死亡フラグを回避するのに余念がない(副題)
蹄の音、馬の嘶き。
ぼんやりする思考の中、うっすらと瞼を開ける。
自分はいつの間に眠っていたのか。
目を開けてもそこは真っ暗で、身動きのしづらい狭いそこは、まるで棺桶にでも入っているかのような心地だった。
「(ん…?棺桶…?)」
誰かの声がする。
蓋を開けるように開かれた視界には―――浮かぶ棺。
喋る猫。
青い、炎。
自分は『これ』を知っている。
体感ではなく体験で。
小さな箱の中で。
「(………ツイステッドワンダーランドだ!?)」
―――夢にしては、リアル過ぎた。
どうせ良いところで目が覚めてしまうのだろうという予想は大きく外れ、物事は物語通りに進んでいった。
胡散臭さ全開の学園長に入学式で暴れるグリム、摘まみ出す寮長たち。
――どこにも選ばれない自分。
つまり自分は『監督生』、この物語の主人公というわけだ。
これが夢か現実か転生かは分からないが、なろう系なら特殊能力があったのにな、と思える程度には冷静だった。もしくは冷静ではなかったのかもしれないが…
まあまあ色々なソシャゲに手を出す程度にはゲーム好きで、言ってみればオタクである自分にとってこれは夢にみた状況だろう。
オタクなら誰だって好きな作品に入り込みたいと思う(多分)。まあ、主人公とか本来なら願い下げだ。だって肩の荷が重すぎる。世界を救う系なら死んでいた(重圧で)。
ツイステは言ってみれば学園日常ゲームだ。
女性向けなだけあってイケメンパラダイスが過ぎるが、世界は救わなくて良いし(恐らく)命の危険も少ない(はず)。
オバブロ案件は頭の痛い問題だが、ストーリーを知っている身としては強くてニューゲームに近い。
魔法とか憧れていたし、楽しみ楽しみ。
なぁんて甘い考えは、寮毎に捌けていくとある生徒を見て消え去った。
「(??????………えぇ、あぁ、そういう………????)」
同時に血の気が一気に下がる、
「(この世界線は、ゲーム本来のものじゃない)」
自分というイレギュラーの時点で気付くべきだった。
周りは誰も気付く素振りもない。
そりゃあそうだ、ここは『男子校』。
――そこに女子がいるだなんて、思いもしないのだ。
かくいう自分も女だ。
ツイステは『監督生』の性別に言及していない。性別を好きに変えれる主人公、ではなく、正真正銘性別不明の主人公だ。
学園長には後で明かすつもりではあるが、それでもここは男子校、本来なら監督生というイレギュラー以外に女子は存在しない。
けれどいた。
確かに、いた。
エペルのように可愛らしい男の子もいるが、それでも骨格や体つきは男だと分かる。中には曖昧で、本当に中性的な人もいるけれど、やはり誤魔化しが効かない部分も必ずある。
だからあの子は女の子。
ということは、だ。
「(この世界線は、"監督生が来たことによって辛い目に合う女の子(not監督生)がいる世界線"だ)」
その場合の監督生のポジションとしてはマジのマジに性格が良くて無自覚に男を奪う悪気のない魔性か、自分以外の女を排除して男を奪う悪女かのどちらかだろう。
悪女だった場合最悪死ぬ。
前者であっても死ぬかもしれない。
「ヤベ〜〜〜〜死亡フラグじゃないですかヤダ〜〜〜〜〜〜〜〜」
二次創作も嗜んでんだ、俺は詳しいんだ、そういうの…………辛ァ。
ところで朗報である。
今まで自分の姿を確認できなかったがオンボロ寮にある鏡で確認できた。
確実に若返っている。
自分はすでに成人を越え、日々の疲労を肩とか足とか腰とかに抱えていたがそれがない。
若いって素晴らしい身体の軽さだ。
恐らくゲームの年齢に引っ張られたのだろう、ますますこれが夢なのかはたまた死後の世界かわからなくなった。考察も好きです。
さて、一難去ってまた一難のイベントを経て、入学許可を頂いたので学園長に申し出る。
「学園長」
「なんでしょう?」
「自分、女ですけど入学してもよろしいので?」
「はぇ?」
「えっ」
「なっ」
「ふなっ」
おっとこれはお約束のあれかい?
