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 高校二年生というものは、とにかく自由だという印象を持っていた。
 実際それは正しい。自覚を伴っているかいないかの違いはあれども、高校二年目というのは何はともあれ自由だ。
 けれども、自由って?
 自由。自由。……自由。
 そんな倫理の授業で習うようなことを、普通は意識しない。意識することすら意識に上がらない。

「でもそれって凄く可哀想。自由を意識すれば、自由を思考すれば、きっと今までだって充分過ぎる程に自由だってことに気付けるのに」

 時は放課後。僕の向かいの席でガリガリとノートに文字を綴っていた少女は顔を上げずに呟く。

「一人言のつもりだったんだけど。反応するとは思わなかった」
「一人言なら一人ですればいいよ。今は二人言の時間だよ」
「顔を上げずに言われても会話してる気にならないと思わない?」
「どうだろう? 君はいつも私の顔を見て話すから分からないや」
「……さいですか」

 ノートを捲る音が聞こえる。装飾という概念とは無縁であるシャープペンシルが紙の上を踊る。

「今日研究会無いんだっけ?」
「火、木は休みだよ。っていうか、君も会員なんだからそろそろ覚えようよ」

 呆れた様子を隠そうともせずにため息をつく彼女。僕だってちょっと忘れてただけなのに。

「ところで今思ったけどさ」
「うん」
「私の目の前でこれ見よがしにいきなり語り出しておいて、一人言っていうのはどうかなーって」
「蒸し返すのかよ。それを」

 ほっとけよ。つまらなかったんだよ。暇なんだよ。

「ああ、うん。それで自由だっけ? 私は自由について二通りの種類があると思うの」

 相も変わらず顔を上げずに、僕のターンは終了したと言わんばかりに彼女は言葉を続ける。

「一つ。これは今まで君の話していた概念に近いのかな? 時間的、空間的、物質的な自由」
「ふむ」
「高校二年生が自由なのは、大まかに言うならば『余裕』があるからでしょ?」
「まぁ、そうだろうね」

 高校生になって一年目は余裕が無い。初めて尽くしの生活に心労や疲労が耐えないだろう。高校三年生になれば、受験や就職やらで一年目とは別の心労や疲労に悩まされるだろう。

「世間一般ではこんな感じだよね。僕も積極的に否定しようとは思わないんだけど」
「それは当たり前だよ。私達はまだ高校二年生になったばかりなんだもの。いきなり否定から入るなんて、それはちょっと良くない人だと思うよ」
「それもそうだ」

 偏見が目を曇らせる。ありきたりだがその通り。

「私としては偏見というフィルターだって、役立つ時はあるし、そもそも偏見という言葉の捉え方によっては、この世界で『それ』無しで生きてる人なんていない、なんて思うわけなんだけれどね」
「なんか前も聞いたことある話だね」
「そりゃあ、前も言った話だもの」

 そう返事を返した後、ようやく作業が終了したのかノートを少し乱暴に閉じる。

「終わったー!」

 んー、と伸びをする彼女。ちなみに僕はこの作業が何のための作業であるかは知らない。
 何のためであるか聞くつもりも別になかったけれども、僕の視線を察したのか、最初から話すつもりだったのか、彼女は帰り支度をしながら話す。

「ああ。うん。新作だよ。新作」
「……そか」
「期待に沿える用に頑張るよ」

 そこで僕と彼女は久しぶりに目を合わせた。
 肩まで届くダークブラウンのストレートを揺らし、彼女はちょっとだけ楽しそうに笑った。

「じゃあ帰ろっか」

 帰り支度が済んで学校指定の茶色の鞄を持ち上げた彼女に僕が言う。時刻は午後五時を少し過ぎた辺りだった。

「うん。それはいいんだけど」
「いいんだけど?」
「ほら、さっき私が二通りの自由があるって話したでしょ?」
「話してたね」
「君にはもう一つが何だか分かる?」
「ああ、それね」

 僕達は話しながら教室を出る。彼女が閉めた戸が斜陽の赤い光を断絶する。

「心の自由、でしょ?」