ロボットに人間のような心はあるのだろうか。
俺はこう答えるだろう、ない、と。
何故ならヒトは『心』を全て解明できていない。理解できていないモノを自らの手で1から作り出せるなどないからだ。
ロボットには自分で判断して行動するという事ができない。行動はヒトの手で事前にありとあらゆる事態を想定してパターン化されたプログラムの中から最適なものを導き出した結果であって、組み込まれていなかった予想外の場面では彼らは判断を下す事ができない。嬉しい時、悲しい時、腹立たしい時、楽しい時など、『心』というはの様々な状況に応じて常に色を変えている。それらすべてを完璧に組み込む事など不可能だ。
例えばペットロボは主人を喜ばせようと忠実であり、デュエルマシーンはカードの効果や組み合わせなど様々な条件の中から最善で最適なものを選び出して勝負をする。それらロボットたちの行動は全てヒトが実体験や予想や過去の出来事から入力をしたプログラムであり、彼らはそれらを忠実に出力しているだけだ。
ヒトがロボットに心を作るには『ヒトとしての心』を知る必要がある。例え疑似的な心を作ることができてもそれは我々が理解可能な範疇であり、ロボットも学習はするだろうが理解はできないだろう。
「よってロボットに人間のような心はないと僕は考える。だけどね、人間には『心』がある。だからヒトはロボットとかの無機物へ恋することもできる。」
藤原の長い持論演説の途中でうっかり寝かけていた吹雪は、ふいに耳へ飛び込んできた言葉にふと目を覚まして顔を上げた。眠たい目で彼を見ると、顔をキラキラと輝かせ色白な頬を興奮気味に赤く染めながら続きを楽しそうに話している。
彼は探究心旺盛だ。気になったことや興味を持ったことは自身が納得し理解をするまで徹底的に調べ上げる。そして既存の研究資料と詩論を掛け合わせたレポートのようなモノを研究成果の発表の場として吹雪に全て話すのだった。
いつの間にか二人の日常と化しているこの発表会を吹雪はきちんと興味をもって接している。自分と比べて物静かな親友が時々見せる生き生きとした表情は見ていて眩しいし、何かに一生懸命取り組む姿というのは素敵だと思うからだ。それに彼が興味を持つ内容はいつも一風変わっていて、吹雪にはない視点で物事を見つめているのがよくわかる。そこがとても面白い。
だから話の途中で寝るような失態はいつもならするはずが無かった。だけど、今日は時間が悪かったと言訳をさせてほしい。夜遅くから藤原の部屋で始まった二人だけの発表会。今回のテーマは彼の好奇心をいたく擽ったらしく言葉は相槌を入れる隙も無く途切れることもなく続き、気づけば吹雪の意識をうっかり飛ばさせるのに十分な時間になっていた。
「寝てたでしょ」
「ははっ、寝てないよ。ロボットとヒトが恋するかしないかって話だろ」
「少し触れたけど本題はそこじゃないよ、もう…」
溜息をつき唇をとがらせて怒った様子で頬を膨らませた彼に「ごめん」と伝えると「別にいいし」とぶっきらぼうな返事が飛んできた。そして彼は二人が座っているベッドの上に散らばっている本や印刷された資料を片づけ始めた。
「寝るのかい」
「そ。吹雪眠そうだし俺も眠い事に気付いたし、それに…」
急に黙り込んだ彼がクローゼットの扉へ吊らされた新しい白の制服へと向けられた。その視線を追った吹雪もそれを見つめる。
「明日は大事な日だし」
「そうだね」
二人が通うのは小中高と一貫教育を行っている全寮の私立学園。小等部から仲の良い二人は思い出のすべてに互いがいるほどこれまでを一緒に過ごし、そして成績優秀な二人は良きライバルでもあった。
そんな彼らも明日から高等部へと入学をする。高等部には今までの生活には存在しなかった、能力によって制服の色分けがされている制度が設けられていた。下から順に赤、黄、青、そして成績優秀な特待生数名だけに与えられる白。伝統あるこの色を身に纏う事は学園の誇りであり、藤原と吹雪は白を着用する事を許された僅かな人間の内の二人だった。
明日から白の制服を着る者の中でも成績が学年トップの藤原は、大勢いる学園の生徒の鏡となり、沢山の期待を背負う生徒代表として、明日の入学式で宣誓を読み上げる予定があった。緊張しているのか白の制服を物言いたげな表情でじっと見つめるその横顔を吹雪は心配な気持ちで見つめていた。
「じゃぁ、そろそろ僕は部屋へ戻ろうかな」
「また明日」
「うん、お休み」
