――月下
黒衣を纏い駆ける者、一人
男はある城に仕える忍であった
今宵は主より任された密書を、敵国の将へ届ける――忍務を終えて来た
その主の認めた密書の内容が戦に繋がるものだとしても、彼は忍…任された務めはやり切るべきモノだと、その精神に刻み込まれていた…
城へ後三里といった所で、男はひとつの気配に気付いた
――待ち伏せられている…
男は内心舌打ちをすると…潜んでいるだろう茂みへ苦無を投げ付けた
キンッと、金属同士が弾き合う音がしたと頭が認識する前に…男はその場から後ろへ跳びすざる
一瞬前まで男が立っていた場所には、鈍く光る四方手裏剣が刺さっていた
男は茂みから現れた萌黄の衣の忍を直視した
その忍は外観は…
整った顔(かんばせ)にかかる色は栗色
緩くうねった髪を背後の風に揺らす姿は
―――若かった
「さすが…と言いたいところですが…」
若い忍が口を開いた…その身が一寸でも動いたら直ぐ攻撃できるよう、棒手裏剣を男は身体後ろにある手に潜ませた
警戒を怠らない男を前に、若い忍は声を紡ぎ続ける
…この時、既に男は油断していた
忍にしては、余りに綺麗な雰囲気を持つそいつに対して…
「効いて来たでしょう?」
"何が?"などと男が声を出す………事が出来なかった
男の身体は徐々に動かなくなり、遂にその場に倒れ伏した
「……毒が」
若い忍が小さく呟く声を耳が拾う
無理矢理視線を上に向けて、若い忍を見ようとして"それ"を目にした―――それが男の、最期
***
月天下
鈍い光沢を放つ扇は、伊作の手によってその身を煌めかせた
その扇は毒を仕込まれていた
風上から流し込む毒の微風――それは<霞扇の術>と呼ばれる術
相手を知らぬ間にあちらへ誘う扇を用い戦うその姿、忍衣ながら――麗しく
「今宵も同じく
艶やかに、
(舞いましょう」)
("死"を誘うために)
__観る者おらず
__在るのは唯の物言わぬ屍