「なんだこれ?」
その一言で、悲劇は始まる。
バタバタと、煩い足音が寺院内で響く。
その騒音に三蔵は眉間に皺を寄せた。想像はつくが、半年前に拾った大食らいの餓鬼だろう。
今度はなにを持ち込んでくんだ……
自分の名前以外覚えていない、という子供は色々な物に興味を持ち、あれは何だ、これは何だ、と執拗に聞いてくる。
はっきり言って、面倒臭い。
「さんぞー!」
バタン、と盛大な音を立てて扉を開けた餓鬼、基悟空は目を輝かせて言った。
「これ、世話する!」
(今度は生き物か…)
これ、と指したものは悟空の腕の中に居た。
「…何を拾った」
「………小鳥」
腕の中の小鳥を見ると、羽の付け根の方が、出血していた。
「捨てて来い」
俺の低い声に肩を震わせたが、そいつは顔を上げて言い切った。
「…やだ!」
怒鳴ってやろうと息を吸い込んだが、そいつの間抜けな顔を見て、失せた。
「だって…だって、羽が治らないと飛べないだろ!自分のとこに帰れないじゃんか…!」
あまりにも間抜けな顔で言うから、
「…俺は世話しないからな」
許してやった。
「…うん!」
小鳥に笑いかけながら、悟空はよかったな!と嬉しそうにしていた。
「でも、どうやって治すんだ?」
「さあな」
俺の返答に悟空が言い募ろうとした時、ドアが開いた。
「こちらに生臭坊主は居ますかー?」
「三蔵、報告しに来ましたよ」
八戒とゴキブリだった。
「…八戒!」
悟空はまるで八戒が救世主だというように、八戒に飛び付く。器用に小鳥を押し潰さないように。
「どうしたんです?」
八戒は悟空の泣きそうな声に目を丸くしたが、すぐにいつもの顔に戻り尋ねた。
「治して!」
「はい?」
玩具か何かと思い、悟空の腕の中を見ると、小鳥だった。
「子猿ちゃんはまた、なーに拾ってきたんだ?」
「こいつ、怪我してんだ!」
「無視かい」
「なぁ、治せる!?親鳥が心配してんだ!」
「落ち着いて下さい。見た限り、怪我は軽そうなので安心して下さい」
「ほ、ほんと!?」
「えぇ」
笑ったり、泣きそうになったり忙しい奴。悟浄は胸中で洩らした。
「だったら早く治せ。猿が煩くて耳が痛い」
「猿じゃない!」
子猿ちゃんはきゃんきゃん喚くが、三蔵は素知らぬ顔。つーか三蔵の奴、機嫌悪いなオイ。
八戒も察し、すぐにいつもの腹黒…爽やかな笑顔で三蔵に向き直った。(因みに小鳥を気功で治しながら)
「大人の嫉妬は醜いですよねぇ、三蔵」
「…あぁ?」
「あ、なるほどね。三蔵様ってば可愛い〜」
「黙れ。ゴキブリ」
「んだと!!」
悟空は小鳥に一生懸命。
大人二人はいつもの如く、喧嘩。
八戒は傍観し笑っているだけである。
小鳥を治してくれた救世主は、悟空の花のような満面の笑みでお礼を言われていいとこ取り。
(さぁ、悟空。おやつでも食べますか)(うん!でも、ありがとうな!八戒)(いえ、僕は当然のことをしたまでです)
((…あの野郎…!))
