この夜も半ばを過ぎた。淡く青白い輝きを放つ満月も西へと傾きつつある。
川べりを歩けば、氷のように冷たい山水が足にぶつかりざぱざぱと音をたてて流れていく。
「……こっちか」
風の中に微かに残る目当ての人物の反応をキャッチする。滝が近くにあるのだろう、水が激しく叩きつけられる音が足音をかき消してくれた。
真夜中にふと目が覚め、なんとはなしに基地内をうろついていたら、あるはずの気配が無いことに気付く
見れば窓が開け放ってあり、薄手のカーテンが風にたなびいて、満月の青白い光がぼんやりと室内を照らしていた。
賊に侵入された訳では無いようだし、俺はあいつが時たまこの様にふらりと散歩に出かけるのを知っていた。
だから別に探さずとも明日の朝までには帰って来るのも解っていた。が、今日は何故か気に掛かり、こうして自らのカンを頼りに探している。
「しかし結構きたよなぁ…と!近いか」
とん
軽く、しかし力強く跳躍し眼前の崖をひととびで飛び越えた。ステルスモードに切り替えた着地はほぼ無音。きょろきょろとあたりを見回してみる。
「っかしーなぁ?確かにこの辺のはず…」
二三歩踏み出すと、急に視界が開け
ざあああああぁ――――
滝が真っ白な柱のごとくそびえ立ち、そして滝つぼの手前に、ようやくお目当ての人物を探し当てた。
声をかけようとして
「っ――…」
かけられなかった。
彼は滝つぼの前に立ってウイングブレードを高く天に掲げ、滝から飛んで来る水しぶきのひとつひとつは満月の光を受けて蛍の燐光と見紛うまでに美しく輝いている。
満月の冷たく、青白い光はまるで彼を中心にこの地に降り注いでいるようだ。
その姿があまりにもキレイで
それは例えるなら、年若い頃何度となく話して聞かされた、古い絵巻の中の1ページを思い起こされる。
「はっ!」
短い気勢と同時に剣が滑る。
まるでそこに敵がいるかのように鋭い眼差し、対なる刃は低く唸りをあげて空を裂き、一拍遅れて剣風が水を砕いて新たにしぶきを散らす。
「やあぁっ!!」
美しい剣の舞
パチパチと、彼の持つウイングブレードにスパークの光が宿る。しかも光は収まる事無く、逆にますますその輝きを増してゆく。
彼が深く息を吸い込み舞をピタリととめた。そしてゆっくりと息を吐き出すと同時に剣を眼前に構える。
一瞬の静寂
満月が照らすその場所で
虫の声も流れ落ちる滝の音も消えて
ただ彼の僅かな息遣いだけが場を支配する。そして―――
「っ――――!!!」
全ては一瞬
「はあぁぁっ!!」
叫びと共に、常人では捕らえられぬであろう神速の刃が走り、刹那の間を空けて、それに追随するようにスパークの光がはじけ跳んだ。
滝が割れ、飛び散る筈の水しぶきさえもウイングブレードのエネルギーで瞬時に気化し、刃に沿ってびしりと岩壁に亀裂が入って、轟音と共に砕け散る。
巨岩の落下で滝つぼに巨大な水柱が立ち
、滝はもはや原型を留めぬ程形が変わってしまった。
(すげ…)
どくんと、スパークが強く脈打ち、肌が粟立つような感覚が駆け巡って、自分が酷く高ぶっているのが解る。
パキッ―――
不意に足元の木の枝が折れた。
「誰だっ!!」
凛とした声が辺りに響く、もう少しこの剣舞を見ていたく思ったが仕方ない。
「俺だよ…カリカリすんなって」
「ジェットファイヤー?…何故此処に」 「んー、なんか急に目が覚めて…何となく基地をうろついてたら、お前がいないのに気付いてさ」
おかげでいいもん見れたな。と言うと、スタースクリームはちっ、と軽い舌打ちをして、ウイングブレードを翼に切り替えると、くるりと背を向け飛び立とうとするものだから、慌ててバシャバシャと水しぶきを立てながら走り寄り、左手首をぎゅっと掴んで阻止する。
「なんだ」
うわ、そりゃ男に手を握られてもしょっぱいだけかもしれないが、なにも眉間にシワ寄せて唇曲げて、触んじゃねえよ的な顔しなくても良いじゃないか
「ワリ…でもどこに行くんだ?」
「…基地に帰投する」
お邪魔虫も来たことだしな、とつんけんした態度で言われたので、ちょっとカチンときた俺は、あーそうですか邪魔ですかと、掴んだままだった手首の関節を軽くキメてやった。
「痛っ、何しやがる!離せ!!」
「もう離してますよー、邪魔で悪かったな」
「貴様…」
射殺されそうな視線を軽くスルーし、ふざけ半分でどうどうといなすと、半ば以上本気の目で再びウイングブレードに手をかけようとしたので、おお怖いと両手をあげて降参のポーズをとっておく
「ま、冗談はさておき…帰るか」
「ふん…」
「あ、飛ぶなよ、ジェットエンジンの音でみんな起きちまうからな」
そうして軽く腕を引けば、存外大人しく自分について来て、てっきり餓鬼扱いするなと嫌がられると思っていた俺は、いつもなら有り得ないその行動に、我知らず柔らかい笑みがこぼれた。
「何をニヤけてるんだ気持ち悪い」
そう悪態をつきながらも、彼が逃げる気配は無く、そんな行動が可愛く見えて一瞬吹き出しそうになったが、今度こそウイングブレードの錆と散る自分の姿が、ありありと目に浮かんだので、腹筋的な物を総動員してなんとか押さえ込んだ。
「気持ち悪いとはずいぶんだな」
「人の顔見てニヤけるからだ」
「人の笑顔にケチつけないで下さいー」
「はっ、まだ何時もの胡散臭い笑みの方がマシだ」
「ちょ…胡散臭いってなぁ…」
歩きながら分かり易く肩を落とし、大袈裟にしょげて見せると、ほんの一瞬、呆れたように(でも穏やかに)彼が笑った。
その笑顔は反則だから
「狡い…」
「?…何がだ」
-END-