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自滅的チルドレン 第一夜

 記憶の片隅に光る君の笑顔。
あの日≠ゥら俺は、世界が終わることを望んでいた。

 暑い夏の盛り。何も知らず楽しそうに騒いでいるのは、蝉や蝶などの小さな命だけだった。彼らは残酷にも遺伝子に組み込まれている本能のまま、子孫を残そうとしている。照りつける太陽に向かって飛び交うそれらに、本来なら子ども達がこぞって網を振るっているところだが、今日は気候だけが蒸し暑く、街は真冬の森のように静かにうずくまっていた。
 死刑宣告をされたのはほんの一週間前。
「一週間後、太陽系が消滅します」
全世界同時放映で告げられた事実。同時通訳で紡がれたその言葉に、多くの人間は狼狽えたフリをした。何故なら、それが人類のあるべき反応であったから。しかし内心そうなることは分かっていた。いつか創造主が自分たちを削除≠オにくることを……。

 一週間後のその日、俺は思索に勤しんでいた。
「さて、どうするか……」
床に広げてあるのは、荒縄、バケツ、混ぜるな危険表示の液体洗剤各種、練炭、七輪、ビニール袋、睡眠薬3ケース、ミネラルウォーター、有機溶剤、エトセトラ。誰がどう見ても自殺道具だ。これらを前に、俺が何を悩んでいるのかというと、「至って楽な死に方」、についてだ。あの日≠ゥら世界を恨み、死のう、死のうと思いつつ、今日までうっかり生き長らえてしまったのは自分の薄弱な意志のせい。その気持ちを後押しして、前向きに死に逝こうと思えるようになったのが例の放送だ。
 俺は固く決心していた。「絶対世界より先に自殺してやる」。しかし、今やダイヤモンドより硬質な意志の前で未練がましく考えているのが、目の前のグッズの活用方法だった。
「睡眠薬をODして練炭のが確実なのか、硫化水素を発生させて死んだ方が良いのか……でも窒息死も、苦しんでその後の死体がぶくぶくに膨れるのも嫌だなぁ……」
俺はこの3年間、とにかく部屋にひきこもり自殺の方法ばかり思案してきた。決して己の薄弱な意志のみでここまで生き延びた訳ではない。なるべく苦しまず、キレイな死体を遺して死にたい俺は、インターネットに媒介する情報を目の前に苦戦していた。お手軽さに欠けていたり、生存率が高かったり、確実でも醜い死体が出来上がってしまったり、物凄い苦痛を伴ったりと、思ったような死に方が見つからない。雪山で凍死というのは魅力的だったが、今の日本じゃ冬山も降雪量が少ないし、海外までの旅費はないし、更に死に場所までそれこそ身の凍るような思いをしなければならないというのもマイナスポイントだった。
 「でも、」と俺は考えた。このまま自然の摂理に従って世界と心中したくはない。一刻も早く俺は死ななければならないのだ。粛々と最期の晩餐を準備をしている両親には悪いが、俺は先に旅立つ事に決めた。
 「なんか、死ぬ前に睡眠薬1つずつ外してんのって、端から見たらシュールだよなぁ……。」
と、誰に言うわけでもなく一人ごちた。その空気の振動は程なくして壁に吸収されていく。なんだか虚しくなった。「あいつ」はあんなに苦しい思いをして死んでいったのに、俺はひたすら楽に死のうとあがいて、それを理由に3年も遅れてしまった。死ぬだけだったらもっと早くに逝けたのに。「あいつ」の側にいくことが本来の目的だったのに……。錠剤を旧式ケースから取り出す間、最期の感傷に浸って涙が出た。ラスト一錠。
「この量をイッキに飲むのか……。結構キツいな。でも……」
やるしかない。ミネラルウォーターのキャップを開け、とりあえず10錠手に取り口に含もうとした。その途端、
ガシャーーン!!
落雷のような音がして家が揺れた。目の前の窓を見るとまるで油性ペンで塗りつぶしたように均一な黒。窓の外は5センチ先も分からない。俺は悟った。
世 界 が 終 わ っ て し ま っ た 。
「そんな……、そんな……」
呟く俺の指から錠剤がこぼれていく。鼻の奥がつんとして涙腺が決壊する。
「なんて馬鹿なんだ俺は……!俺の命でさえ俺の好きに終わらせられなかった!」
自殺志願者がいうのもどうかと思うが、とても死にたい気分だった。絶望に打ち拉がれて動く気もしない。ぼうっとした頭で、俺はすぐそこまで訪れている世界の死に身を任せた。
 トン、トン。
俺のドアをノックする音。両親が最期の別れに来たのだろうか。今まで部屋に入れなかったけど今日くらい入れてやるか、と思い背面のドアに向き直ろうとする。
――ガチャッ。
アレ?俺まだ何も言ってな……
「初めまして、草加悠人さん。突然ですが私にその命を下さい」
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