白銀ノ語リ


漆黒に咲く銀華3
2015年7月20日 22:15





冷蔵庫のなかにあった残り物で作った炒飯をお盆に乗せて薄暗い廊下をゆっくりと進む。
女中の変わりに土方の夜食作りを引き受けたものの、銀時のなかで苦手な人どころか嫌いな人にまで格下げされている彼とは正直なところ顔を合わせたくはなかった。
副長室へと向かう足取りは重く、擦れ違う隊士たちに何度も炒飯を押し付けようとした。しかし、その度に自分で持っていってくださいよ、と断られてしまった。畜生。
そんなこんなで副長室の前に辿り着いてしまった銀時はなかに入るか入らないかで暫し悩んだ。
えぇい、悩んでいても仕方がない。
思い切って部屋の襖を開ける。
畳のうえに広がる無数の紙。机上には大量の書類が山積みになっている。そして突っ伏したままピクリとも動かない身体。どうやら書類を確認している途中で力尽きたようで、その手には一枚の書類が握られている。
部屋に入った瞬間、睨まれると思っていた銀時は予想外の光景に瞬いた。

「えっと…」

これは一体どうしたらいいのだろうか。
取り合えず炒飯を部屋の入口に置いて紙を踏まないように気を付けながら土方のもとに歩み寄る。
顔を覗き込んでみるといつもの仏頂面は消え、その寝顔は何処と無く幼く見えた。薄く開いた唇は穏やかな寝息を繰り返している。
銀時が近付いても目を覚まさないところをみると随分と深い眠りのようだ。
さて、どうしたものか。
このまま寝せておいてもいいが、風邪を引かれても困る。
少しの逡巡の後、銀時は畳に広がっている書類を片付け始めた。ある程度、書類を片付けたところで押し入れから布団を出して敷く。
首根っこをつかんで布団まで引き摺っても土方は目を覚ますことはなかった。
よっぽど疲れていたのだろう。――そう言えばここ数日ほど忙しそうにしていたっけ。
そっと黒髪に触れてみる。
土方は僅かに身動いただけで相変わらず目覚める様子はない。

「おつかれさん」

触れた黒髪を優しく撫でて、ハッと我に返る。
なにやってるんだよ俺。なんで嫌いな奴の頭なんか撫でちゃってんだよ俺。
土方が眠る布団の傍らで銀時は自分の行動に狼狽えた。
兎に角、もう用は住んだことだし部屋に戻ろう。
勢い良く立ち上がり、入口に置いたままの炒飯を机上に置いてから銀時は部屋を出た。
早足で自分の部屋に戻り、はぁぁ、と大きな息を吐く。

「なにやってんだ、俺…」

なんで自分がこんなにも狼狽えているのか理解出来ない。自分のことなのに自分がわからない。
ああ、ダメだダメだ、余計なことまで考えてしまいそうだ。もう寝てしまおう。そうしよう。
何時もより早い時間だが、布団を敷いて眠りに就くことにした。






*   *   *






―――翌日。
天気も良いことだし、外で洗濯物を干していると局長である近藤と土方が縁側を歩いているのが見えた。
不意に昨日の寝顔を思い出して、慌てて頭を振る。
なんで、よりにもよってアイツの寝顔を思い出すんだよ。
土方たちと目を合わせないように洗濯物を干すフリして縁側を歩く彼らに背を向ける。
どうかこのまま通り過ぎてくれますように。
しかし、銀時の願いも虚しく、銀時に気付いた近藤が声を掛けてきた。

「坂田さん、おはよう!今日もいい天気ですなぁ〜!」
「お、おはようございます…」

洗濯物を握り締めたまま振り返ると何故か土方と目があった。
な、なんかこっち睨んでるんですけど。スゲー怖いんですけど。

「おい」

此方をじっと睨んでいた土方が口を開く。
なんだよ、また洗濯物の干しかたがどうのこうのって文句を吐ける気か。本当、お前は嫌な奴だよな。
何を言われるか身構えている銀時に近藤が苦笑を浮かべる。

「そう言えば、昨日はありがとうな」
「昨日?俺、なんかした?」
「トシに夜食作ってくれただろう?」
「あー…うん…」

頷いてチラリと土方を見る。
何時もの仏頂面をした土方がおもむろに懐から何かを取りだし、此方に向かって放り投げてきた。慌ててその何かを受け取る。お饅頭だ。
え、なにこれ?
瞬いて土方を見るが、彼は既に背を向けておりその表情は見えない。

「昨日の礼だ。…その、炒飯旨かった…」
「はぁ…旨いって、またマヨネーズぶっかけたんだろ?」
「か、かけてねーよ!」
「え?そーなの?」

あの何でもマヨネーズを掛けて食べるマヨ中毒がマヨネーズを掛けないで食べるなんて珍しい。
どうしたのだろうか。まさか、コレステロールを気にし始めたのか?それとも遂にマヨネーズを卒業?

「マヨネーズのストックが切れてただけだ!変なこと考えてんじゃねェ!!」
「あら、バレてた?」

なんだマヨネーズのストック切れてただけかよ。ツマンネ。
用は済んだと言わんばかりに立ち去ろうとする土方の背に銀時は声を掛けた。
土方が肩越しに此方を振り返る。

「饅頭あんがと」

お礼を言う銀時に対し、土方は何も言わずに去っていった。
無愛想な奴だな、と愚痴るとそれを聞いていた近藤が笑い声を上げる。
え、なんで笑うんだよ。
怪訝な眼差しを向けると近藤は笑いながら「アイツ、珍しく照れてるんだよ」と土方が去っていった方に目を向ける。
え、あれ、照れてたの?
昨晩、土方の様子を見に行った近藤は紙が散乱しているなか隊服を着たまま布団で眠っている土方を見て驚いたらしい。机上に置いてある炒飯を目にして銀時が土方を寝せてくれたのだとすぐに理解した近藤はその後目覚めた土方に説明してくれたらしい。

「ついでに、マヨネーズのストックが切れてたなんて嘘だからな」
「え、嘘だったのか?」
「ああ、坂田さんがお前の為に作くったんだと話したらそのまま食べ始めたからな。俺も少し驚いたよ」
「へぇ…」

近藤が驚くほどなのだから、土方がマヨネーズをかけないで食べるのは珍しいことなのだろう。
それにしてもなんでマヨネーズかけないで食べたんだろうか。
小首を傾げる銀時に近藤は何とも言えない表情を浮かべていた。
おい、ゴリラ何だその顔は。









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