白銀ノ語リ


紅ニ染マル白2
2015年8月18日 10:52






ひんやりとした何かが額に置かれる。
深く沈んでいた意識が浮上して重たい瞼を薄らと開く。
不明瞭な視界のなかで見えたのは見覚えのある眼鏡。

「―――」

何処からが声が聞こえるがそれが誰のもので何を喋っているかは分からない。何故か頭のなかはフワフワしているのに身体は酷く重く指を動かすのさえ億劫だ。
冷たい何かが首や脇の下に当てられる。それが気持ち良いのに気分は悪くなる一方で気持ちが悪い。吐きそう、ってか吐きたい。
そんな銀時に気付いたのか誰かの手が身体を支えて横向きにしてくれる。
力なくえずく銀時の後ろで複数の声が何かを喋っているがやはりその内容までは聞き取れない。
気持ち悪いのに、吐きたいのに、胃のなかに何も入ってないもんだから吐けない。それが尚更辛い。追い討ちを掛けるように頭も痛くなってくるし最悪だ。
吐き気と頭痛に悶えているうちにまた意識を失っていたらしく、次に目を覚ましたら白衣を着た見知らぬオッサンが横に座っていた。
オッサンがパクパクと口を動かしているがその声は残念ながら銀時の耳には届かない。
表情を険しくさせたオッサンが更に喋ってゴソゴソと何かを準備し始めた。
それから少しして腕にチクリと何か針のようなものを刺された痛みを感じた。
―――また意識を失っていたらしく、目を開けたら桂が銀時の顔を覗き込んでいた。

「……ヅラ…」
「ヅラじゃない桂だ」

気が付いたか、と安堵した表情を浮かべる桂。それから頻りに銀時の額や首に触れてくる。鬱陶しくて「触んな」と触れてくる手を叩き落とした。
桂は叩き落とされた手を擦りながら「何をする」と眉間にシワを寄せる。そんな桂を無視して銀時は天井を見上げた。
そう言えばいつの間に家に帰ってきたのだろうか。
坂井と名乗った青年の仲間に襲われ、戦闘中に気分が悪くなって、朦朧とする意識のなかで桂の声が聞こえて、それからどうしたんだっけ。

「……熱中症だそうだ」

横から聞こえてきた声にパチパチと瞬きする。
熱中症?ああ、だからあんなに気分が悪かったのか。そう言えば戦闘中に大量の汗を掻いていたことを思い出す。
桂の話によると、路地裏を散策中に戦闘の音が聞こえて駆け付けてみたら倒れている銀時を発見したらしい。それから銀時を万事屋に運んで様子を見ていたらしいが、急に容態が悪化したので慌てて医者を呼び、ついさっきまで点滴をしてもらっていたらしい。
意識を失ってから今までの経緯を桂から簡単に説明してもらった。

「心配していたぞ」

誰とは聞かない。いや、聞くまでもない。子供たちのことだろう。
心配かけてしまったことを申し訳なく思いながら、そこで漸く万事屋に子供たちの気配がないことに気付く。

「アイツらは?」
「新八君たちなら買い物に行ったよ」
「……ああ、そう…」
「それで、お前は何であんなところに倒れていたのだ?」
「ああやっぱりそれ聞いちゃう?」
「襲われたのか?誰にだ」
「……坂井智広って奴、知ってるか?」
「坂井智広…いや、聞き覚えないが其奴に?」
「ああ」
「ふむ…こちらでその坂井智広と言う者について調べてみよう」

ガラガラと玄関の戸が開く音と同時に「ただいま」と子供たちの元気な声が聞こえてきた。
帰ってきたようだな、と表情を柔らかくした桂が動けない銀時の代わりに子供たちを出迎える為、腰を浮かして和室を出ていく。
少しして桂から銀時が目覚めたことを聞いたらしい子供たちがドタドタと和室に飛び込んできた。

「銀さん!」
「銀ちゃん!」
「おー…心配掛けて悪かったな」
「もう、本当に心配したんですからねっ!」
「銀ちゃん大丈夫アルか?気持ち悪くないアルか?」
「ちっとダリィけどもう大丈夫だ」
「まだ熱があるようだからくれぐれも無理はさせないでくれ」
「そうなんですか…桂さんもわざわざありがとうございました」
「いや、気にしないでくれ。それじゃあ俺はもう行くよ」
「ヅラ、銀ちゃん拾ってきてくれてありがとナ!」
「銀時は目を離すと直ぐにフラフラと何処かに居なくなるからな、ちゃんと見張っておくんだぞ」
「わかってるアル!この神楽様が銀ちゃんを見張ってるネ!この部屋から一歩も外に出さないアル!」
「いや、せめて厠には行かせてください」
「ペットボトルにしろや」

