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やぎゅにお


「コンコン」
『一応聞きますが何をしているんですか?』
「キツネさんじゃき」

親指と中指と薬指を摘んで、人差し指と小指を立てる。よく見る手の形を作った仁王が鼻面に見立てた指先で私の肩をつんつん突つく。

「コンコン、構って欲しいナリー」

ぱくっと開いた口の指先がペンを持っていた私の手に噛み付く。
日誌を書いていた私の手を物理的に止めると、仁王は満足げに顔を緩ませながらそのままもぐもぐと私の手を甘噛みさせていた。


(可愛いがすぎる)


『狐はコンコン鳴かないんですよ?』
「!!??!」

兎と食事。


「あ」

『おや』

普段は騒がしい食堂も時間がずれれば人も引く。
任務帰りの夜中ともなれば特にそれは顕著で、もう寝ると言うジェリーに無理を言って軽食を作ってもらい誰もいないだろうがらんとした食堂を見回せばぽつんと自分の手にあるものと同じものを食す人物を認めた。

『貴方も任務帰りですか、ブックマンJr.』

うっすらと眉間に皺を寄せ、投げ掛けられた視線は歓迎されるものではなかった。

「まあ、アクルもさ?」

『ええ、まあ』

それだけ返すとふいっと視線を逸らし、もう話すことはないとばかりにもくもくと食事を続ける。特に話すこともないが、人もいない中わざわざ距離を取って座ることも思うあるまいと一つ席を開けた隣を陣取ると少し水分が飛んだサンドイッチを頬張る。
気にかかるのはずしりと重くなった空気だけだ。

『気が散るんですが』

「何も言ってないさ」

『貴方の存在が』

「気にしなければいいだけだろ?」

気配だけでむっとした雰囲気が伝わる。
警戒心は変わらないものの、出会った当初に比べれば随分感情を出すようになったと思う。きっと、あの本の一件からだ。
諦めたのか、無視しているのか、無心に食事を進めるアクルに倣ってサンドイッチを食べ進めていれば自分より先に食事を終えたアクルが無言で席を立つ。慣れてきたとは言え、こうも空気扱いされるのはなれないなあ、なんて思ったのは一瞬だった。

『髪、下ろさないんですか』

「へ」

『それ、本当にセンスないですよね』

片手でトレーを持ったアクルがオレの方に手を伸ばし、頭につけたままだったヘアバンドをするりと抜き取りくるりと回した後自分の手首に掛けた。

『存外、顔だけは悪くないんですから見れたものにしていてください』

すっと目を細めたアクルはわざとらしくにこりと笑むとそのまま何事もなかったように背を向けて食堂を後にした。
ぱさりと落ちて前髪を直せぬまま、ぽかんと開いた口の周りにはパンの欠片がついたままで。


(一体なにが起きたのか)


じわじわと、侵食されるような。

SSS。


「良いことが続くとと悪いことがあるのではと言いましたが」

「まーたその話ですか?」

「まあまあ、ちょっと聞いてください」

「…手短になら」

「ほんと俺には手厳しいですよね…まあ、いいですけど。良いことが続いた後に起こる悪いことって、実はものすごく悪いことなんじゃないかなあって」

「というと?」

「良いことがどんどん積み重なっていって、どーんと悪いことが起こる」

「うわあ」

「ただ、きっとそれは乗り越えられるときにくるんですよ」

「…?」

「どーんとくる悪いことは、ちゃんと、その時の自分に処理できるサイズでくるってことです」

「えーと、」

「そこに至るまで起きた良いことや、例えば出会えた良い人に支えられて、それを乗り越えるんじゃないのかあと」

「ああ、それは確かに」

「だから、きっと、今も」


(それを乗り越えている最中)


「…あんまり抱え込まないでくださいよ、会長」

「慧斗達がいるから無理するんですよ」

「そりゃ、ごもっとも」

金荒。



「…金城」

「…ん、……どうした…?」


蒸し暑い夜のこと。
微睡みを飛び越えて眠りの中にあった意識を引き上げたのはか細い声だった。
寝る前に自分の腕の上に乗せた形の良い頭は少しだけその位置をずらし、胸の前へと移動している。開いているのか空いていないのか、自分のでもよくわからない瞼を僅かに引き上げれば入ってきたのはさらりとした黒髪で。
再び落ちそうになる意識を戻すように相手の背を優しく叩くとその黒髪を揺らして胸元へ擦り寄る。


「なんでも、ねェ」


返ってきた言葉の中身に説得力はなく、なんとなく不安だけがうっすらと伝わるその背をゆるゆると撫でた。


「…大丈夫」


とんとん、とあやすように、眠りを促すようにそっと耳元へ囁く。


「大丈夫だ」

「…ん、」


何度かそれを繰り返せばいつの間にか握られていた服の皺が徐々に崩れ、胸元に顔は寄せらせたまま気付けば小さな寝息が聞こえていた。



おやすみ



眠れない夜も、お前がいれば「大丈夫」。

SS。



「ね、真ちゃん、付き合って」

「…今度はどこにいくのだよ?」

「(そうなるよねえ)」


通算12回目の俺の告白はまたも呆気なく終わった。
男同士の、というよりも恋愛自体に疎い緑間は言葉の続きを発しない俺に不可思議そうな目を向けた。
好きだよ、といえば友情と捉え。
付き合って、は遊びになり。


「しーんちゃん」

「なんだ」

「好きだよ」

「…何度も聞いたのだよ」


はあ、という溜め息とともにずれた眼鏡が指で押し上げられる。その表情はテーピングを巻いた手に遮られて窺えない。


「あっは、そーだよねえ。んじゃま、帰りますか」


軽く笑ってさようなら。
また次の日には同じことを繰り返すのだけれど。


(だからまだ気付かない、二重に隠れた瞳が戸惑いに揺れていることを)


「早く春が来ないかなー」

「あと三ヶ月、だな」
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