白銀ノ語リ


紅ニ染マル白4
2015年8月30日 22:09

※微グロ表現あり





重たい瞼を開けると目の前に暗闇が広がって一瞬驚いた。―――が、少しして今が夜であることを思い出して安堵する。
目が暗闇に慣れると同時に見覚えのない白い天井が見えた。
あれ?俺、今まで部屋で寝てたよな?此処は何処だ。
首を動かし周囲を見渡してみる。
白い布団、白い壁、白いカーテン。何もかもが白い部屋の真ん中で自分は寝ていた。
ふと、腕に違和感を感じて見やると其処には細い管が繋がっており、その管を目で追って見上げると透明なパックがぶら下がっていた。これは点滴か。―――と、言うことは病院に運ばれたのか。
ベッドを囲むように閉じられていた白いカーテンが控えめに揺れる。

「目が覚めましたか?」

静かにカーテンを開けてなかに入ってきたのは看護士だった。
ベッドの側に立った看護士が点滴のパックを確認して銀時の額や首に触れてくる。

「まだ少し熱があるようですね。気分の方はどうですか?」
「…まだちょっと気持ちわりィ」
「そうですか…一応枕元に洗面器置いておきますね。気分が悪くなったら何時でも良いのでナースコール押してくださいね」
「……ああ…」
「あと、ご家族の方がまだいらっしゃるのですが、お呼びしましょうか?」

家族と言われて直ぐに新八と神楽の顔が浮かんだ。
今が何時であるか分からないが、こんな夜遅くまで病院に残っているなんて。今更、二人に帰れなんて言えるはずもなく、看護士の言葉に仕方がなく頷いた。
看護士が出ていき、それから間もなくして病室に新八と神楽、そして何故かお登勢が入ってきた。

「ババァがなんでいるんだよ」

と思わず口を滑らせたら鉄拳が降ってきた。病人相手に容赦ない。
殴られた頭を手で押さえながら小刻みに震えているとお登勢の隣に立っていた新八と神楽から冷めた眼差しを向けられる。此方も病人相手に冷たい。
何なんだよお前ら病人相手にもっと優しくしろよ、と悪態を吐いてやればお登勢が再び拳を振り落とし、子供たちが大きな溜息を吐く。
お登勢の鉄拳を食らって一瞬目の前が真っ白になった。

「な、にすんだよ…クソババァ…」
「病人なら病人らしく大人しく寝ておきなクソ天パ」

子供たちがどれだけアンタを心配していたか、と険しい表情で話をするお登勢を新八が「もういいですよ」と苦笑混じりに制止する。神楽に至っては最早呆れたような顔をしている。
あれ、これ俺が悪いの?俺が悪い流れなの?いや、まあ、子供たちが心配してくれていたことは知っているし、流石に悪いなとは思ったけれども。

「それだけ元気なら心配なさそうですね。…取り合えず二、三日は入院になるそうですよ」
「……ああ…そう…」
「心配したんだからナ!病院で涼んでちゃんと元気になれヨ!」

神楽がニッと笑う。
そんな彼女の笑みにつられて新八も小さく微笑んだ。
それから少しして三人はもう夜も遅いと言うことで帰って行った。その際、神楽が此処に残ると駄々をこねていたがお登勢と新八に引き摺られていった。
一人になった銀時はベッド脇にある点滴のパックをぼんやりと眺めながら昼間の出来事を思い出していた。
一緒に将軍の首をとらないかと誘ってきた坂井智広と言う青年。彼は銀時が白夜叉であることを知っていた。白夜叉の正体を知っている者は極僅か限られた者しか知らない筈。何故、彼は銀時が白夜叉であることを知っていたのだろうか。何処からか白夜叉に纏わる情報が漏れているのだろうか。―――だとしても白夜叉は過去の亡霊。白夜叉は戦が終わったその時にもう死んだ。今此処にいるのは白夜叉ではない、万事屋を営むただの一般人、坂田銀時である。


