白銀ノ語リ


紅ニ染マル白5
2015年9月3日 11:05






夜明けと同時に仕事を終えた志村妙は同僚のおりょうと共に帰宅路を歩いていた。
仕事のことから世間のことまで色々と語り合っていたらあっという間に別れ道まで来てしまっていた。
じゃあまた仕事で、とおりょうに別れを告げ、お妙は一人自宅へと向かう道を歩く。
早朝の為か、歩いている人はお妙以外に誰もいない。
自分しか歩いていない広い道をゆっくりと進んでいると、不意に何処からか音が聞こえてきた。
立ち止まり音が聞こえてきた方―――建物と建物の間にある僅かな隙間に目を向ける。
小さな足音と共に隙間から出てきたのは一匹の黒猫だった。
なんだただの黒猫か。
走っていく黒猫を見送り再び歩き出そうとした。―――が、その足は動かなかった。
ポタポタと地面に落ちる紅い滴。

「…あなた…は…」

ドサリと崩れ落ちるお妙。
薄れ行く意識のなか、必死に首を動かし背後に目を向ける。
其処には刀を握りしめた青年が歪な笑みを浮かべて立っていた。

「まずは一人目」

怨むなら白夜叉を怨むんだな。
そう言い残して青年はお妙の血が付着した刀を鞘にしまい、何処かへと走り去っていった。
一人道路の真ん中に取り残されたお妙はそのまま意識を失った。






*   *   *






夢見が悪かったせいで目覚めは最悪だ。目を瞑ったままズキズキと痛む頭に腕を乗せ、小さく唸っていると控え目にカーテンが開かれる。
薄らと瞼を開け、気配を感じる方へ目を向ける。
何処か浮かない顔をした神楽がベッドの傍らに立っていた。

「…神楽?」
「!……お、起きてたアルか」

ビクリと大袈裟に肩を震わせた神楽が銀時と目が合った瞬間、嬉しそうに笑みを浮かべる。その際、彼女に小さな違和感を感じた。

「顔色悪いネ…また怖い夢でも視たアルか?」
「…また…ってお前何で…」
「昨日のこと銀ちゃんは覚えてないアルか?」
「昨日?何かあったのか?」

熱中症と脱水症状で意識が混濁していた為、昨日のことは殆ど覚えていない。
瞬いて小首を傾げる銀時に神楽は「覚えてないなら良いネ。別にたいしたことじゃないヨ」と首を横に小さく振って笑う。また、彼女に違和感を感じた。
なんだ。何かが変だ。
銀時に怪訝な眼差しを向けられても神楽は普段と変わらない様子で話し掛けてくる。

「昨日、私たちが帰った後に銀ちゃん吐いたんでショ?」
「……なんでそれを…」
「さっき聞いたアル」

誰、と聞かなくてもわかる。きっと銀時を担当している看護師が神楽に話したのだろう。全く余計なことを。
神楽の白く細いてが伸びてきて銀時の目下にそっと触れる。

「凄い隈アル。ちゃんと寝ろヨ」
「……ちゃんと寝てるよ…これはあれだ…隈じゃなくて化粧だ」
「オッサンが似合わないことするなヨ。気持ち悪くて反吐が出るアル」

冷たい言葉とは裏腹に目下に浮かぶ隈を優しく撫でる手。
見上げると彼女はやはり笑っていた。

「銀ちゃんは寝てて良いからネ。無理しないでヨ」
「……神楽?」

触れていた手が離れていく。
銀時は咄嗟にその手をつかんだ。

「何かあったのか?」

銀時の問いに神楽が小さく息を呑む。
ほんの僅かな反応だが、それだけで銀時のなかで感じていた小さな違和感が確信へと変わる。
腕をつかんでいる手に力を入れ、離れていこうとする神楽を引き寄せる。
何があったのか、もう一度問い掛けてみる。しかし、振り返った神楽は何でもない風を装って笑っていた。

「何もないアルよ。銀ちゃんが心配するようなことは何もないアル」

ただ酢昆布切らしちゃったから帰りに買って帰ろうかなって思っただけアル、とあからさまな嘘まで吐く。
一体、彼女は何を隠しているのだろうか。何かがあったことは明白なのにどうして彼女は何も言ってくれないのだろうか。
其処まで考えて、ふと新八の姿が見えないことに気が付く。銀時が怪我などで入院した際は余程のことがない限りは神楽と共に見舞いに来てくれていた。何か用でもあったのだろうか。いや、昨日の時点では何も言ってなかった。では、急用だろうか。

「神楽、新八はどうした?」
「……お通ちゃんのライブがあるとかで今日は来ないネ」

嘘だ。
几帳面な彼はお通のライブなど、用事がある際は事前に休みを申し出る。今日、お通のライブがあるなんて聞いていない。

「銀ちゃん、喉乾いてないアルか?」
「神楽」
「私、飲み物買ってくるヨ!」

つかんでいた手が解かれる。
足早に病室を出ていく神楽の背に手を伸ばすが、身体を起こしただけで激しい目眩に襲われた銀時は力無くベッドに沈んだ。
グルグルと回る視界。目を瞑って目眩が治まるのをじっと待つ。

「……情けねェ…」

神楽は体調が思わしくない銀時を気遣って何も話さなかったのだろう。
何時もなら強引にでも何があったのか聞き出すのだが、今の自分ではただの足手まといになるだけだ。
兎に角、今は一刻も早く体調を戻して何があったのか聞き出さなくては。手遅れになる前に。


病室を出た神楽はそのまま廊下を足早に進み、ちょうど開いたエレベーターに乗り込む。
売店がある下の階ではなく一つ上の階のボタンを押し、神楽は直ぐ傍の壁に寄り掛かって項垂れた。

「…今の銀ちゃんには言えないアル」

優しい彼のことだ言ってしまえば具合が悪いのにも関わらず絶対に無理をする。何がなんでも隠し通さなくては。
エレベーターを出て廊下を真っ直ぐに進んだ神楽はある病室の前で立ち止まった。
少しの逡巡の後、意を決して病室の中に入る。
ベッドの傍ら―――椅子に座った新八が緩慢に振り返る。その表情は弱々しく酷く頼りない。
そして病室の中心にあるベッドのなか、新八の姉―――志村妙が静かに眠っている。
今朝、道の真ん中で血を流して倒れているお妙が発見され、そのままこの病院に救急搬送された。
処置した医者の話によるとお妙の腹には深い刀傷が刻まれていたとのこと。
どこぞの浪士にやられたのだろうか。いや、でも、お妙がそこら辺のゴロツキに負けるはずはない。相手は相当の手練れだろう。

「姉御…大丈夫アルか」
「……峠は越したそうだからもう大丈夫だと思う…」
「……そっか…」

しんと静まり返る病室。
この重い空気を何とかしようと口を開こうとするものの、何を話したら良いのか分からずにまた口を閉ざす。
どれくらいそうしていただろうか。
不意にベッドで眠っていたお妙がほんの僅かに身動いだ。
ハッとしてお妙の方へ向けると、固く閉ざされていた瞼が薄らと開いていた。









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