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本性

 どうも、手書きPOP職人クレです。手書きPOPとは商品の紹介と宣伝を絵と文字で描いた店内広告のようなものです。
 猿真似でどこかで見たことのあるような構成のPOPを描いてみたら、その腕を見込まれて毎回頼まれるようになりました。バイト先は服屋だというのに暇さえあれば絵ばかり描いてます。
 猿真似が精一杯ではありますがPOPはポップに、なるべく万人うけするよう誰が見ても「可愛い」部類に入るよう心掛けています。
「クレさん上手だよねぇ」
「今からでも遅くないから絵の道に進んだら?」
 すっかりヨイショされています。
 よもやこんな奇妙な抽象画サイトを持っているとは思うまい。

俳句でメリクリ

クリスマス飾りつけるたび神忘る

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日本人ってそういう人種だと思います。漏れなく私もです。

名前を付けて保存

話題:貴方は愛しい人の死にゆく姿を見ていられますか?

 見ています。頑張って海馬に摩り込みます。
 一度、目を逸らしてやらかしたので、もう二度とそんなことのないようにします。
 しかしどんなに見据えて見送っても、記憶はいつか消えてしまうのがまた悲しいですね。
 これは現実にあったことなのか、それとも私の海馬が作り出した妄想なのか。境目が判らなくなっていくことがツライです。
 携帯やパソコンのように、SDカードでも頭に突っ込んで全部保存しておけたらいいのに。
 ……とは思いますが、それはそれで真偽が失くなりそうですね。記憶は消えるし書き換えられてナンボ、のような気がします。

物申す!

 呟きというか、心の叫び。
 私は拙いながらも俳句を嗜む人間です。ですから人様の句を拝見するのも大変楽しゅうございます。携帯ネット界ではなかなか見かけないのですが、たまにいらっしゃってとても嬉しくなります。
 嬉しくなるのですが。
 「それは俳句じゃなくて川柳だ!」な御方が大半なんですね、これが……。
 俳句というのは季語を入れるのが最低限のルールです。季語のない五七五は川柳というのです。
 だから「トモゾー心の俳句(byちびまる〇ちゃん)」は実は俳句じゃなくて川柳なんですよ。
 俳句は制限の多い詩歌です。五七五に収めろ、季語を必ず入れろ、季重なりするな、このような制約は時に窮屈ですらあります。
 しかし、制限された中で表現してこそ輝く美があるのです。
 それが俳句の醍醐味だと私は考えています。
 もちろん解釈は人それぞれですが、俳句が何たるかを知ろうともせずに「これは俳句!」と言って公開するのは……如何なものかと。
 もっと俳句を知ってほしいです。せめて季語くらいは入れて欲しい。
 最低限でいいんです。俳句を嗜むなら、俳句を知ってください!

疑うベくは

いつだって一番に私を信じているのは私自身なのだ。
そして一番に私を裏切るのも、私自身なのだ。





ああ、今日はレポートの提出日だったのに。
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