*金木犀の話
*遠距離?
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きっと誰かを好きになる度に、あなたを思い出す
*金木犀の話
*遠距離?
「このにおいが嫌い」
ふとその言葉を思い出したのは
窓から吹く風が夏の終わりを告げて
あの独特の香りを連れてきたからだろうか
右手でペンを回して、教室に響く先生の声に耳を傾けた
窓際の特等席で、青く高い空を見上げた
あの言葉を言ったのは、君だったか、僕だったか
分からなくなって考えるのをやめる
きっと、こうして一つずつ、思い出せなくなっていくのだろう
何故か無性に悔しい
あの夏は、確かに君と過ごした夏は
この青空の向こうへ、消えてしまったのだろうか
二度と見られないのだろうか
取り戻せないのだろうか
そういえば、君から貰った手紙の返事
まだ書けていなかった
視線を黒板に戻して、丁寧にゆっくりと書き取っていく
また、あの香り
記憶の奥底の、そのまた片隅にある情景
無意識にゆっくりと蘇ってくる
帰り道だったか
この季節の遅い時間だったから
お互いの顔も、よく見えないほど暗くて
「このにおいが嫌い」
二人のうちどちらかが言って
「そうかな」
二人のうちどちらかが答えた
ああ、そうか、分かった
僕はこの香りがとても好きなんだ
花の名前も知らなかった頃から、ずっと
ずっと、好きだったんだ
それでも、この香りを嫌う君が
僕は好きなんだ
そう思い出したら、もう何もいらなかった
また、考えるのをやめた
目の前に広げたノートの片隅
今は聞きなれた花の名前を小さく書いてみた
君と共に愛した夏が終わってしまうから
あの香りは僕を寂しくさせる