「「「「えぇ〜〜〜〜!?」」」」
見事な四重奏です、もちろん耳を塞ぎましたけど。
「まあまさか男が一度言ったことを取り消す真似はしないとは思いますが、念のため」
「えっ。……ゴホン、勿論、承知しておりましたとも!私、と〜っても優しいので特別に許可してあげます!」
「なら良かった」
それでは失礼します、と放心するエースたちを押して、出ようとして立ち止まる。
「あ、それと」
「ま、まだ何か!?」
「この学園って、女生徒何人かいますよね」
「………は」
「見た感じ、2年生にもいそうでしたけど」
「いやいやまさか、気のせいでは?女性と見間違う生徒なら何人かいるでしょうけど」
「え、じゃあ学園長も知らない……?首突っ込まない方が良いか。……わかりました、ありがとうございます」
面倒ごとじゃん、桑原桑原。
言うだけ言って、扉を閉める。中からは「不穏なこと言うだけ言って放置しないでくださいよ!」という叫びが聞こえたけれど気のせい気のせい。
とはいえ、彼女らの動向は重要だ。
即ち、誰の彼女なのか、である。
最悪その人らに関わらなければ良いのだ。
……難しいことは分かっている。
彼女たちの想い人は主要キャラ、まるで接点を持たないなんてことは出来ないだろう。
――バレないように、同じクラスの少女を覗き見る。
ポムフィオーレ所属の彼女は何処からどう見ても美少女でしかないのに誰も気付かない。
まあこれについては同学年のエペル・フェルミエの例があるからだと言い訳はつく。
彼も見た目は美少女であるからして。
うーん、世界線のことさえなければ数少ない女子なのだから仲良くなりたいけれど。
しかも可愛いし。可愛いは正義だし。
さて、ここ数日の観察結果からこの学園には自分を除き4人の女子がいる。
死亡フラグ(仮)が最低でも4本もある。つらみ。外にもいる可能性は大なので計り知れない。
一人は同じクラスのポムフィオーレ生。
オクタヴィネルの2年生。
ディアソムニアの2年生。
スカラビアの2年生。
皆とびきりの美人たちだった。
全員男装をしてはいるが、どうも同じ寮の者たちは知っているのか彼女らを庇うような、隠すような仕草を見せていた。
全く味方がいないのは同じクラスの彼女だけらしい。
……うん、まあ、こっそり手助けくらいはね?
と、然り気無い手助けが功を奏したのか彼女らに悪印象を抱かれず、そしてスカラビアドッカーン事件後にそれは起きた。起きてしまった。
所謂この世界線特有のイベント、そう、すれ違いイベントが。
ホンソメワケベラの人魚である彼女はフロイドの幼なじみで、ミドルスクールからの恋人であった。
番の約束をしていたが故に男子校であるNRCにも通い、彼や周囲に守られるように愛を育んでいた所へ『監督生』の登場である。
フロイド的には毛色の変わった面白いかもしれない程度の存在ではあるが、『小エビちゃん』と呼び、時には追いかけ時には助けてくれたりくれなかったりしたわけだ。
何度でもいうが、そこに含まれているのは暇潰しや好奇心程度のもので恋愛感情など1oもない。
だが恋人の立場からしたらどうだ?
愛しい番がよりにもよって『小エビ』のあだ名をつけて後輩の女の子を気に入っている。飽きっぽくて気まぐれの男の、いつもの気まぐれとするには少々難しい。
それが自分の見ているところでやられたのだから。
これが、嫌な女なら彼女は決して譲らず戦っただろう。
フロイドの傍に貴女はふさわしくないと言い切っただろう。
けれどこの監督生の少女は大切な番の大切な幼なじみをその柵から救っただけでなく自分にもとても親切だった。
男装していれば困る場面もある。寮生以外に頼れるもののない彼女の窮地にまるで王子様のように手を差し伸べてくれたのが監督生だ。
はっきり言ってその時ばかりは番を忘れるほど、彼女は監督生にときめいてしまったくらいだ。
だから、彼女になら。
監督生になら、大好きなフロイドを任せられると――――
「いやいやいやいや!!!!勘弁してくださいよ先輩っっっっっっっ」
今にも消えてしまいそうな、勝手なモノローグを語るベラ先輩を引き留める。
こんなもん押し付けないでくださいよ!マジで!
まさかそんな誤解をしているなんて思ってもいなかったフロイド先輩を引き摺ってベラ先輩に押し付ける。
「頼むからちゃんと話し合ってください、自分は無実」
青くなったり泣きそうになったりしている先輩方がお互いを強く抱き締めるのを見届ける。
ミッションコンプリート。
後は仲直りセックスでも何でもして二度と離さないように。
――――という流れを、多少のストーリーを変えて全部で6回やった。
私の死亡フラグは6本あったのだ。
もうフラグブレイカーと呼んで欲しい。
「乙wwwフラグブレイカーww……で、内訳は?」
「ツノ太郎の彼女とジャミル先輩の婚約者とレオナ先輩の婚約者とケイト先輩の彼女とヴィル先輩の彼女」
「よくぞwww生き延びましたなァwwww」
「ツノ太郎のとこなんかセベクに殺されるかと思ったかんね。『若様の婚約者に手を出すとは何事か!!!!!』」
「耳死んだ」
同じクラスのあの子はヴィル先輩に憧れて、どうにか近付きたくてこの学校に入ったらしい。そんな花君されたら応援するっきゃねえじゃん。
まあ途中フラグ折れかけたりしたんだけど、何とかなって良かった。
「…アッ、イデア氏、まさか故郷に彼女とか婚約者とかいたりするなんてこと、ある?」
「ハ?もしかして煽ってます??童貞陰キャ殺して楽しんでます??人の心ない方?」
「あ〜良かった、もしそんなんいたら二度と部屋に遊びに来れなくなるとこだった〜」
「ン"」
手元のコントローラーをぴこぴこ動かし、親友万歳、と隣の男を見た。
「し、死んでる……」
なんで?