「あれ?鴇、眼鏡は?」
俺達双子は、顔も背も同じ。でも性格は正反対。
鴇は、一言で言うと、大人しい。余り、他人と関わろうとしないし、休憩時間もぼーっとしてる。
俺はそこそこ友達もいるし、人付き合いは良い方だ。
ただ、俺の孤独を解っているのは、
鴇だけ。
「…………壊れた」
「なんで」
なんか、説明すんのが滅茶苦茶めんどそうなんだけど…鴇さん。
「…落ちたから」
「その経緯を聞いてんだけど」
「…」
「鴇ー」
「…」
「鴇さーん?」
「…」
強情め。
「鴇」
俺がほんの少し、強く言うと、諦めたように白状した。お仕置きが嫌なんだなぁ…。
「なんか、呼ばれて、喧嘩吹っ掛けられた。から、やり返した」
「あんなの無視すれば?鴇が強いから羨ましいんだよ」
「…」
…鴇は負けん気も強いからなぁ。
売られた喧嘩は買う、っていうのもウチの家訓だし。(父さんがそういう性格なだけだけど)
「ていうか、見える?」
「…あまり」
乱視も入ってるから余計に見えないんだろう。
コンタクトも持ってないし。
こんなんで授業できんの?
と、言うより、鴇が眼鏡を外したとこを誰にも見られたくないだけ。
だって、眼鏡外した鴇は可愛いって!
「…鴫」
「ん?」
「声に出てる」
「えへへ」
で、結局。
「ぇ、鴇くん!?」
「感じ変わんな、おい」
「やっぱ、鴫くんと似てるね!」
教室に入った途端、これだ。密かに鴇を見てた奴等も、騒ぎに乗じて鴇に喋ってるし。
「…ぁ、おい」
鴇は人と群れるのを初めて経験したから、戸惑ってる。
あ、助けろって言ってる。口には出してないけど。
「…ほらほら、鴇が困ってるでしょー。良い子の皆さんは教室に帰りましょうねー」
なにそれぇ、なんて黄色い声が聞こえるけど、そんな事より早く帰れっての。
「…鴫、」
「鴇は早く眼鏡買いなね。色々大変だし」
「あぁ…」
(俺は鴫を宥めるのが大変だ…)
その後も、帰宅するまで鴇はいろんな奴に声を掛けられた。
鴇の困ってる顔を見るのは好きだけど、俺が関わっていないんだから、それは不本意だ。
だから、早く眼鏡買いなよ。鴇!
(でもお仕置きはしなきゃね)(なんで)(眼鏡、鴇のせいでもあるから)
(無茶苦茶だろ…)
(これから、そんな風になるけどね)
迎えに来たよ。
鴇、
「…し ぎ、」
あぁ、夢だ。
安心したような、でも現実であればいいとまで思ってしまう。
片割れが手招きしている夢。
(馬鹿だな)
俺もお前も。
顔には出さないが自嘲を溢し、携帯の時計を見ると、午前5:00と無機質に表示されていた。
もう少し寝よう。
バイトで(主にしつこい客)酷使した体を休められる時間は、僅かしかないのだから。
ピピッ
微かな電子音が鼓膜に届く。
スッキリと覚醒した。
よく眠れたのだろうか。
ベッドから手を伸ばし、携帯を取る。メールの着信だった。
自分には登録されているメモリが少ない。つまり、限定の奴しかメールは寄越さない。例えば、賞金を共に追うあの二人。
(やっぱり斉藤か)
二人の内、片方の名前だった。
一応、内容を見る。内容は明後日のビズゲームについての会議らしい。
わかった、と適当に返事を打ち、携帯を閉じた。
そして目に入ったのは、片割れが造ったアクセサリー。
『俺とお揃いだからね、ちゃんと持ち歩いてよ、鴇!』
何度も言われた言葉が頭の中で反響する。
じゃあ、お前は今でも持っているのだろうか。
このアクセサリーを見て、声を上げて、あの時のように俺の目の前で笑うのだろうか。
「あ、鴇さーん!」
「おい、美柴遅ぇ」
考え事をしてたら遅くなった。なんてベタな言い訳を咬み殺した。斉藤は詮索するだろうから。別に、睨んだらそれ以上追求しないけど。
「よし、集まった所で早速すんぞ」
