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屠殺してみた/ヴォルフ+ガルエラ+ルーヴァン

美味い肉が食べたいとごねたのはヴォルフだった。普段から美味い肉を口にしているにも関わらず妙なこだわりを唐突に言い出すのは奴らしいと言えばそうなのだが、まさか絞め殺すところから始めるなど誰も思わないだろう。傭兵の癖に血腥いのが嫌だと文句を言い始めたルーヴァンはリビングで待機しており、仕方ないから二人でやるぞと腕まくりをしたヴォルフと共に、暴れて脱走しかけた生きた鶏を腕に抱えて早速屠殺を始めた。どこで仕入れてきたんだ、とやる気満々のヴォルフに聞いても「機密情報だ」としか答えないあたり、どこぞで盗んできた鶏じゃないだろうかと嫌な予感がした。だが今更鶏を野に離したところで、人間慣れしている彼(見事な鶏冠はそうだろう)が生き延びてくれるかどうかは定かではない。
そうすると、我々に残された道は一つだ。美味しく頂くしかない。
暴れて仕方のない鶏の首根っこを引っ掴んだヴォルフは、寒々しい空の元、2LDKのどでかいマンションのベランダで静かに笑っていた。足元には血抜き用の桶とビニルシート、そして作業台の上に普段からヴォルフが愛用しているタクティカルナイフが置かれている。
「まずは首を落とすぞ」
ガルエラ、押さえておけ。そう言われてガルエラはビニルシートに押さえつけられた鶏の身体を地面に押し付けた。長い首をしっかり伸ばしたヴォルフが、一番太い頸動脈を探し出して刃を当てる。羽根をバタつかせる鶏は自分の運命を理解しているらしいが、最早時遅く、ぶつりと毛と皮膚を分け入ったナイフは頸動脈を捉えた。
「意外と太いな」
「何と比較したんだヴォルフ」
「別に、何も」
咥え煙草のヴォルフはにやりと笑う。どうせ普段の"獲物"と較べたのだろう、質が悪い奴め。ぶちぶちと音を立てて切断された鶏の首から鮮血が滴り始めた。すぐに桶へと流し、まだ筋肉が動く鶏を押さえつつ宙ぶらりんにする。血抜きをしなければ食えたものではない。生臭い血液の臭いが充満するような感じがしたが、会社のマンションだ、隣の部屋は傭兵しかいない。しかもヴォルフの部屋の隣は確か暫くの間空き部屋だった気がする。問題ないだろう。
血抜きを終えると、お湯を沸かしてくれたらしいルーヴァンがタイミング良く窓をドンドンと叩いた。鼻を押さえたまま戸を開け、新しい桶、そしてポットを寄越した。
「死んだ?」
「死んだに決まってんだろうが」
「意外とすぐ死ぬもんだな」
「鶏を何だと思ってるんだお前」
手を汚したくはないが興味があるらしいルーヴァンは鶏の死体を眺めていたが、寒さに負けてすぐに戸を閉めた。頑張れ、と口の動きだけが窓ガラス越しに分かった。ヴォルフは潰えそうな煙草を灰皿に押し付けたあと小さく舌打ちをする。
「次はあの野郎を屠殺するか」
「お前が言うと冗談に聞こえないぞ、ヴォルフ」
ガルエラは苦笑する。冗談だ、と返したヴォルフは桶の中にお湯を注ぎ、鶏をぶち込んだ。暫く浸しておくと毛穴が開き、毛を抜き易くなる。解体するにあたり、鶏の立派な羽毛は障害の他ならない。こんなもんでいいか、とヴォルフが鶏を引き揚げると、二人がかりでぶつぶつと毛を毟る。
「枕に入れたら良さそうだ」
「毛をか?」
「臭いのは我慢してな」
「遠慮しておく。この鶏に祟られそうだ」
「たかだかチキンだろうが、祟ったところで高が知れてる」
鼻で笑ったヴォルフに、ガルエラは肩を竦めた。白濁した目でどこを見ているのか分からない鶏は、この会話を恨めしく思うかもしれなかった。
外側の毛を毟り終わると、バーナーで残った柔らかい毛を炙る。本格的な丸裸になった鶏の姿は、祝い事の度にテーブルを彩る見覚えのある"ターキー"に近付いてきた。
