白銀ノ語リ


漆黒に咲く銀華4
2015年7月20日 22:17






庭先に干していた洗濯物が風に吹かれて僅かに揺れている。
そう言えば洗濯物を干してだいぶ時間が経っている。そろそろ取り込んでも良い頃だろう。
縁側に置いていた洗濯カゴを抱えて庭に降りる。
十分にお天道様の光を浴びた洗濯物は仄かに暖かくて触れるだけで気持ちが良い。
カゴに洗濯物を入れて縁側に戻った銀時はそのまま其処で洗濯物を畳み始めた。

「旦那」

タオルを畳んでいると覚えのある声が背後から聞こえてきた。
瞬いて肩越しに後ろを振り向けば、其処には平隊士の隊服を着た地味な青年が立っていた。
青年―――ジミーこと山崎退は真選組の監察である。
その役職柄、何時も忙しそうである彼がただの雑用係である銀時に声を掛けてくるなんて珍しい。
何のようだ、と不思議に思いながらも銀時は背後に立っている彼を見上げた。

「これ、局長からの差し入れです」
「…え?」

差し出されたのはどら焼きだった。しかもいかにも高級そうな包みだ。
局長―――あのゴリラが何故こんな高級どら焼きを銀時にあげようなどと思ったのだろうか。まあ、貰えるものなら有り難く貰いますけども。
畳んでいたタオルを床に置いて山崎からどら焼きを受け取る。
彼曰く、このどら焼きはさる御方からの頂き物で量もそれなりにあるから隊士たちに配っていたらしい。そのついでに甘いもの好きである銀時にも差し入れしようとあのゴリラが言い出したらしい。ゴリラもたまには良いこと言うじゃねェか。
畳みものが終わったら休憩がてらこのどら焼きをいただこう。そうと決まればさっさと終わらせねば。
山崎が去ったあと、手早く畳みものを進め大量にあったそれはあっという間に片付いた。
やることも一段落したところでお茶を煎れる為、厨房へ向かう。
因みに女中たちは休憩中の為、厨房には誰もいないはずだ。
軽い足取りで厨房のなかに入るとコンロの前に一人の平隊士が立っていた。

「其処でなにしてんの?」

何気なくその平隊士に声を掛けてみる。
どうやら平隊士は銀時の存在に気が付いてなかったようで、大袈裟なくらいビクリと身体を大きく震わせた。
いやいや、ちょっと声掛けただけじゃん。そんなに吃驚するか?
緩慢に振り返った平隊士は怪訝な表情を浮かべている銀時を見て困ったような顔をして笑う。

「な、なんだ…旦那だったんですか…驚かせないでくださいよ」
「いや、驚かせたつもりねェし…そっちが勝手に驚いただけじゃん」
「そ、そうですよね…すみません…」

あからさまにしゅんとなる平隊士の姿になんだか此方が悪いことをしているような気分になる。

「いや、別に謝らなくても良いし…つか、此処でなにしてんの?」
「あ、えっと副長にお茶を持ってくるよう言われまして…」

お湯を沸かしてたところなんです、と平隊士はお茶を煎れながら此処に居るあらましを話してくれた。
副長と聞いて頭にあの憎たらしい顔が浮かんでしまった。無性に腹が立ってどら焼きを持つ手に力が入る。
おっと、アイツのせいで折角のどら焼きが潰れちまう。

「あんな奴に茶なんか煎れてやる必要ねェよ。まったく茶ァくらい自分で煎れやがれってんだ」
「副長は多忙ですから、お茶を煎れている暇なんてないですよきっと」

銀時の言葉に苦笑しながら湯呑みをお盆に置く平隊士。
それでは僕はこれで、と両手でお盆を持ち、そそくさと厨房から出ていく平隊士を見送り、さて自分も茶を煎れるかとコンロの前に立つ。
お湯を沸かそうとヤカンを手にした際、コンロに微量の白い粉が落ちているのが目に入った。
なんだ、これ。
後片付けの際にコンロもちゃんと拭いているので塩や砂糖ではないだろう。だとしたら埃やゴミだろうか。
コンロをなぞると指先に白い粉が僅かに付着した。試しに臭いを嗅いでみる。特に臭いはしない。
ふと、先程の平隊士を思い出す。
そう言えば、始めに声を掛けた時、彼は大袈裟に驚いていた。
何だか怪しい。
副長に頼まれてお茶を煎れに来た、と平隊士は言っていた。もしこれがアレだったとしたら平隊士の狙いは副長――土方十四郎の暗殺か。
またもや脳裏に土方の憎たらしい顔が浮かんだ。
アイツなら死んでも別に良いか。寧ろ今すぐにでも死ね。
このまま知らぬフリをしようとした銀時だが、一度気になってしまえばあの憎たらしい顔が頭から離れない。

