スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

ディビノラムの炎/ケルベロス隊(2015ハロウィン)

相方アカマツ(@ymkm_akmt)との合同創作(特殊能力アリのホモエロ多め軍事もの)です。
メインのメンズが人間vs化け物の戦いを繰り広げる時代より昔、
人間vs人間が普通だった傭兵たちのお話。

【登場人物】
・斥候狙撃兵ヴォルフ(青っぽい黒髪オールバックつり目189/95。全性愛超弩級ヘビスモ三十路すぎの五感能力特化したヒゲおっさん狙撃手)
・斥候狙撃兵ガルエラ(黒髪短髪褐色肌つり目190/89。ノンセク無精子症愛煙家で中東系童顔夜間専門狙撃手)
・斥候狙撃兵ルーヴァン(灰髪タレ目右目に傷アリ187/85。ノンセク二次性ED嫌煙家で貴族系雰囲気のお調子者ヘタレ日中専門狙撃手)




暗闇は幼子には未知の世界でしかなかった。世が明るい内に母親の手に引かれ出歩き、日が暮れてからは窓辺から真っ暗な世界を眺めるだけだ。夜は怖い、暗闇は危ない、そういう無意識的な刷り込みが幼い頃の環境下、そして普通の人間的な生活を営んだ子どもには植え付けられるのだろう。だが、大人になり子どもの頃の扉がようやく開かれたとき、その夜の甘さを、欲深さを、芳しい香りを、知ることになるのだ。そのときの感動を何と表したら良いのか、夜と暗闇の甘美な味を占めた者は皆口を噤んで涎を零しそうになるに違いないのだ。
「オレは夜を怖いと思ったことはない」
苔が群生した道。まさに獣道と呼ぶに相応しい、泥濘や倒木で溢れかえった一本道を警戒して歩む中、殿を担当するガルエラがぼそりと呟いた。こいつの声は聞き取りづらい、掠れている癖にあまり声が大きくないからだ。だが五感が冴え渡った戦場という場所では、どんなに微かな声でも聞き取ることはそう難しくない。今の今まで、子どもの頃の話をしていたルーヴァンに対してガルエラはそう言ったのだろうが、確かにこの男には納得の理由があった。夜間になれば、むしろ夜間は嫌というぐらい標的が見える梟の目の持ち主だ、狙撃手として恵まれていないわけがなかった。が、その返答にルーヴァンは話の腰を折るなよ、と機嫌を損ねたような声を出した。
「子どもの頃はみんな誰しも思うことだろ?特に今日は、」
そう言ってルーヴァンは構えたままだった軽機関銃の握把を持ちつつ、飄々とした態度でハロウィンなんだからさ、と呟いた。先陣を切っている俺には、奴の顔がどんなものか省みることは出来ないが、口調の雰囲気でどことなく察した。面倒事には関わりたくない、とっとと帰って熱いシャワーを浴びたかった。ハロウィンだクリスマスだ、とこの男はやけに行事ものに熱くなる傾向にある。部隊の士気を上げたいから、と前に一度言われたことがあったが、士気を上げるのならばうまい酒と煙草と帰還するだけで事足りるだろう。同じ部隊だからと言って何もかもをお遊戯会のように一緒くたにされては適わない。今日もそう思っていた。このうんちく好きなお調子者ルーヴァンによると、ハロウィンは異教の節目を意味する日らしい。10月の最後の日を区切りに、11月以降は冬の始まりを意味する。その冬の始まりの前日に、有害な化け物連中がうようよと人間が住む世界に現れるそうだ。その化け物との区別を「あえて分からないようにするために」人間はハロウィンに仮装をして化け物の目を誤魔化す、ということだ。
「木の葉を隠すなら森の中、ってことか」
そういうこと、と後ろから上機嫌な声が聞こえてくる。行軍はまだ続くが、講釈は終わる気配もない。要はギリースーツなどの迷彩と同じだ。自らの存在を消すために群衆や周りに溶け込む。大昔の人間も、同じことを繰り返してきたわけだ。だがもしも、そういう偽装が通用しないものと遭遇したときはどうするのだろうか。そんなどうでもいい疑問が湧いたが、疲れているだけだろう、と咥え煙草のまま(街が見えてから火をつけることにした)歩みを止めることはしなかった。
「…見えたぞ」
赤外線スコープを外した先に、仄かな街の明かりが見える。もうとっくに日は暮れているが、街の明かりは良く目についた。地図上にある街、いや村に程近い規模の小規模集落だ。敵傭兵部隊はこの勢力圏にはいないという報告を受けている、とりあえず今日はあの村で一泊して帰るしかない。敵部隊を警戒しながらの強行軍をまるまる一日かけてやってきた、疲労困憊した二人の顔を見て、武装解除を命令した。セーフティをかけた対物狙撃銃を背負い、村へと足を踏み入れた。さすがにハロウィンという行事を行っているだけある、村中に仮装をした子どもたち、それだけではなく神話をモチーフにした化け物の面を被った大人の姿もある。武装解除をしている傭兵を警戒することもなく、何なりと村へは入れた。開けた広場の真ん中には、キャンプファイアのような大きな火の山が一つあった。先ほど見えたあの大きな明かりの正体は、どうやらあれらしい。そこに仮装した大小の人間が集まっては、何かを投げ入れていた。