藤原の部屋を出ると消灯時間をとうの昔に過ぎた廊下は真っ暗でしんと静まり返っていた。非常出口の緑色の明かりと間接照明、それと窓から入る朧げな月明かりを頼りに自室へと向かって歩いた。窓の外は昼間の景色とは違って真っ暗で、星空と海が境目なくどこまでも広がっているように見えた。
明日は高等部の入学式だ。小中高一貫教育を行うこの学園でも入学式や卒業式と言った行事がきちんと行われいるのには理由があるという。小中高一貫校として売っているこの学園でも途中編入が可能だからだそうだ。始業式より入学式の方が転入生がやってくる率はとても高い。ただ、レベルの高い教育を行っているため希望者へ行われる試験は難しいと言われ、たとえ入学できたとしても勉学や環境に馴染めず退学する者が後を絶たないという。もし万が一、新しい子が入って来たら嬉しいな、なんて考えながら歩いていると暗闇に慣れた目が視界の端で何かが動いたのを捕えた。
「…なに?」
動いたと言うよりは、何かが倒れるような動作と重い音。あの角を曲がった先に吹雪の部屋があるが、音はそのあたりから聞こえてきたように思う。心臓が早鐘を打つ。眠気なんて吹っ飛んだ。ホラー映画で恐怖に怯える主人公のようにゆっくり近づいた。あれから音は何も聞こえない。そっと角から顔を出して覗き込むようにして様子を窺った。窓の無い内廊下は暗くてよく見えない。じっと観察するように見つめて、そして人が倒れていることに気が付いた。
そこから行動は早かった。恐怖心より倒れている相手が心配だった。慌てて駆け寄り、うつ伏せに倒れている彼の肩を叩いた。意識はあるようだが、返事ができないようだ。息はしている。心臓も動いている。夜中だから大きな声は出せない。
「大丈夫かい…?」
うつ伏せは苦しいだろうと思い仰向けに彼を起して、顔を覗き込んだ。暗くてよく見えないが彼の顔に見え覚えがなかった。ここは男子寮、背丈は近い、髪は男としては長い方で、なかなかに整った顔をしたイケメンだ。学園中の生徒を把握しているわけでは無いが、少なくとも藤原より多くの人を把握しているし、1学年の人数が少ない上に9年間も同じ空間で過ごしていたら学年が1つ上だろうが1つ下だろうが話したことの無い顔見知りは多くいる。それに目を閉じていてもわかるほどの容姿の良さは一度見たら忘れるはずがない。
今から管理人さんを呼ぶのも時間が遅すぎて申し訳ない。それに呼べばきっと一騒ぎ起きるだろう。名前の知らない彼から起きる気配は無い。ここから吹雪の部屋はとても近い。そうなると一番いい方法として浮かんだ案がコレだった。
「とりあえずボクの部屋へ…」
意識の無い彼を引きずって自室へ連れて帰り、ベッドの上へと寝かせた。廊下よりは光のある自室でもう一度ゆっくり彼の顔を見つめるが、やはり見覚えがない。そして悔しいほどにイケメンだ。
ベッドは彼に譲って自分はソファで寝ることにした。明日彼が目を覚ましたら名前と学年を聞こう。そして何があったか聞いてみよう。見覚えのない顔だからもしかしたら転入生かもしれない。それならいい機会だ、友達になろう。
うとうとと纏まりのないことを考えている間に吹雪も眠りについた。
「…ぃ、…おい、起きろ」
「んー…」
「起きたか」
「あ」
身体を誰かに揺すられ目を覚ますと見慣れない景色と見慣れない顔がこちらを覗き込んでいた。寝起きでぼんやりとした頭では何が起こったのか理解できずボクを心配そうに見つめる彼を見つめ返していた。昨日は藤原の部屋に夜遅くまで居て、帰る時に廊下で彼が倒れていて、部屋まで連れてきてベッドまで運んで、自分はソファで寝て…そうだ。
「キミっ、大丈夫」
霞がかかっていた思考が一気に覚醒した。ガバッと勢いよく飛び起きた。ぶつかりそうだったのか、ボクの動きに驚いたのか、彼はビクッと体を跳ねさせながら後ろへ一歩ずれた。そんな彼の手を取ってこちらへ引き寄せて両手で彼の顔の頬を包み込んだ。振りほどくことなく目をぎゅっと瞑って固まってしまった彼に構わず手を額へと移動させ熱を測った。
よかった、熱はないみたいだ。昨夜、彼を抱えた時に体温がわずかに高いと感じたが、そんな心配は要らなさそうだ。ほっと一息をつきながら手を離してやると、困った表情で身体を起こした彼から呆れたような言葉が降ってきた。
「熱は無いと思う」
「そうみたいだね、よかったよ」
「…ここは?」
「僕の部屋だよ」
辺りをゆっくり見回した彼に、昨日廊下で倒れていたことや見かねて部屋へ連れてきたことを簡単に説明した。なにがあったの、という質問には彼は曖昧な笑みを浮かべるだけだったので深く追求することはやめた。言いたくないことは言わなくていいからね。