「だー!もうっ!」

別に助けたくなんかはないけれども、非常に不本意だけれども、このまま死なれては目覚めが悪い。仕方がなくだからな。
誰に言うわけでもなく、心のなかで言い訳をしながら足早に副長室へと向かう。
どうかアイツがあのお茶を飲んでませんように。――って、なに祈ってんだよ。別に茶飲んでても良いし。そのまま死んでくれてたらもっと良いし。
そんなことを考えながら進んでいるといつの間にか副長室の前に辿り着いていた。

「たのもー!」

スパン、と勢いよく襖を開ける。
室内には土方と先程の平隊士が居た。
どうやら土方はまだあの茶には口をつけていないようで平隊士と共に突然現れた銀時に驚いている。
そんな二人を尻目に銀時はズカズカと室内に入ると土方と平隊士の間に立ち、座っている平隊士を見下ろす。

「ねぇ、君…そのお茶味見した?」
「……へ…?」

銀時の問いに平隊士が素っ頓狂な声を上げる。
背後で土方が「おい」と苛立たしげに声を掛けてきたが銀時はそれを無視して平隊士にもう一度問い掛ける。

「そのお茶味見した?」
「い、いえ…してません…けど…」
「じゃあ、今すぐしてよ」
「え?」
「美味しいか分からないお茶を上司に飲ませるなんて失礼でしょ?まず自分でお茶を確かめなきゃ」
「いや、でも…これは副長の為に煎れてきたお茶であって僕が口にするのは」
「このお茶がもし不味かったらどうするの?不味いお茶をそのまま上司に飲ませるの?」
「…そ、そこまで言うなら貴方が味見したらどうですか?」
「いやいや、君が煎れたお茶なら君が味見するべきでしょ?君が美味しいと思ったお茶を上司に提供する…それが一番でしょ?ね、多串くん」
「誰が大串だっ!…まあ、そこの天パの言うことにも一理あるな…」
「誰が天パだァ!天パを馬鹿にすんじゃねェぞゴラァ!!」
「テメェは黙ってろ。…つーわけだ、お前ちょっと味見してみろ」
「…え…えっと…その…」
「それとも味見できねェ理由でもあんのか?例えば毒が入っているとか」

土方の言葉に平隊士の顔色が変わる。同時に銀時は確信した。
やはりこの茶には毒が入っていたのか。
平隊士のあからさまな反応を見て土方が「やっぱりな」と笑う。
え、まさか、この茶に毒が入っていること知っていたのか。
毒殺が無理だと悟った平隊士が徐にナイフを取りだし、此方に―――正しくは土方に向かって突っ込んできた。

「土方ァァァ!死ねェェェ!!」
「危ねェ!!」

ナイフを目にした瞬間、身体が勝手に動いていた。
咄嗟に土方を突き飛ばし、突き付けられたナイフを素手でつかむ。
掌に刄が食い込み血が溢れだす。
銀時は掌の痛みを堪え、ナイフを握る手に力を込めた。

「おいおい、刃物は振り回しちゃいけませんって親に習わなかったのか?」
「邪魔立てするなら貴様も殺す!!」
「出来るもんならやってみろよ」

つかんでいたナイフを思い切り引っ張る。銀時の思いがけない行動に体勢を崩し前のめりになる平隊士。その隙をついて銀時は平隊士の腹に渾身の膝蹴りを食らわせてやった。
銀時の蹴りを受け流石の平隊士も一瞬にして撃沈した。
その後、土方に呼ばれた山崎が直ぐ様部屋にやってきて転がっている平隊士を回収していった。
どうやら土方は前々からあの平隊士のことを疑っていたらしく、ここ数日監察の山崎を使って張っていたらしい。
銀時は掌の手当てを受けながら土方の説教も受けていた。
なんで助けてやったのに怒られなきゃいけないんだ。

「テメェは隊士じゃねェんだ!余計なことに首を突っ込むんじゃねェ!雑用係りは雑用だけしてれば良いんだよ!!」

と言われる始末だ。
何だか腹が立ってきた。

「やっぱり毒入り茶飲んでそのまま死んでくれればよかった」
「はァ!?」
「そーだそーだ土方死ねー」

覚えのある声が聞こえてきて振り返ってみると其処にはどら焼きをくわえた沖田が立っていた。
そう言えば懐に仕舞っていた筈のどら焼きがない。あれ?あれれ?

「あの、そのどら焼き…」
「あ、これですかィ?厨房に落ちてたんで拾ったんでさァ」

ニヤリと悪い顔で笑う沖田。
コイツもしかして分かってて俺のどら焼きを食べているのか!!楽しみにしてたのになんて奴だ!!
結局、どら焼きは食べられなかったし、憎たらしい奴を庇って怪我はするし、その憎たらしい奴からは説教を受けるし、今日は散々な一日でした。あれ、作文?









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