子供たちの冷たい視線がグサリと突き刺さった。
これはもう今日一日部屋から出ることは許されないだろう。とは言え、まだ身体も重く寝返りさえ億劫だと思っているので子供たちの心配には及ばないだろう。
桂を見送りに和室を出ていく子供たちの背を眺めながら銀時は再び眠りについた。






クスクスと小さな笑い声が聞こえる。
緩慢に自分の手を見る。その手に握られた刀は紅く染まっていた。
足元に転がる見覚えのある二つの肢体。
それは刀と同じく紅に染まりピクリとも動かない。
じわじわと広がっていく紅。
握りしめていた刀がカタカタと小さく音を立て始める。違う。刀を握りしめている手が震えているのだ。
うそだ、これはちがう。なにかのまちがいだ。

「嘘じゃありませんよ。これは貴方がやったんです」

ちがうちがうちがう!おれはこんなことしない!

「じゃあ何故、貴方が持っているその刀は紅く染まっているんですか?」

その刀が何よりもの証拠です、と嘲笑う。

「可哀想に…あの時、貴方が私の誘いを断らなかったこんなことにはならなかったのに」

そう言って足元に転がったまま動かない子供たちの頭を優しく撫でる手。
カシャン、とついに手にしていた刀が地面に落ちる。
震える足で一歩、また一歩と後ろに下がる。侵食する紅から逃げるように。
紅い瞳が此方を見上げる。

「貴方はただの人間になりたかった哀れな鬼」

ちがう。おれはにんげんだ。おにじゃない。

「人間のフリをするのはもう疲れたでしょう?私たちの仲間になると言うならば幾らでも血を、贄を、与えますよ」

ちも、にえもいらない!おれにはそんなものひつようない!

「これ以上、大切な人を失いたくないでしょう?」

背後から聞こえてきた悲鳴。
弾かれたように振り返れば其処には顔を真っ青にしたお妙とお登勢が立っていた。

「新ちゃん!!」

動かない新八に駆け寄り、血に汚れるのも厭わず、冷たくなった身体を掻き抱く。
お登勢は血に濡れた銀時を冷めた瞳で見ていた。
お妙が涙に濡れた瞳で銀時を睨み付ける。

「化物」

二人の言葉が銀時の心に容赦なく突き刺さった。
化物、化物、と繰り返される。
硬直している銀時に向かって投げられる石。
それは遠い昔の―――屍を喰らう鬼であった頃の記憶を呼び起こす。
迫ってくる白刃。地面に転がっていた刀を拾って白刃を弾き、そして肉を絶つ。

「化物が…」

ごぷりと血を吐き出した土方がどさりと音を立てて倒れた。
そうだ、おれはにんげんじゃない。ばけものだった。
倒れて動かなくなった土方を見下ろして声をあげて笑った。
おれをきずつけるものはみんなみんなころしてしまえばいい!
怯えの眼差しを向けるお妙も驚愕の表情を浮かべるお登勢もみんなみんなころしてしまえばいい!






「銀ちゃん!」
「―――!!」

息が出来なかった。
げほ、と大きく咳き込んで漸く呼吸を取り戻す。
飛び起きて周囲を見渡す。
ない、ない、ない!かたながない!あれがないところされてしまう!

「銀ちゃん!!どうしたアルか!?」
「さ、さわんなっ!」

触れようとしたその手を弾いて、必死の思いで部屋の隅に逃げる。
銀ちゃん、と少女の声にビクリと身体を震わせる。
こっちにくるな、ちかづくな、おれにふれるな。

「銀ちゃ…!!」
「おまえも、おれをころすんだろ!」

ころされるまえにころさないと。
近付いてきた少女の上に乗り、首をつかんで手に力を入れる。
首を絞められて苦しげに喘ぐ少女。それでも彼女は笑っていた。
呼吸すらままならないと言うのに少女は必死に声を出そうとしている。

「…ぎ…ちゃ…」

少女の手が頭に触れ、優しく撫でられる。
銀時を見上げる青色の瞳には怯えや憎悪に色は全く見えず、慈しむような優しい光が宿っていた。
気付いたら少女の首を絞める手が緩んでいた。
その細い腕でふわりと抱き締められる。

「誰も銀ちゃんを傷つけたりしないヨ…もし銀ちゃんを傷つける人がいたら私が、私たちが守るから…だからもう怯えなくても良いんだヨ」

そうだおれはこのぬくもりを、このしょうじょをしっている。

「…か…ぐら…」
「銀ちゃん?」
「わりぃ…」

そうだ。
俺は鬼じゃない。
ただの人間。坂田銀時だ。









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