「ねぇ、名前は何て言うんだい」
「丸藤亮」
「丸藤か…。ボクは天上院吹雪、吹雪って呼んでくれよ」
「なら俺は亮で」
「うん、じゃぁそろそろ朝の支度するけど亮は部屋に帰れる?」
「そうだな、世話になったな」
「とんでもない、お大事にね」
廊下まで着いて出ていって、ばいばいと手を振って見送れば振り返った彼に会釈をされた。その背中が見えなくなるまで吹雪はじっと見つめていた。浅黄色の髪と瞳、高身長で脚も長い。黒のハイネックとブルーのズボンは学園支給のものに似ているから特徴にはならないけど、シンプルなそれらをカッコよく着こなせる男子はそう数多くない。
名前は手に入れた。丸藤亮、やはり聞いたことのない名前だと思った。また会えるだろうか。彼の事を知っているだろう寮長に彼の事を沢山聞き出さなくては分からないことばかりだ。
朝のホームルームと同時に行われる簡単な入学式。小等部はホールで行われ、中等部と高等部は大きな講堂で一緒にされるあたり本当に形式だけの行事である。始まるまでの間は「だるいねー」なんて会話が講堂内の幾つもの場所で発生するのが中等部の時の記憶だが、今回はどうやら様子がいつもと違うように思えた。ざわざわと落ち着かない雰囲気の原因は高等部に転入生がいるという噂。瞬く間に広がり、中等部の方へも広がったのか講堂内の生徒はボクも含めてソワソワと落ち着きが無かった。
「どんな人がくるのかな」
藤原がわくわくした表情で講堂内を見渡し、吹雪も一緒に見てみるがそれらしき人物は見当たらなかった。噂の転入生の名前はみんな知っている。クラス分けの発表時に見つけた見知らぬ名前と、昨日出会って今朝初めて知った彼の名前は同じものだった。亮、君は転入生だったんだね。
学園長先生の話を終え、司会進行係を務める担任が入学生代表から先生の言葉を、と藤原に目配せをした。
「ほら、今日一番の仕事だよ」
「うん、行ってくるよ」
白の制服を纏い、襟元を今一度正して、円い燕尾のような裾を翻しながら藤原は講堂の中央にある舞台へと向かっていった。緊張が背中に見て取れるが、白色はこの学園において大変名誉なことだ。もっと自信を持っても良い。(頑張れ!)と心の中で応援を送りながら彼を目で追っていくとの途中、講堂の端で先生方に囲まれて立つ彼を見つけた。見間違えるはずがない。噂になってる丸藤亮だ。此方からの視線に気が付いたのか、彼ははっきりと吹雪の方を見た。
(うわっ…!!)
見ていたことに気付かれた気まずさとバチッと目が合ったような恥ずかしさで視線を慌てて彼から藤原へと移した。講堂中央の檀上で宣誓文を読み上げる彼の姿は友人として大変誇らしく思う。宣誓文を読み終え、学園長に一礼をしてから彼は舞台を後にした。吹雪の隣に戻ってきた時の彼の表情は満足気だ。
「ただいま、キンチョーしたぁ…」
「おかえり、かっこよかったよ」
「転入生いたね。あそこで囲まれてた」
藤原が亮のいる方向をそっと指差した。そちらへ顔をゆっくり向けると、その先にはやはり複数の先生に囲まれて立つ亮の姿があり、彼はこちらをじっと見つめていた。
「気付いちゃったかな」
「あまりジロジロ見るの良くないよ」
「そうだね」
形式だけの入学式は簡単に終わり、各自クラスへ戻ろうと講堂を後にしようとした時だった。
「頼みがあるノーネ」
と、独特な口調と語尾を付けて話す担任のクロノス先生が二人に話しかけてきた。彼は後ろについて来た亮を二人の前へ来るように呼び、両肩に手を置いて今日一日学園の案内をするように言い伝えてきた。父親の仕事の関係で寮に入ったのは昨日で、本来なら入学式までに学園案内を済ませておきたかったが時間が無くて行なう事ができず、そのまま今日を迎えたという。そこで白服を着ている二人に彼の事を任せたいのだという。快く引き受けた吹雪に対して藤原は渋々と言った様子で頷いた。
まさかとは思っていた。
遠目だったし、先生方に囲まれて陰になっていたからよく見えていなかったし、藤原も「見た」と言ってきた様子からすると彼も気付かなかったのだろう。亮が身に纏う色は白。学園の誇りであり、名誉であり、特別な者しか着ることを許されない色。それを、転入生である彼も着ていた。
「キミも白だったんだね」
クロノス先生が教師陣の元へ戻ってくのを見てから、吹雪は彼に話しかけた。知り合いだったの?と隣で驚く藤原にちょっとあってね、と曖昧に答えると少し不満そうな顔をした藤原だったが「そう」と小さく返事をして視線を床に落としてしまった。
