世界の滅亡
「似てるって言われてさ」
「ブタゴリラと一緒にすんな」
第一声を遮られる。
冷やかな視線を浴びせられ、思わず子供のよ うにぷくりと頬を膨らませた。
一欠片の情も含まず、何てことを言い退ける のだろうかこの女は。
…そんな冷たい所もいいんだけど、何て言え ばおめでたい頭だねとでも言われるだろうから止めておく。
実質、おめでたいお花畑の脳内なんだろう。
しかし、お花畑の私にも悩みはあるわけで、
「やっぱキョーダイなのかなあ…」
「キョーダイだろうね」
そう言って姉の季乃は本をぺらりと捲った。
私が真剣に悩んでいると言うのに、先程から本から視線を外さない。
全くもって不愉快である!
昔から似てない姉妹だねと言われ続けていた。
まあそうだろう。
平凡を絵に描いたような私と美人で何でも出 来る、スーパースーパーウーマンの季乃。
むしろ似て欲しくなどなかったのだ。
姉なのだと、血の繋がった姉妹であるなどと 信じたくは無かったから。
季乃が腰まで伸びた漆黒の髪を耳にかける。
ちらりと覗いた白い耳に心臓が跳ねた。
ほら、こんな事でドキドキするんだもの、姉 妹、だなんて嘘。
「キョーダイだったら結婚できないぃぃ」
季乃の隣で手足をじたばたさせれば、煩わしそうな視線を食らわされた。
「別にいいじゃん、結婚とかは」
「結婚いいじゃんかー!幸せの形!」
「出たよー、千鶴の一般論」
幸せの形なんか人それぞれなのは分かってはいる。
分かっているが、不安なのだ。
季乃は美人だし可愛すぎて食べちゃいたいぐらいだし、何をしても華が付いてくる。
所謂、モテる部類の人間。
いつか厭きられてしまうんじゃないか、嫌気が差すんじゃないか、離れていってしまうんじゃないか…そんな焦燥感にいつもいつも駆られてしまう。
「紙に判子押すだけで何が変わんの?」
「……家族になれる?」
「もう家族じゃん」
「うぅ…だからヤなの…」
いっそ他人だったら良かったのになんて、考えないはずもなく。
毎日、どうすれば目前の人物が手に入るかを考案している。
無駄に妄想力は良くなったかもしれないが嬉しくない。
「千鶴ってさ」
「んー?」
「一般とか普通に拘るけど、ビアンでしかも姉を好きになる時点で普通ではないよね」
「そ、それは仕方ないじゃん!好きになっちゃったんだから!」
「まあ、駄目とは言わんがねー」
「……季乃は結婚したくないんだ」
そう思うとなんとも悲しい。
私だけの一方通行な愛情な気がしてならない。
「付き合って」はいるけどそれだけな気がする。
あ、やばいと思った時にはもう目頭が熱くなっていた。
つん、と鼻腔が悴むように痛い。
ぐっと我慢し下唇をかみしめたが遅かった。
「なんで泣いてんの…」
「だって……うぅう」
生温いものが頬を伝って畳に染みを作る。
ひとつ、またひとつ。
「…じゃあこうしようよ」
ちゅ、と季乃の形の良い唇が指に吸い付いた。
上目遣いで見つめられ一気に心臓のポンプがばくばくと騒がしくなる。
黒い睫毛に縁取られたの黒色の双眸に女々しく泣いている自身が映り何とも恥ずかしくなる。
「我が家ルールで、それが普通なんだって」
「へ…?」
「結婚してもちゃんと普通なんだよ、我が家では」
「う、うん」
良く分からない、と顔を傾ければ季乃はにこりと妖艶な笑みを浮かべた。
きょとんと間抜け面を浮かべれば唇に柔らかい感触。
「世間一般の幸せは与えられないかもしれないけど、その他でそれ以上に幸せにするよ。」
「え、へ……は?」
ついていけない。
季乃が何を言っているのか頭がこんがらがって分からない。
「だから、結婚…しよう?」
「!?」
一瞬のスパーク。
あの飄々とのらりくらりかわす季乃が
何を考えているのか分からない季乃が
可愛いくて愛おしくて、大好きな季乃が
「プ、プロポーズ?」
語尾が情けなく震えてしまった。
心なしか顔が歪んでいる気がする。
心音に全身を包まれているような錯覚に目の前が霞んだ。
嬉しさと愛しさに涙が溢れる。
「う、あああーん」
「おれ、泣くな泣くな…んで、返事は」
「するぅ、結婚…ぁ、ああ!」
こんな幸福があって良いのだろうか。
分からない、分からないけどもう良いんだ。
ずれても良い、はみ出しても良い。
貴女との世界でなら生きていける。
この日、私の世界は壊されたのでした。
(季乃!季乃!えっちしよ!!)
(雰囲気作れサル)