脇。何でも勝手に使っていいから、支度ができたら一緒に出て、どこかで朝ご飯を食べよう」
澱みなくはっきりと述べて、元就はバスルームのドアを閉めた。