「名前は」
亮に話しかけられた藤原がおずおずと顔をあげた。ボクの様子を窺うようにチラリと視線が投げかけられたので黙って一つ頷くと小さく自分の名前を呟いた。
「藤原…」
「藤原か、よろしく。俺は、」
「丸藤亮でしょ、知ってる」
「そうか」
「じゃぁ、みんな自己紹介終わったし教室行こうよ」
藤原が人見知りを発動してるのをみて、そういえば出会った時の彼もこんな様子だったよなと昔を思い出して懐かしんだ。小等部から仲が良いと言っても出会った当初はそれほどでもない。引っ込み思案で物静かで教室の片隅で本を読む姿がとても似合う彼に興味を持って声をかけたのはボクだ。無視をされても一生懸命話し続けて、彼がゆっくり心を開いてくれたから今の関係がある。それに僕達には共通点があった。
「ねぇ、亮はデュエルするの?」
二人の前を歩いてた吹雪はくるりと白の制服をふんわりと広げながら振り返った。デュエルと聞いて藤原の目に輝きが戻っている。きらきらと期待の籠った眼差しが亮へと向けられてる。
「デュエルはしているぞ」
「じゃぁ、大会に出るの?」
「勿論その予定だ」
「丸藤はどんなデッキなんだ」
「機械族だ。藤原は」
「天使、かな」
「なるほどな、デッキは持ち主に似ると言うし」
「は、ソレどういう意味だよ」
「吹雪はどんなデッキを使う」
「吹雪のデッキは面白いんだよ」
流石白服を着た転入生だ、この一貫学園の最も特長あると言っていい「デュエル」も彼はプレイするらしい。ここはとある企業と共同で作られた学園一つで、例え学績が優秀でもデュエルの腕も確かではないと入学は認められない。二人は学績とデュエルのどちらも好成績を収めており、藤原はデュエルより学績を、吹雪は学績よりデュエルの方がわずかに上回っており、それらを認められ評価された結果が白い制服の存在だった。では彼はどうなのかと思うのは普通の流れだった。
「ねぇ、今日は半日で終わるわけだし、後でデュエルしないかい」
「吹雪とか」
「いいねそれ、すごく見たい」
教室へ戻り今年一年間のカリキュラム説明を受けクロノス先生が話を終えて教室から出ていけば今日は終了だ。
デッキの確認をしていると藤原が練習用のデュエルフィールドの予約が取れたよと知らせに来てくれた。既にクラス中に転入生と吹雪がデュエルすることが知られており、二人を囲んで小さなお祭り騒ぎになっていた。
先程の藤原との会話から彼のデッキ属性は判明した、機械族…相手として不足ない。あとはどういう展開をするデッキかで相性の良し悪しが変わってくるだろう。彼も白の制服を着るほどの人物だ、油断はできないだろう。
「楽しみだな」
「ボクの次に藤原もするんだよ」
「そうだな、藤原も俺とデュエルしてほしい」
「もちろんだ、その言葉待ってたよ」
「亮、藤原のオネストには気を付けるんだよ」
「オネストか、それはどんなカードだ」
「吹雪それ言っちゃダメだなやつだよ」
軽く後ろを振り返った吹雪と、彼の背後を見上げた吹雪。その視線が気になったのか亮も藤原を見つめるが何も見えていないのだろう。
「なにか居るのか」
「背後霊みたいなもの」
「カードの精霊だってば」
まぁ、僕も何も見えなんだけどね。と肩をすくめると藤原が「いるんだってば」と怒り始めている。自身の左肩の上辺り、なにもない空間にオネストのカードに描かれた天使がいるのだという。
「亮は見えるかい」
「なにも」
「そうだよね〜さぁ、行こうか」
触っていたデッキをケースにしまって腰のホルダーへセットし、机に置いていたデュエルディスクを左腕にセットした。彼も立ち上がって同じことをする。
「さて、いいデュエルを見せてくれよ」
「もちろん、デュエルで楽しませるのはボクの得意技だからね」
「あまりふざけるなよ、丸藤にとっては学園で見せる初めてのデュエルなんだから」
「わかってるよ」
教室を出て廊下を歩きながらの会話。吹雪はそう言いながら一回転をして親指を立ててキメポーズを亮に向かってやって見せた。隣で歩いていた藤原は見慣れているせいかハイハイと軽く受け流しているが、初めて見た彼は驚いた表情で吹雪を見つめていた。いいね、その驚いた顔。素敵だよ、なんて思っていたらデュエルフィールドへ繋がる入口の方へ向かっておもいっきり背中を押されてしまった。
「じゃ、上で見てるから」
「わかった」
「さぁ、ショーの始まりだよ!」