「はーい」
「…」
いつも通り、ポジションは変わらずに建物内を把握してそれぞれの持ち場に就く。という事で話は終わり、そのままサヨナラ。
ジーンズの後ろポケットに入ってる携帯。それに付いた、小刻みな金属音の片割れの存在。
これを見て、声を上げて駆け寄る奴を俺は密かに待っている。
けれど、お前はそんなに容易く見つけてくれない。迎えに来ない。
だから、
「待ってろ」
「鴫」
(聲に出して俺は、)
(お前の名前を)
(紡いだ)
「悟空、昼食ですよ」
八戒が呼んでる。
「悟空?」
…あれ?はっかい?あ、天ちゃんだった。なんで違う名前呼んだんだろ。
「眠ってるんですか?」
なんで……
「悟空?」
「あ、れ?」
「…どうしたんですか?眠ってたようですけど…」
目の前に居るのは、八戒。うん。
でも、俺が夢の中で呼んでいたのは、
「なんだっけ…?」
「はい?」
「遅いじゃないの子猿ちゃん」
「猿じゃない」
「…随分大人しいこと」
「ぇえ。呼びに行った時から何か…」
いつもは悟浄がからかうと、激しく反論するが…大人しい。
関係してるとすれば、そう…例えば、たれ目のくせに目付きがキツい、
「…何故俺を見る」
この生臭坊主。
「っつってもねぇ…」
「そうですよねぇ…」
悟浄と八戒は顔を見合せて、疑惑の眼差しで生臭坊主こと、三蔵を見る。
「言っとくが、俺は何も言ってねぇし、してもいねぇ」
「…しかし、悟空にああいう顔をさせるのは、貴方以外いないんですよ」
「そーそー。俺達はいっつも優しいし?」
「…」
当の悟空は、明後日の方向を見つめている。と、三人で悟空の様子を見ていると、此方を向いた。
「(び、びっくりしたぜ)な、なんだよ悟空?」
「俺はさ、記憶なんて別に要らないって思ってたんだ」
「ぇえ…」
「でも、三蔵と八戒と悟浄といる時間は今しか無いよな」
「…そうだな」
「やっぱ記憶って大切だよな。うん、そうだよ」
一人で納得してるが、三人は悟空の言う事に頷くだけである。
「で、なんだったんだ」
一応、三蔵も恋人として知りたいようだ。
「逃げないって決めただけ」
力強く、金瞳は言った。
綺麗だな。
唯、真っ直ぐに。
「…そうか」
八戒と悟浄は安心したように、笑う。
三蔵は、煙草の煙を長く、吐き出した。
(願わくば、記憶を追って)(俺達の前から)(お前が消えないことを)
(祈ってる)
「おー…今年もサッチーは凄いなー」
「そうね」
今年もあと数時間。
久保ちゃんと一緒に一年を締め括る紅白見てるけど、
「終わる、って言ってもさ…実感ねぇよな」
「んー、皆そんなもんじゃない?」
俺の呟きに久保ちゃんが返す。
「なんか呆気ねぇ」
「平和でいいじゃない」
詰まらん。
「そんな顔されてもねぇ…」
「でもさ、なんか締め括り?みたいなのやりたい」
「で、どんな?」
「…………ゲーム?」
「なにそれ」
「う…」
呆気ない一年の終わりっていやだ。久保ちゃんと何かしたっていうかなんつーかこう…残したい的な?のをやりたい。暇だからってのもあるけど。
「…時任」
「んぁ?」
何か思いついたのか?
って言おうとして、顔を上げると…めちゃ笑顔の久保ちゃんがいた。
「締め括り、しようか」
「ぇ、なにを」
いやいや、怖ぇから。
その笑顔。
「そりゃ、ナニをでしょ?」
「久保ちゃんの馬鹿阿呆間抜け出っ歯」
「出っ歯じゃないよ」
俺はあの後、テレビのカウントダウンをBGMに何回もイかされた。
「っあー腰痛ぇ!!動けないから久保ちゃん!わかってるよな!?」
「…飯作らせてイタダキマス」
まぁ、カレーは無いよな。と願いながら、俺は瞼を閉じた。
(俺はお前が傍に居たら別にいいんだよ)("終わり"なんて無いから)
(ね、時任)