「‥外が少々きな臭いな」
屋敷で書類に目を通していた昆奈門が、ポツリと呟くのを山本が聞いた。
「そうで、ございますね」
何を指してか瞬時に理解した山本が、同意を込めて返事をする。
五年前の流行り病はこの領地だけではなく、周囲の国々にまで猛威をふるい、壊滅的な被害が出たと報告は聞いていた。
他の領地では未だに飢餓に苦しみ喘いでいることだろう。
「数は少ないが、年々国境で起こっている争いが目立ち増えている」
昆奈門が溜息を吐きながら、手にしていた書類を机に置く。
丁度、その文面には国境に住まう民家が襲われた、とその被害を報告するものであった。
「‥他国から逃れた難民を保護することは出来ますが。全面的な支援となりますと、我が領地の蓄えではすぐに底を突いてしまいます」
主の言わんとすることを察し、山本がそう進言する。
「分かっている、この地も漸く整い始めたのだ。
これ以上、民に負担を掛ける訳ないだろう?」
先に内心を突かれた昆奈門が、やれやれと肩をすくませる。
だが、その感情を読み取れない瞳の奥には何やら策がある様に妖しげな光が伺えた。
「お乱さまーっ!」
今日も里の子供達は土地神となった彼女の元へと通っていた。
「こんにちは、お清ちゃん」
微笑み出迎えるお乱に、甘えるように抱きついたお清。
すぐにお乱へ顔を上げると「友達も一緒」と告げた。
「おきぬちゃん」
お清が振り返る先、お乱から僅かに距離を置いた少女が佇んでいる。
おきぬを目にして、お乱は理解した。
(五年前の飢餓で、親を亡くしたのね‥)
絶望の宿る暗い瞳
自身だけが生き残ってしまったという罪悪感
「どうして‥」
己の中で渦巻く激情が出口を見つけることもできずに渦巻いている
「土地神様なら、どうしち父ちゃんと母ちゃんを助けてくれなかったのっ!?」
募った感情は憎悪となって、渦から黒い濁流へと変化し
土地神だと聞いた人物へとぶつけられた
自身に力があったのなら、助けられたであろう命。
だが、今それをこの少女に話したところで言い訳にしか聞こえないだろう。
「神様なら、何で私達が苦しんでるのに助けてくれなかったのっ!!」
怒りと憎しみで睨むおきぬに、お乱はゆっくりと歩み出ると、その体を両腕で抱き締めた。
「ごめんなさい」
ぎゅう、と抱き締めた少女の肩に彼女は顔を埋めた。
途端に、感情的だったおきぬは驚きで目を見開いた。
自らを抱き締めるお乱の体が震えていたからだ。
「貴女の御両親を助けられなくて、ごめんなさい」
お乱の口からは、ひたすら謝罪の言葉が繰り返される。
その震える声と、包み込む腕に込められる力がお乱の心境を物語っていた。
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