―――貴方はただの人間になりたかった哀れな鬼。


紅く染まった刀。
足元に転がったままピクリとも動かない子供たち。
涙に濡れるお妙と冷めた眼差しを向けるお登勢。
血反吐を吐きながら倒れる土方。


―――化物。


繰り返される言葉。
振り上げる刀。紅い、紅い、華が咲き乱れる。

「……っゔぇ!」

吐き気が込み上げてくる。
慌てて枕元の洗面器を引き寄せて其所に胃液を吐き出した。

化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物化物。

頭のなかで徐々に大きくなっていく声たち。
激しくえずいても出てくるものは胃液だけ。気持ちが悪い。吐きたいのに吐くものがない。苦しさで目の前が滲んでいく。

「…がう…ちがう…」

俺は化物じゃない。
俺は人間だ。






ふと気付けば黒い空間に自分は立っていた。
慌てて手を見下ろすとその手には何も握られていなかった。紅く染まってもいない。服も白いままだ。ホッと安堵したのも束の間、背後から何かが倒れる音がした。緩慢に振り返ってみると其処には紅く染まった新八が倒れていた。
新八が倒れている場所よりも更に奥―――闇の向こうからズルズルと引き摺る音が聞こえる。
ズッ、と音が止まった。

「貴方は災厄を運ぶ鬼だ」

闇の中から姿を現したのは坂井智広だった。彼は全身に血を浴び、片方の手には血に濡れた刀を、もう片方の手には力を無くした神楽の頭をつかんでいた。

「貴方が私たちの仲間にならないからこの子たちは死んだ。そう、貴方の愚かな選択のせいでこの子たちは犠牲になった」

違う。
お前が新八と神楽を殺したんだろう。俺がテメェらの仲間にならなかった腹いせに二人を殺ったんだろう。

「貴方が私たちの仲間となり、将軍の首をとってくれていたならこの子たちは死なずに済んだかもしれない」

殺されずに済んでいたかもしれない、と坂井智広が嗤う。
全ては貴方のせい。貴方が私たちの誘いを断ったせいでこの子たちは死んだ。全ては罪深き鬼のせい。災厄を運ぶ鬼のせい。
黒い空間に広がる紅。
気付けば銀時の周囲にお妙、お登勢、桂、真選組、その他にも見知った者たちが血に濡れた姿で力無く転がっていた。

「貴方のせいですよ」

みんな、みんな、貴方が殺したんですよ。貴方の間違った選択のせいで彼らは何も分からないまま死んでいった。

「これは全部貴方が招いた事態」

もう二度と動かない筈の死体たちが首を動かし、その濁った目で銀時を見る。


『全部、オ前ノセイ』
『オ前ハ災厄ヲ運ブ鬼』
『オ前ハ罪深キ鬼』
『オ前ガ私タチヲ殺シタ』
『オ前ハモウ何モ護レヤシナイ』
『鬼デアルオ前ハ何モ護レヤシナイ』


やめろ、やめてくれ。
耳を塞いでも聞こえてくる怨嗟の声。気が狂いそうになる。
もう何も聞きたくない。
腰に差していた木刀を握りしめ、近くに転がっている土方の死体に向かってそれを思い切り振り落とした。
木刀を伝って嫌な感触を感じたが、今の銀時にそれを気にしている余裕はない。
早く、早く、壊さないと。自分が壊れてしまう。


『バケモノ』


最期に土方の口がそう動いた。
違う!違う!違う!
叫びながら銀時はグチャグチャになるまで死体たちを殴り続けた。
我に返ると白かった着物は紅く染まり、木刀には誰のものかわからない肉と大量の血が付着していた。そして自分のまわりには元の形を無くした肉片があちらこちらに散らばっていた。

「……あ…」
「ほら、言ったじゃないか。貴方は災厄を運ぶ鬼だって」
「…う…ああああっ…!」

これ全部、俺のせいか。
俺のせいでみんな壊れてしまったのか。俺が居たせいでみんなみんな死んでしまったのか。
握りしめていた木刀が大きな音を立てて地面に落ちた。









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