「そういえば今度、オンボロ寮でパーティーするんですよ」
「ハァ〜〜出たよ陽キャのパリピ」
「生きた。イデア氏も来ます?女子会だけど」
「死ねと?」
正直なんでこうなったのかは分からない。
イデア氏とゲーム仲間になったことではなく女子会の方だ。
仲良くしたいとは思っていた。
ベラ先輩なんて親友と言っても良いほどだ。結婚式には呼んで欲しい。
だが女子会。
「監督生ちゃんは、好きな人はいないのかしら」
絶対この話題が来る。
来ないわけがない、周りはなんたってイケメンパラダイス。
だけれども。
「自分は誰かと恋愛する気はないですね」
「ええっ、そんなの勿体無いわ」
答えたのはケイト先輩の彼女。RSAの生徒である彼女はロマンスが好きだ。
まあ、この世界の女性は皆恋を尊いと思っているし男女問わず恋バナが好きだ。
――何の因果か、転がり込んだツイステッドワンダーランド。
このゲームで心底良かったと思ったのは、ツイステが恋愛ゲームではなかったからだ。
これがもし恋愛ゲームだったら最初の段階で逃げ出すか死ぬかしていた。
それくらい、自分の恋愛が苦手だった。
「自分も恋バナは好きなんですが、それが自分に振りかかるとなると」
「男性が苦手かしら」
「いえ、恋愛対象は多分男性ですよ、友人として接する分には全く問題もありませんし」
「まあまあ、この子にはこの子のペースがあるのよ、仔猫たち」
心配してくれているのはジャミル先輩の彼女の褐色美女で、艶然と微笑むのはレオナ先輩の婚約者。彼女は生徒ではなく、年齢も少し上。めっちゃおっぱいでっかい。
「友愛も親愛も有り難いです。恋愛は難しい」
「私たちをとりもってくれた君なら、と思ってしまうけど…」
「頑張る女の子は可愛いから」
赤くなって俯く同級生に先輩たちの暖かな視線が向く。
「けれど、貴女は人気があるから見ない振りも中々難しいのでは?」
「ははは」
浮世離れした美しさを持つツノ太郎の彼女に乾いた笑みを返す。
「そうねぇ、ジェイドもアズールも、貴女を諦めないと思うわ?」
「それをいうならラギーもかしら」
「カリム様は……うん、私には止められないわ」
「ルークさんは……………………ごめん」
「謝らないで?謝らないで??怖いんだが」
カリム先輩なんて絶対故郷に同担拒否の女いるじゃん……
ラギー先輩はそんなかな?そんな好きピアピールされたことないけどな?
ルーク先輩絶対怖いじゃん狩人じゃん。
アズール先輩は契約とか持ち出さなくちゃ比較的マシ……ジェイド先輩なぁ〜〜あの笑顔がなぁ〜〜〜イケメンで覆い隠されてる闇がな〜〜〜。
「いつも一緒の一年生たちはどうなの?」
「あいつらはマブなので」
「仲良しなのね、ちょっと妬けてしまうわ」
美女に焼きもち妬かれてるDKも妬かせてる自分もすごいな?
「でも敢えてなら私はジェイドを推すわ」
「その心は」
「だって、監督生ちゃんがジェイドと番になれば私たちは実質姉妹だし」
「ウッ魅力的な誘い……」
「なら私はチェカ様かしら」
「いや王位継承一位〜〜」
「私は監督生ちゃんのこと妹みたいに思ってるけど、強いていうならトレイくんかな」
「絶対外に年上の彼女いるやつ」
「カリム様と結婚すれば私とジャミルとは一生一緒よ」
「ジャミル先輩胃痛案件発生しません?」
「シルバー……セベク………どっちがいいかしら」
「いや本人の意思」
「皆ズルい……でもルークさんは…………ごめん」
「だから怖ァ」
まあでも、一度は死亡フラグだった彼女たちがまるで身内のように接してくれるのは嬉しい。
「自分、いつ元の世界に戻るか分からない身なので大事な人は作らないつもりですが……でも、皆さんに好かれるのは嬉しいです」
「監督生ちゃん……」
ここに来た時のようにいつの間にか帰るのかも、二度と帰れないのかも分からない。
それなら恋愛するより友達と遊んでいたい。
――本気でそう思って、皆が微笑んでくれたから分からなかった。
自分の預かり知らないところで男たちを焚き付ける決心をしたことなんて。
彼女たちもまた、ツイステッドワンダーランドの住人だと忘れていた。
あのヴィランの女たちであることを、すっかりと。
引き留める手段があるなら、それを選ぶのがこの世界の常識であるからして。
容赦ない求愛が行われるなど知らず、華やかなお茶会を終わらせた。
(監督生氏、柘榴要ります?)
(今はいいです)
(ふ、ふ〜〜〜ん?(今は!?))
なんやかやイデア氏。