ガンパレード・マーチ
【青の厚子×舞】
以前書いたものの再編集w
「君に世界をあげよう」
そう言った彼は優しい笑みを私に向けた。
今までの寂しさが身に押し寄せ、嬉しくて涙が出た。ただ、泣きたかった。
舞は当然といった流れで、厚志と同じ部屋で共に生活をすることになった。
初めは戸惑いがあったが、今ではなれてきていた。
しかし、価値観の違いからぶつかることもある。大抵は厚志が「舞が言うなら」と折れて丸くおさまっている。
関係は上手くいっているはずなのだが、舞にとってそれは不安の原因でしかなかった。
「厚志は私に甘すぎる」
「俺は舞のためなら何でもする」
厚志はそんな舞の気持ちを知ってか知らずか、笑顔で答えた。厚志の返事にますます不満が募る。
次の瞬間には抱き締められ、「好きだよ」の言葉に言いくるめられてしまう。
逃れようと胸を押し退けても、馬鹿者と罵っても厚志は笑うばかりで抵抗しても無駄。とにかく、不安だった。
舞には厚志の言う「舞のため」=無力と聞こえるのだ。
それに、厚志の言う「舞のため」や舞を慕う言葉には他人事のように感じられる。
確かに、舞へ向ける気持ちは全て嘘偽りのない純な気持ちなのだろう。
しかし、彼の知る舞は過去の「舞」ではない。
舞も同様、目の前にいる厚志は舞が知っている「あっちゃん」ではないのだ。
それが舞にとって一番不安に思うことだった。
「朝食が出来たよ」
厚志が朝食をのせたトレイを持ってきた。甘い紅茶のにおいがする。
舞は窓の外から視線を厚志に向けた。
厚志はピンクのエプロンを脱いでいるところだった。
それをなおして舞の向かい側の椅子に座る。
笑顔でサンドイッチを差し出す厚志は「あっちゃん」と何ら変わらない。
ただ、見た目は大人で髪が青に染まっているが。
舞は、黙ってサンドイッチを受け取った。
「舞、眉間にシワよってる」
注意を受け、舞の眉間にシワがふえる。
厚志はサンドイッチは飽きた?と聞いてきた。
舞は首を横にふった。
「いただく」
「どうぞ」
厚志がニコニコと顔を覗き込んでくる。実に食べづらい。
咳払いすると厚志はごめんと自分もサンドイッチを食べ始めた。
厚志はずっと笑みを絶さない。
舞の視線に気づいた厚志と目が合った。ドキリと心臓が跳ねる。
舞はあわてて視線をそらした。
目の前の厚志は舞の知らない「厚志」だ。
「舞」
舞は名を呼ばれあたふたした。
視線を合わすまいとうつ向く。
顔は紅くなっているだろう。
頬が熱く感じる。
不意に頬を手に包まれた。
おどおどと視線を向けると厚志と目があった。
机に身を乗り出した厚志が舞の頬を手に包み込み、見つめあっている状態。
しまったと思った時には遅く、身動きがとれなくなっていた。
動けない訳ではないのだが。
蛇に睨まれた蛙とはこのことか。
厚志の眼差しに舞は動けないでいた。
厚志が動く。
顔が近づき唇に触れたところで我にかえった。
「っ!…んんんんん!なっ、ななな何をする!」
顔から火が出るほど熱い。
舞はわなわな震え、恥ずかしさに顔が紅くなっていた。
腕を突っ張り、抵抗する。
「相変わらず初々しい反応だな。」
更に顔を真っ赤にする舞を自分の方に引き寄せ無理矢理抱きしめる。
「舞、可愛い」
「た、たわけ!」
抱きしめてくる厚志に舞はじたばたと暴れた。
厚志は舞の耳元に口をよせ、囁く。
「好きだよ」
舞の身体が跳ねた。
急に大人しくなった舞に厚志は笑い声をあげる。
「本当、舞は可愛い」
厚志が愛しそうに舞を抱く腕に力をこめた。
舞は、嬉しいとそう思う反面寂しく思った。
今、彼の目に写っているのは自分だろう。
だが、彼の想っているのは過去の「舞」だ。
舞自身も「あっちゃん」にもう一度会うために全てを捨て、父なる人物に身を委ねここまできた。
ずっと過去の「あっちゃん」を想ってきた。
今でも想っている。
けれど・・・
「舞?」
舞の表情に気づいて厚志が腕を解いた。
舞はうつ向いている。
心配そうにする厚志が過去の「あっちゃん」と重ならない訳じゃない。
けれど、舞は目の前の厚志を前より強い気持ちで見ていた。
もう二度と失いたくないと。
厚志がどうしたのと聞いても舞は黙ったまま、下を向いていた。「厚志」と呼んだ声は微かながら震えている。
「そなたはどちらを見ている。私か?私の知らぬ「舞」か?」
舞の言葉に厚志は目を丸くした。
舞に不安があることに気づいていた厚志はその理由が分かってか安心したような表情をした。
「俺は舞の全てが好きだ」
「だから、舞とはどちらをっ」
不安そうに見上げる舞。
舞の言葉を遮り、厚志が舞を抱きしめる。
「舞は君だよ。目の前にいる。それが全てだ…好きだ、舞」
厚志の言葉に固くしていた力を抜いた。
過去の「舞」ではなく、目の前の自分を好きだと言っている。
「私で良いのか?」
「君じゃないと、嫌だ」
「私も…そ、そなたが良い」
舞の言い方に厚志が笑った。
重荷が取れた舞の表情が軽くなった。
舞はじめて微笑んだ。
不安が取れたのだ。
だが、と舞は顔をしかめる。
「私に甘いのは許さん」
「仕方ないよ、好きなんだから」
「だからといってな、」
「舞に世界をあげる、そう言ったからね。舞の望みは俺の望み」
微笑む厚志に舞は呆れた。
もう良いと舞が折れる。
厚志が言い出したらきりがない。
ほんの少しの時間だが、舞は学んでいた。
舞に関することで厚志が折れることはない。
「舞の夢は何?」
厚志の質問に舞は顔を紅くした。
過去の恥ずかしい夢を思い出した。
あの頃の自分は未熟で小さかった。
自分の夢に「あっちゃん」は笑ったが、厚志は何と答えるだろうか。
「…そなたは笑うだろう」
「笑わない。君の夢は俺の夢だから」
厚志が真剣な表情を向ける。
その目を見ると離せなくなった。卑怯だ、と思う。
「花嫁だ」
短く答えると目を反らした。
小さく「厚志の」と付け加えると厚志が笑った。
「わ、笑わないと言ったであろう!」
「いや、あまりにも舞が可愛いくて」
顔を真っ赤にして怒る舞。
そんな舞を厚志は抱きしめて言った。
「言っただろ、舞の夢は俺の夢だと。俺も同じ夢を願ってた………顔を上げて」
舞が厚志を見上げた。
頬に手を添えられ厚志の顔が降りてくる。
「君の夢を叶えよう。俺の花嫁」
舞は目を閉じた。
重なって、舞は知った。
『ずっと一緒にいたかった』
自分が知らぬ気持ち。
会いたいとばかり願っていた舞は、知らぬ「舞」の気持ちを知り、心が震えた。
『叶った』
自分か「舞」か、そう思った瞬間、涙が溢れた。
end