いよいよ解体作業に入る。ヴォルフは鶏冠を切り落とすと鶏の腹を裂き、中の臓器を引っ張り出した。まだ生きていたときを彷彿とさせるぬくもりが、寒空の下に湯気となって現れる。胸、ささみ、はつなど主要な部分を切り分けていく。ぱっくりと開けた中は新鮮そのものだった。
が、腹の中身を順序良く捌いていたヴォルフの手が止まった。ガルエラは顔を上げる。ヴォルフは渋い顔をしていた。
「どうした?」
「失敗したな」
「何がだ」
「こいつは雄鶏だ」
「…分かって捕まえたんじゃなかったのか?」
暗に「盗んできた」ことを肯定させるような質問だったが、ヴォルフは静かに頷く。
「キンカンの存在をすっかり忘れていた」
やっちまった、とでも言いたげなヴォルフの言葉にガルエラは呆れそうになった。キンカン欲しさにこの"雄鶏"を捕まえたわけか、尚更屠殺されてしまったこの雄鶏が不憫に思えてくる。ガルエラは小さく溜息をついて、丸裸の鶏をそっと撫でた。
「…次は雌鶏にしろ」
「次は豚に決まってるだろうが」
ヴォルフは、もうキンカンはスーパーで買う、と雄鶏に向かって非情な一言を言い放つ。そんなことを彼に言っても、とガルエラは眉根を寄せた。腕まくりを下ろしたヴォルフは、窓ガラスをガラリと開けてルーヴァンを呼んだ。
「終わった?」
「ああ」
「お疲れ、ビール飲みながら早速作ろうぜ」
「作るのはお前とガルエラだろう」
「ヴォルフは料理出来ないもんな」
がやがやと喋る二人は、リビングへと戻っていく。
いよいよ調理の時間らしい。暖かい部屋のぬくもりが漏れ出す中、ガルエラは寒々しい冬の風に晒されている丸裸の雄鶏を見つめた。キンカンなしと罵られたところで知ったことではないだろうに、と。
とにかくガルエラに出来ることと言えば、雄鶏の名誉回復の為に精一杯調理することしかない。柔らかい肌を露出した物言わぬ鶏を抱え、ガルエラはヴォルフとルーヴァンが待つキッチンへと足を運んだ。

水底の死人/ガルエラ+ルーヴァン

呆気なく死ねたら楽なのだろうか、と考えたことがあった。日々を戦場で過ごし、生きる気力も死ぬ気力も無く、ただひたすら照準眼鏡を覗き込んで相手を死に追いやる生活をしていると、生死の境界線が曖昧になっていく。もしも自分が頭を撃ち抜かれたら、それこそそれが最期になったときは、一体どんなものなのだろうか。死んでみなければ分からないと人は言うが、死んでしまったら感想を伝えることも出来ないし、何より「死んだ」という事実すら分からないのかもしれない。死は身近ながら、あまりに遠い存在なのだとしか思えなかった。
ガルエラはふとシャワーコックを捻り温かい湯から冷たい水へと切り替えた。バスタブになみなみと注がれた湯はすぐに温くなり、続けていけば冷水に変わるだろう。身体が温もった分、水の冷ややかな感触が肌に触れる度、生理的な鳥肌が立った。腰掛けて肩まで浸かり、そのまま仰向けの状態でぬるま湯の中へと潜り込む。
水の中は静かだった。時々風呂場の外から聞こえてくる生活音が邪魔するが、一番大きく聞こえるのは自分自身の鼓動だけだった。
入水自殺をする人間は、この音が聞きたくてやるのかもしれない、ガルエラはぼんやりと考えた。呼吸が保てなくなるにつれて息苦しくなり、鼓動が早まる響きが、焦燥感を抱かせる。穏やかな死と言うよりも、実際は苛烈なものだと思う。戦場で銃弾一発で死ねた方が何倍も楽なのではないか。痛みを覚えたが最期だ、次には自分の意識はすぐに遠のいているのだ。
ぶくぶくと浮かぶ泡ぶくを眺めていると、ガチャ、と浴室の扉が開く音がした。反射的にガルエラはバスタブから上半身を起こした。急に動いたせいか、びっくりしたような、どちらかと言えば困った顔をしたルーヴァンが片眉を上げて、扉から半分身体をせり出していた。
