人間という形はかくも不思議なものである。
肉を骨を付けられ四肢を操る事に慣れたとて所詮は刀は刀で在り、審神者は、彼女は、櫻子は人間だった。
「風邪、というものらしいです。」
小狐丸が彼女の額に濡らした布を被せながら誰ともなく呟く。
その隣には何時もの笑顔を隠し、神妙なそれで細く白く、何時もなら握り返してくれる筈である、しかし今は力ない櫻子の手をひたすらに握る三日月がいた。
「人間には驚く。何故こうも弱いのだろう。」
「…私には分かりようがありません。」
「可哀想に、辛かろうに。」
ほろり、と落とされた三日月のそれに胸が痛む。
風邪とは何だろうか。
切り捨てられるものなら私が幾らでも、と思うたが曰くそういう部類ではないらしい。
「私達はひたすら待つだけしか出来ないのです。」
言い聞かせる様に小狐丸の手は自らの太腿に爪を立てその苦渋が分かる。
ああ、ならばせめて俺は彼女が目を覚ました時に甘いものでも用意してやろう。
きっと彼女は驚いて、否、何より喜んでくれるだろうから。
そう思い、おもむろに顔を上げれば。
「キェェェェェイ!!」
同田貫、いいや、あれは。
「我が主に巣食う邪気など!この石切丸が祓ってくれる!!」
障子を開ければ庭一面を炎、祈祷のための炎が火事かと誤認する程に広がっていた。
その中心にはひたすらに資材を投入し祈祷を行う石切丸と、意地でも阻止しようと奮闘する短刀達やその主たる篠崎、また他の刀達がいた。
「あぁぁぁぁ!資材が!資材がぁぁぁぁ!やめろ!短刀君達のレベリング用にいいの作らないといけないのに!!」
「ふぇぇ、暑いー!!」
「ちびっこ達は火傷しちゃうから避難なさい!」
「で、でもお姉さんが僕達のために頑張ってるのに!」
「そうです!引けません!」
「私のサンクチュアリ達め!愛してる!」
「おい美晴、牛焼けたぞー。」
「主様、米をお持ちしました。」
「カッカッカッカ!この部位が一番上手いぞ!」
「ほれ、皿を寄こせ。切り分けてやろう。」
「わぁい!丸焼きだ!やったぁ!」
…その隅で筋肉組が焼肉ならぬ牛の丸焼きを食うているのは見なかった事にしよう。
この俺がその驚ろかされるとはなぁ、と些か現実逃避に走っていると石切丸と目があった。
お前、そんな顔出来るのか。
「ええい貴様らも祈祷せぬか!主のためなのだぞ!」
風邪というのは静かなところで安静にするのではなかったのか。
「ははは、ならばどれ行くとしようか。」
「いや何、ご老体に無理はさせませぬよ。」
「よきかな、よきかな。小さい狐如きに心配されるまでもないわ。」
「はははは。」
ざり、とかの三日月と小狐丸が戦場でもせぬような顔で降り立てばまさにそう、此処が地獄か。
「…ふむ。」
なれば俺は本末転倒、放置された彼女の世話をするとしよう。
「やれやれどいつもこいつも、驚かされるわ。」
どうにもやはり刀にも、人間の心情たるはあるらしい。
それを恋慕と知るには、まだ遠いが。