「懐かしいなあ、営火だねえ」
子供の時ボーイスカウトでやったよ、と橙の炎に照らされて、ルーヴァンは感慨深げにそう呟いた。
「営火?キャンプファイアのことか」
「そうそう。でもこれはきっと村でハロウィン用にやっているだろうから、祭事的な役割を担うものだろうね」
村々によっては、独特の風習や伝統があるから、とルーヴァンはまたしてもうんちく講釈を始めたので片耳で聞き流す。咥えたままだった煙草に思い出したかのように火をつけた。隣でガルエラも一本吸い始めた。夜にこうして大きな火を見つめることは少ない。我々狙撃手は夜闇に紛れてたった一発の弾丸で目標を制圧するのが仕事だ。これほど派手な火種を間近で見るのはそれこそ、戦争真っ只中の前線の兵士だけだ。そいつらでさえ、こういうどでかい花火を見たあとにはすぐに死んでいく。まるで人間の命を吸う光のようだった。詩人ではないが、そう思えるぐらい静かな炎だった。村に響く子どもたちの歓声に紛れ、赤く、そして白く青く揺蕩う炎のその様に、事実きっと見惚れていたのだろう。
「トリック・オア・トリート!」
唐突に聞こえた幼い子どもの声に意識が戻る。炎への真っ直ぐな視線が下り、足元へと移った。己の腰にも満たない小さな怪物が、肉球つきの手のひらを広げて待っていた。左手には籠を持ち、菓子と一緒に花束が入っていた。
「悪いが菓子なんて持ち合わせてねえぞ」
いつもある携帯用チョコレートは行軍時に食い尽くした。それほど過酷な任務だった。泥だらけ煤だらけ糞だらけ、おまけに泥で顔を迷彩柄に塗ったくったのいい歳した男三人によく話しかけにきたな、このガキは。その勇気を讃えて飴でもやりたかったが、その前にガルエラがしゃがみ込み、すまないが何もないんだ、と答えてしまった。
「あー、腐った生卵投げられるかな…」
「それは勘弁して欲しい」
何もない場合の腹いせを口に出したルーヴァンにそう言うと、やや焦った顔をして奴はこちらに振り向いた。
「本当にヴォルフ何もないの?ポケット探した?背は?」
「お前が食い尽くしただろうがこのヘタレもやし」
「差別的発言の撤回を求めます!」
きいきいと小うるさいルーヴァンが噛み付いてくるが、それについては慣れっこだった。まず食料をみんなで食い尽くしたことは事実で、ルーヴァンがヘタレもやしなのも本当のことである。とりあえず奴のことは放っておき、ガルエラの眼前にいる子どもを注視した。子どもは表情を窺うことの出来ないぐらい、深くフードを被っていた。困ってもいないし、怒ってもいない。子どもというのは基本、無邪気なもので純真さのイメージがある。だがここまで表情や感情を窺い知る事が出来ないと、どこか不安になってくる。普段自らがイメージしているものとの乖離、そして得体の知れないものへの恐怖心。その二つが合致するからだろうか。子どもはふと、肉球つきの小さな手を籠へ差し入れた。腐った生卵か、とルーヴァンが俺を盾にした。あとで殴り飛ばしてやる、そう思って身構えたが、子どもは事もあろうが小さな花束を差し出してきた。花束というよりは、一輪挿しの花のようだった。白くふわふわとした花弁は、まるで兎の足にも見えた。俺だけに差し出された花を見て、ガルエラは隣でぼそりと、サルビア、と小さく呟いた。
「…くれるのか」
問いに子どもはこくりと頷いた。面妖な仮面の中の表情は窺い知れないが、普通のハロウィンならば生卵爆撃を食らってもいいところだった。まさかこの花が何か、と思って凝視しようとしたが、子どもは顔を横に振って花を持ったままだった俺の手を引いた。そうして指をさす。めらめらと揺らぐ業火へと、投げ入れろと。行こう、とくいくい袖を引かれるので、仕方なく営火へと足を向けた。
「ヴォルフ良かったな!臭くない悪戯で!」
背後からかかる声に半身だけ振り向く。あのヘタレもやし、あとでボコボコにしてやる。腰を上げたガルエラはいつもの真顔のまま、炎を眩しそうに見つめていた。営火の周りには多くの仮装者がいた。猫、犬、鴉、鯱、獅子、と、どうやら動物をモチーフにしたものが多い。先ほど聞き流していた、村独特の風習や伝統という言葉を思い起こす。この村では動物が何か縁故としてあるのだろうか。頬に感じる圧倒的な熱量に眉を顰めた。燃える音、焼ける匂い、戦場を彷彿とさせるそれを感じながら、子どもに促されて手に持ったままだった花を投げ入れた。すぐに燃えていく植物の塵は、熱による上昇気流によって風に流され消えていく。死んでいく人間の命と同じように軽いものだ。星空に散っていくそれを遠く眺めたあと、踵を返す。とっとと民宿、もしくは民家を探して今夜の屋根を見つけなければならない。疲れた肩を回しておい、離れた二人の狙撃兵に声をかけた。