「入水自殺?」
「…こんな苦しい死に方は後免だ」
「冗談だよ。あんまり遅かったから心配したんだ。早く上がって来いよ」
ざぁ、とシャワーから出ている冷水に気付いたルーヴァンは、裸足になった後風呂場へ片足をつき、シャワーコックを閉じる。バスタブから上る湯気もなく、すっかり冷えてしまったガルエラを認め、肩を竦めた。
「何の為のバスタイムなんだか。プールじゃないんだぞガルエラ」
「身体は洗ったんだ」
「身体を冷やすなって話だ。ほら、バスタオル」
「すまない」
ふっくらとした白地のバスタオルを渡され、ガルエラは静かに浴槽から立ち上がり頭からタオルを被る。身体を伝い落ちる水滴を眺めてから、ルーヴァンへと視線を移した。溜息を吐きながらも、ルーヴァンの表情は明るい。
「飯の支度は出来てる、食おうぜ」
先にリビングへと向かうルーヴァンの背を見つめ、ガルエラはいよいよバスタオルでごしごしと身体を拭い始めた。ふと思い出したかのように振り返る。
浴槽の栓を抜く。ぬるま湯は排水溝の深みへと消えていった。

悪童らしさ/ヴォルフ+ガルエラ

進化を遂げた人間の知性、それが生み出した功績と弊害は大きいものだと、眼前で繰返される行為を眺めながら、ガルエラは煙草の煙を吐き出し、そう感じていた。脳の容量が増えた人間は、考え、想像し、閃き、実行に移す過程を覚えた。この根底にあるのは「何故」「どのように」といった好奇心だ。好奇心があれば目標に向かって追求していく力が生まれる。何故か、どうしてか、と根本的な疑問を解決するために、人間は色々な方法を作り出し、実践していくわけだ。
堅い壁にぶつかった男が虫の息でないことを、いる訳もない神に祈りたくなるような音が耳に届いた。尋問という名前の拷問にかかっている敵兵は、殴ってきた相手を睨み付ける力もなく項垂れている。前述した「何故」「どのように」を訊き出し始めたヴォルフは、おい、と唸り声にも似た声で敵兵を揺さぶる。
「ねんねはまだだ、歯もあって舌も無事なら話せるだろうがよ」
索敵、前哨、斥候の部隊編成やその数。少数ユニットから形成された狙撃部隊にとって、前線へと投入される兵員への情報伝達は託された大事な仕事だった。聞き出すまで帰投はそう簡単に出来ない、それを理解しているガルエラはヴォルフのやり方に口を挟む理由がなかった。尤も、これが正しいかどうか判断するのは、個人の考えにも寄るのだろうが。
ヴォルフは敵兵の短い髪の毛を鷲掴みにし、左頬に拳を叩き込んだ。いよいよ歯が抜けるだろうな、と確信していたガルエラの予想は当たり、剥き出しのコンクリートの床へ、歯と血が飛散した。
「差し歯は高いぞ、とっとと吐け、吐いたら楽になるぞ」
まるで酒に酔った人間へ言うセリフを普段と変わらぬ様子で口にしているヴォルフは、どこか楽しげである。口調や表情は、笑っている気配はないのだが。敵兵は呻くこともなく、起きろ、と肩を揺さぶられるがそのまま横倒しになった。失神したようだ。
「…休憩だな」
ガルエラはそう言うと、一連の行為を見届けて煙草の灰を落とした。ヴォルフは肩を回しつつ、ガルエラに倣い煙草のパッケージを手に取り、火をつける。
「優しくしてやれば吐くと思うか」
まさかこの男からそんな言葉が出てくるとは思わず、ガルエラは口腔内で味わっていた葉巻の煙を、気管に入れてしまい少し噎せた。
「何だ」
「よりにもよって、優しくなんて、と思っただけだ」
「人を馬鹿にするんじゃねえよ」
「ガキ大将がそのまま大きくなったようなお前のことだ、仕方あるまい」
ヴォルフはふん、と鼻で笑い、煙草の煙をガルエラに吹き掛けた。好奇心旺盛な図体のでかい、人殺しが上手な悪童と言えば大体当たる、そんなことを思いながらガルエラは肩を竦めた。伸びた敵兵が起きるまでの僅かな休憩時間は、あともう一本吸えそうだった。

