中学3年。

自傷癖は治まらず
この頃から夜眠れなくなり、毎日寝不足で頭痛に悩まされてた。

相変わらず、両親の喧嘩は日に日に酷くなっていった。

家中に響き渡る罵声に、食器の割れる音。
父が仕事に行っている時間だけが、唯一、家に居て静かな時間。

母は、気晴らしに行くかのように毎日、深夜まで帰って来ない。

寝ないで仕事に行った父が、帰って来てから晩御飯を作ってくれた。

どんなに疲れていても、父は子供には優しい人だった。会話がなくても、のんたろは父の近くに居るだけで何か安心した。

中学生になっても、父の事が大好きだった。

それと並行して、反抗期の矛先は母へ向かった。


全てが煩わしくなった


母は私と真逆のタイプの人で、典型的なB型人間。自分の意見は絶対に曲げない人。

のんたろは、頑固だけど、どちらかと言えば流される事の方が多い。八方美人タイプ。



母が言うこと全てが
押し付けがましい、そんな風にしか思えなかった。

そんな状態が続き
家に居ても部屋に篭るようになっていった。


3年に上がった頃、担任に呼び出されて、どうせ校則違反の事だろうと思っていたら、自傷癖がバレていた。


自傷を始めてから、肌身離さずリストバンドをしていたからだと思う。

冷静さを保つのに、バレないよう太ももに爪を食い込ませてた。
緊張で痛みは感じてなかった。
※今でも、両太ももに爪痕が残っています( ・_・)


担任には色々聞かれたけど何も言わなかった。
死にたい訳じゃない。ただの気晴らしだったから。

親にだけは言わないで欲しい…。そう言ったのに、その日帰宅したら母に問い詰められ、担任が家に来た、何やってるの?と怒鳴られた。


大人なんて皆ゴミだ。

そう思った。




面倒くさくなり自傷は止めた。




高校受験も近くなり、知能検査をやった。
また担任から呼び出し。


自傷の件から、ほとんど交流は無い。校則違反も黙視されている状態。

今さら何?

そう思いながら相談室へ放課後に行った。


内容は知能検査の結果について。
本来は学校関係者以外、見せてはいけないらしい。


のんたろの知能指数がズバ抜けて高い。
そう言われた。

勉強もしない、授業もまともに聞いていない、素行も悪い、成績も良いほうじゃない。

そんな、のんたろが検査の結果、学校でズバ抜けて頭が良い生徒よりも知能指数が高い。担任もそれにビックリしたのだろう。

やる気さえあれば、東大レベルも入れる。と言われた。

のんたろ本人が一番驚いたんですが(笑)
高校はどこでも良かったし、入れれば良いや、ぐらいにしか考えてなかったので道立の制服の可愛いところで選びました。滑り止めも受けてませーん。ゆとりですね。←

ランク的には中の下。笑

それで担任は、勿体ないからと湖陵高校受験を薦めてきたみたいです。

『嫌です。』

そう言って帰宅しました。



興味の無い事にはとことん興味が無い。
好きな事は、気の済むまで探究しますが、調べ尽くすと冷めてしまう。

テストが近くなれば皆が、塾や家庭教師、寝る間も惜しんで勉強する中、のんたろは寝る間も惜しんで映画を観たり読書をしていたい。

勉強なんて、テストの10分前に教科書や執ったノートを見れば、それなりの点数は取れたし。

(担任曰く、それは知能が高いから出来る事で、普通は難しいものだ、と言われましたが。)


どうでも良かった。
いくら勉強が出来ても、人として豊かじゃなきゃ意味無いでしょ。

のんたろはガリ勉タイプにはなれない。面白可笑しく、馬鹿やって、自分の世界半径1mだけでも良いから、みんなが笑っていればいい。


そんなこんなで、入試の勉強も結局せずに、ぶっつけで試験を受けました。


結果は、志望校合格。
可愛い制服着れるラッキー♪としか思いませんでした。


友達と離れるのは寂しかったけど、新しい自分に生まれ変われる機会だ。
そう思いながら卒業を迎えました。