街を歩けば甘い香りが鼻をくすぐり、店に入れば夢に満ちた声が耳に響く。そう今年もこの季節がやってきたのだ。
「このチョコ、デザイン可愛い!!あ、でも予算オーバーかぁ。ねえねぇ、凛はどれがいいと思う?
」
色とりどりのチョコレートを手に取り話し掛けてくるこの子は私の友達。彼女は同じクラスの"人気者"と付き合っている。この話は結構有名だが彼女持ちだからと諦める人は少ないらしく沢山いるライバルに闘志を燃やしている。
「好きな子からなら何でも嬉しいと思う。だからこれでいいんじゃないか?」
そう言って私が指を指したのは完璧にネタに走った本当に心の広い人に渡さなくてはいけない様なチョコレート。
「あー...」
「私のチョイスに感動して言葉も出ないだろう」
「せ、せやなー...」
「同意したな?」
「う、うん」
「よし」
そう言ってそのチョコを彼女の買い物かごに気付かれない様に入れたった。いやぁ、後が楽しみだ。
「これ、いいと思う」
「おぉっ、確かにこれいいねぇ」
「そうだろうそうだろう」
「んっ、じゃあ私これにするよ」
「えらく簡単に決めたな...」
「だってこのチョコレートにインスピレーション感じたんだもん」
相変わらずの電波ぶりだ。
でもそこがまた可愛いんだろうが、私と違って彼女も意外と人気があるし。
「でも手作りの方がいいと思う」
「手作りかぁー、でも私お料理苦手だから」
「む、ならせめて手紙は付けるように」
「はーい!!」
そんなこんなで数時間もの長いショッピングが終わりお気に入りの喫茶店でお茶を楽しむ事になった。
「私はバナナと胡桃のチーズケーキとシナモンホットミルクを」
「それじゃあ私は苺と桃のタルトとアーモンドシュガートースト、キャラメルマキアート、モンブラン、とりあえずこれでお願いします」
相変わらずの食欲だ。注文を聞いてくれたウエイトレスが驚いていたのは触れないでおこう。
そしてこの店はオーダーをとってから商品がテーブルにつくまでの時間がとても早い。五分もしないうちにテーブルが皿で一杯になった。
「えへへ、ここのケーキ美味しいんだよねぇ」
「そうだな、私もこの店はよく利用させてもらっている」
次々とお皿を綺麗にしていく目の前に座る女の子を横目にケーキの甘さに酔いしれる。いや、実に美味しい。
「そういえばさー」
「どうかしたか?」
「いやさぁ、凛は誰かにチョコレートあげないの?」
フォークをはむはむした彼女からの質問に一瞬固まる。
「わぁっ、ど、どうしたの凛ちゃん!?」
「どうもしてない。心配かけてすまなかったな」
「大丈夫そうなら別にいいの。それであげるの?あげないの?」
「渡したい相手はいるが、その日は渡せないんだ」
「........」
「あっ、いや!実はもうフライングで渡してあるんだ。だからそんな顔をするな」
「ごめんね」
「どうして誤る?私は何もされてないぞ」
「だって。だって凛ちゃん、とっても寂しそうな表情してたから」
「はっ、私は寂しそうな顔なんてしてない」
「これ」
そう言って差し出された鏡に写る私は今にも雨が振りだしそうな、とまではいかないがどことなく寂しげな表情を浮かべているのがわかった。
「あ...」
「凛ちゃんは遠距離恋愛だもんね」
「うん........」
「やっぱり寂しかったり不安になったりするよね」
「そうだな。会いたくなっても簡単には会えないし、こういうささいなイベントですらなかなか参加出来ない」
「うん」
「だけど、それでもあいつの事を大好きでいれる事が幸せだからいいんだ」
「凛は強いね」
「なっ!?」
にこにこしながら私の頭を撫でてくる。反抗してやろうと言い返そうとするも時すでに遅し。彼女は新たな美味しいものを求めにウエイトレス元へ行っていた。
オーダーはそこのベルを鳴らせばいいのだと最初に説明があったというのに、まったく。
「ありがとう」
そう小さな小さな声で食いしん坊な背中に呟いてみた。
「ご馳走さまでした」
「ごちそうさまでしたっ」
「じゃあまた明日」
「うんっ、また明日ね。ばいばーいっ」
私がもう一軒寄りたいお店があるとの事で今日は店の前で別れた。
「さて、と。行くとするか」
帰宅した私はきっと甘い香りをまとっているのだろうな。
■バレンタイン