Gunslinger/モブ(+ヴォルフ)

女の扱いと銃の扱いは良く似ている。丁寧に整備して気を遣い、己のように思ってやらないと臍を曲げる。定期的、小まめなコミュニケーションをしないと関係はすぐ駄目になる。人間と物、全く違うものなのに何故そうも同じ扱いになるのかを聞かれたことがある。どうしてかは実際のところ良く分かっていなかったが、女には愛情を会話として、銃には愛情を手入れとしてやることがきっと同義なんだろうと思えた。逆に言えば、銃へ粗雑な扱いをしている奴は女にもそうなんだろうとしか見えなかった。泥だらけの銃を引っ提げて戦場へ赴く同僚たちの背中を見て、兵士として、傭兵として生きながらえてきた俺自身の率直な感想だった。今日も今日とて、汚い銃を抱えた男どもが、ボロボロのトラックの中で揺られていた。戦場は地獄だった。経験した者にしか分からない世界だ、硝煙と泥と血に溢れた視界に、叫び声がオーケストラとして指揮を執る。こんなに腐った世界は出来るならば見たくもなかったが、もうそこでしか生きられないようになってしまった身体は、金欲しさに慣れてしまったらしい。今日は何人生き残るのか、腕や足を残したまま帰れるのか、そんなことしか考えなくなった。全ては金のためだと思ったらどうでも良くなったのかもしれない。家で待つ女に会いたい、初めはそう思ってさえいたが、過去の話だった。今は胸に抱えた銃だけが俺の全てになっていた。
すし詰め状態のトラックは、汗臭さでいっぱいになっていた。初戦なのか緊張した面持ちの若い傭兵や、前の戦いで見た顔の古参兵がひしめき合っていた。俺は堅苦しさの息抜きのように、肩を少し回した。くたくたになった野戦服は何度着てもまだ苦しかった。隣にいた傭兵の肩に少しだけ腕が当たったが、悪い、と小さく謝辞を示すように手を振った。そのとき視界に入ったものは、普段見慣れた対物狙撃銃と何ら変わらない構造をしていたが、黒く美しい鉛の色に一瞬目を奪われた。久々にこんなに丁寧に整備された銃を見た。クラップ寸前の銃器で溢れた戦場には似つかわしくないそいつを見て、正直驚いたものだった。盗み見るようにして持ち主へと視線を移した。幌に身を預けるようにして目を閉じた男は、見たことのない面だった。頬に傷があり、目鼻立ちがはっきりした黒髪の男だーーいや黒髪ではない、うっすらと青みがかった短髪だ。珍しい毛色だった。ぱっと見てもどこの人間か分からない雰囲気の持ち主だった。目を瞑ったまま男は眠っているかの如く黙り込んでいたが、こちらの視線に気付いたのか、切れ長の瞳を向けてきた。
「…何か用か」
唸り声にも近い低音は外見を裏切らないものだった。俺はいや、凝視して悪かった、と今度こそ言葉にして男の持つ銃器を指差した。
「えらく綺麗にしてんなと思ってな。大切にしてるんだな」
様々な戦場を渡り歩く傭兵は、配給物として弾薬や銃器を会社から貰うことがあった。故に使い捨てのように取っ換え引っ換えする者も多く、インフレ化した膨大な銃器を手にする機会が増えていた。汚い銃を持っていたとしても、次のがある。そう考えてきちんと整備しない傭兵は数知れない。俺が口にした言葉を飲み込んだか否かは分からなかったが、男は股座に抱えた対物狙撃銃のマズルブレーキを撫でた。
「金なる木を枯らしたら明日食う飯もないだろうが」
ごもっともな言葉だったが、今時の傭兵にしては珍しい言い分だ。事実、銃の扱いがこれだけ丁重な奴はそういないのだ。己の抱えた小口径自動小銃は、男の持つ対物狙撃銃に比べたら随分と煤けて見えた。女の扱いを考えてみて、小さな溜息をつきたくなった。家に帰らない男は、戦場でしか生きられなくなった。だが戦場の「女」はこんなにも汚れてしまっている、馬鹿げていてナンセンスな話だった。