が、すぐに俺は背の傍にあった対物狙撃銃を手に取る。バラすのがまだで良かった、心底思いながら腰だめで構えた。握把を握りしめて装填し、営火の傍に隠れた。火の近くになり危険極まりないが民家へと移動する暇があったらそれこそ命取りだったのだ。
見間違いではない。ガルエラ、ルーヴァンはこちらに――俺に銃口を向けていた。同じ対物狙撃銃を伏射ではなく、構えて持っていた。セミオート射撃で蜂の巣にされたら、二対一で勝ち目はない。どくどくと嫌な心臓の音が聞こえる。ヴォルフ、おい、どこだよ、と声が聞こえる。ルーヴァン?耳が、やけに甲高い音を捉えてやまない。頭が痛い、視界が回るようだった。三半規管が狂ったように足元が覚束ない。名前を、何度も呼ばれる。
震えそうな足を叱咤して営火の傍から飛び出した。ルーヴァンとガルエラがいたところへ銃口を向けた。いない。どこだ。どこへ消えた。仮装集団の合間を縫うように走る。吐息が漏れる。熱い。十字路のような迷路をいくつも超える。あいつら、俺を殺そうとしているのか。頬を焼く炎が追ってくる。目が焼かれ、耳を劈くような波に飲まれる。息を切らしながら、とある民家の扉を蹴破った。クリア、叫んだが後ろで返す者は誰も居ない。静かな蛍光灯が揺れている中、民家のテーブルには見慣れた煙草がぽつねんと置かれていた。俺の煙草だ。今回の任務で一箱ダメになった分なのだろうか。ご丁寧に灰皿まで置かれている。何の考えもなしに、それこそ性欲を赴くままに吐き出す動物と同じように、手は勝手に煙草のパッケージを引っ掴んでいた。その瞬間だった。軍用手袋の小さな隙間から、白い肉の塊が出てきた。無数の――蛆虫だった。手の甲からぼとぼととはみ出てくる大量の蛆虫に、思わず引っ掴んだ煙草を投げ捨てた。何だこれは。思った言葉が声に出ない。呻き声も漏れない。必死になって湧き出る蛆虫を払う。止まらない。痒い、痛い。手袋を外そうとするが手が震えてままならない。ようやく掴んだ手袋を、力任せに引き剥がす。現れた己の手は、白い蛆で覆われ、肉片を欠片だけ残した醜い有り様になっていた。
――鈍い痛みが走った。瞳を開けると、薄暗い陽光と星空が見えた。褐色肌の見慣れた顔が、何かを叫んでいる。気は確かか、と。唇を読んだ。それはこっちの台詞だ。握った拳をそのまま振り上げたが、位置的にガルエラには届かず――待て、拳?すぐに冷静になった頭で、ガルエラの顔と己の手を何度も凝視した。
「さっき苦しそうに呻いていたから、起こそうと思って。ぶん殴った。すまない」
素直な謝辞に頭を掻いて身体を起こした。俺も殴りかかった分お相子だ、と言って周りを見渡した。同じタイミングで起き出したルーヴァン、冷静な顔で警戒している様子のガルエラ、そして装備品や背が傍らにあるだけで、特に大きな異変はなかった。出てきた森林の入り口は相変わらず苔むしていて、俺たちはそこから抜けた少し小高い野原のような空き地にいた。東の空が明るんでいることから、もう夜明けなのだろう。軍用時計に記された時間は正しく、昨晩の出来事は過去のものだと指し示している。頭を抱えた。何があった。村に入って営火を見て、トリック・オア・トリートと、子どもに菓子を要求されて、それから――?
不明瞭な記憶を繋ぎ合わせても、何かが足りない。だがそれが何だったのか、一向に思い出せない。確かにあのとき俺の利き手は蛆虫だらけだったし、何かから逃げるようにして闇雲に走ったことも、炎の熱さも、覚えているのに。足りない断片が気持ち悪かった。あの村の影形もなくなり、それを覚えているのにこの妙な違和感は何だ?...兎にも角にも煙草を一本吸ってから考えた方がいいと思い手を動かした。と、そのとき、くしゃ、と手のひらの中に感触があった。思わずついていた右手へ視線をやると、小さな一輪の花があった。白く可憐な、兎の足に似た花弁が一枚、ひらりと落ちていった。
「ヴォルフ、それは?」
怪訝そうな顔で覗き込んできた二人を見て、記憶を引き出す。覚えている限りの引き出しを開けても、出てこなかった。
「…さあ、何だろうな」
諦めたような言葉のあと、ざっと吹いた風に花弁が浮いた。それを見届けてから、煙草を取り出すと咥えて火をつけた。煙草の薄く青い煙に煽られて、けたけたと笑う兎が見えるようだった。


(ディビノラムの炎)
前の記事へ 次の記事へ