男の言葉を受け止めているうちに、トラックはガタガタと揺れ始め、舗装もままならない道に入っていったようだった。今回の任務、前線は森林を抜けた湿地帯近くだと聞いていた。今ようやく前線基地から外れた森林地帯へと突入したのだろう。破れた幌の隙間から、夕焼け空の色に染まった針葉樹の端々が見えた。
「その銃で生き残れるといいな」
聞こえてきた台詞に、男を少しだけ見上げた。感情が全く見えないスレートグレーの目が、俺の小銃に注がれていた。
「俺は前線慣れしてるぜ?」
「そういうわけで言ったんじゃねえよ」
男はそう言うと、自分の狙撃銃をぱしんと叩いた。
「自分の命預けるものをお粗末な状態にするんじゃねえよってことだよ」
まあ、お前はまだマシってところだけどな。男はそう小さく笑って、それこそ酷薄な雰囲気のまま周りを見渡した。
「すぐに地獄の蓋が開くだろうからな」
俺は男の言葉に返す言葉も無く、ただ黙った。そうだ、分かっている。例え俺が歴戦を超えてきた手練であったとしても、明日は我が身ということだ。戦場は、地獄でしかない。生き残った者が強者であるのかどうかですら分からない、永遠に終わることのない極悪の具体化なのだ。
がたがたと悪路を進む。草臥れた旧型トラックに乗せられた男達の持つ銃身が、幌の隙間から入れ込む夕陽に鈍く光る。彼らは今日を乗り越えられるのだろうか。自らの命を賭す武器を胸にして。
揺れは治まり、目的地に到着したようだ。砲撃の音と火薬の臭いが鼻につく。我先にと荷台から降りていく兵士達を眺めた後、挨拶も無く自分よりも先に出ていったあの男の狙撃銃を垣間見た。美しく、艶めかしさすら覚える銃だった。彼はきっと、生き残るだろう。そんな一抹の不明瞭な確信を持ちつつ、俺は荷台から飛び降りた。泥濘から跳ねた泥水が、銃のバレルへとびちゃりと着いた。

※砂漠の花/モブ×ガルエラ

これも金の為だと思ったらすぐにどうでも良くなった。貧困に喘ぐ者は使えるものは何でも道具にするものだと、実地で学んだ。名誉も名声もなくていい、ただその日一日の食い扶持に困ることがなければ良かっただけなのだ。金を持っている者が経済を回し、持たざる者がその恩恵を受ける。恩恵の為にはどんなことだってしようと思えば出来た。そういうところで生まれ育てば、感覚や感性は狂う。故に腰を振れ、逸物をくわえろ、と、命令されれば従うのが当たり前だった。
金属が肌に擦れる度に痛かったのも、最早遠い昔のことのようだった。家畜小屋の醜い豚のような男は、ガルエラの後ろで荒い息を漏らし続けていた。あとどれぐらいかかるのだろうか、早くいけばいいのに、そんなことを思いながらガルエラは豪奢なベッドの側面に手のひらをつけたまま、まだ幼さの残る尻を上げていた。普段そういう用途には用いない肛門に、男のいきり立った太いペニスが収まり、律動の度に白濁した体液がぬるぬると這い出てくる。男は執拗にガルエラに触った。罵ってくれ、泣いてくれ、嫌がってくれ、喘いでくれ、と、狂気にも満ちた声をかけながら、子供の未発達な身体を弄くり回した。ガルエラは罵ることはおろか、泣くことも、嫌がる素振りも、そして喘ぐことなく唇を真一文字にしていた。この男が何を望んでいるのかを知っている目で、ひたすらその時間が過ぎ去るのを待っていた。男が一度射精をしたことも知っていたし、きっと己が失神するまでこの行為が続けられるであろうことも理解していた。これも全ては金の為だと思えば、楽なものだった。いくらこの行為を及んだところで、ガルエラは射精しなかった。生まれつきこういう造りの身体で良かった、と思えることだった。男の趣味で着せられた、天鵞絨で精製された衣は割け、男が出した体液でもう駄目になっているというのに。男はまだ止めようとしていなかった。意識があるのかどうかすら定かではない声で、男は何かを呟いている。ガルエラは静かに目を瞑り、男の動きに合わせて腰を動かした。早く終われ、と他人事のように思っている顔には、どんな感情も浮かんでいないようだった。
「気持ち良くないのかい?」
唐突に聞こえてきた男の声が鮮明に耳に入る。ガルエラは黙ったままだった。
「僕は、とても、気持ちが良いんだけれど、ね」
「…、……」
「きみは無口なんだね、」
「……」
まあいいか、と男は独り言のように呟くと、ガルエラの尻をより高く持ち上げた。結合部がより深くまで入れ込むと、ガルエラは小さく呻いた。痛みと、臓器が動くような居心地の悪さを感じたのだ。男はその声を勘違いしたのか、くすくすと笑い始める。
「何だ、ちゃんと気持ちが良いんだ?」
「…、違う、…」
「だったらもっと気持ち良くなることしたいでしょ?」
男はそう言うと、緩かった律動を激しく再開させた。ぐちゅぐちゅとかき回されるように陰茎が肛門の出入りをする。男は片手をガルエラの腰にやり、もう片手をガルエラの乳首へと這わせる。別に触られて気持ちが良いわけでもないが、きつく乳頭を抓られて思わず声が出た。
「ほら、ここ、きみのここ、気持ち良いんじゃないかな、ねえ、ほらっ、」
「、っ、…、ぐ、」
ガルエラは呻くだけだった。執拗に犯されている肛門は、異物を受け入れているせいかぐっと締め付けてしまう。潰され、こねられ、抓られている乳頭は赤く腫れ、これ以上触ればぷつりと切れてしまいそうだった。男は尻を支えていた手をガルエラの口元にやり、真一文字にしていた唇をやわやわと触る。そのまま体液で濡れた指をガルエラの歯列に沿わせ、開かせて舌を掴む。
「口の中も、熱いね、?」
「は、っ、…はな、へ、っ、」
「下の方も凄いけれど、こっちも具合良さそうだ…」
ガルエラの唾液をしっかりと絡ませながら、舌を揉み込む。精液特有の臭いにガルエラはしかめ面になりつつも、依頼主である男の指を噛み切りたくとも出来なかった。男は腰を更に動かし、小刻みに震え始めた。
「あんまりにも、きみが、凄いから、さ、」
男はガルエラの耳元へと息を吹きかける。べろりと厚い舌が耳朶を舐めると同時に「おしっこしたくなっちゃってさ」と欲情まみれの言葉を放った。ガルエラはその言葉を理解した瞬間、今までしてこなかった抵抗を見せた。が、無駄に装飾の多い衣服や貴金属を纏った上、子供と大人という体格差のせいか、虚しい結果に終わる。男はいやらしく笑う。
「駄目だよ、お金、欲しいんでしょ?」
「――、ん、っ、!」
「だったら言うこと聞いて良い子にしていようね?」
ぱんぱんと激しく尻と腰が当たる。肛門の中が煮えたぎるように熱い。ガルエラは男の指をとうとう噛んだが、既に遅かった。あ、と男の気の抜けたような声と共に、精液とは違う生あたたかさが腹の中に広がった。まるで全てを出し切るように男は震えながら小便をした。すえた臭いが鼻につく。その全てを受け止めきれるわけもなく、ぴんと張りつめていたガルエラの足を伝い、男の小便が床へと広がっていく。白く清潔感のあったベッドのシーツやガルエラの服の裾が、薄黄色く染まる。
「――っは、ああ、気持ち良い、うん、最高だよ、きみ、」
「…、ぅ…っ、」
男の逸物はまだ肛門に埋まったままだった。出せ、と示すように腰を引くガルエラ
だったが、男はそれを許さず、また再度ずぶずぶと逸物が奥深くへと挿入される。
「っ、う、ぁっ、」
「誰が終わりって言ったかな?まだ奉仕してよ」
男の陰茎はまたしても熱を帯び、狭いガルエラの肛門を蹂躙し始めた。落胆の色を隠せないガルエラは、時間の経過を待ちわびるだけだった。
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